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(第20回) 森高千里『渡良瀬橋』 青春の匂いがする場所

 語呂がいい、音(おん)がいい、という。実体よりも前に、それに付けられた名前の響きや印象を気に入る。見た目のインパクトによるレコードの「ジャケ(ット)買い」もそうだけど、この「語呂買い」も、それはそれで粋な話だ。

 歌手の森高千里さんは、橋をテーマにした曲が作りたいと考え、日本地図を手に取った。住んだこともなく、縁もゆかりもない土地にある橋だけど、その「響き」が気に入り、詞を書いた。それが『渡良瀬橋』(1993年発売)である。


 もちろん、実在の渡良瀬橋は、渡良瀬川にかかる夕日の美しいロマンチックな橋ではあるけれども、歌詞の内容とこの橋のこれ以上の関連はない。むしろ、曲のヒットにより、渡良瀬川の流れる足利の街に注目が集まり、市や地元は積極的にPRし、2007年には記念の歌碑まで作った。


 以前、紹介したが、渡良瀬川の河川敷には、撮影用セット『足利スクランブルシティスタジオ』がある。東京都内の映像美術会社が、渋谷スクランブル交差点をほぼ実寸で再現したおもしろい施設だ。あれだけの人混みの交差点。たとえ早朝だとしても自由に撮影に使うことは叶わぬ夢。だが、それができるのがこの施設だ。観光地として一般に開放しているわけではないが、川沿いの通りからも眺められるなかなか興味深い場所だ。

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撮影貸出用のシブヤ・スクランブル交差点(足利市)


 足利はどこか「青春の匂い」がする。いやもちろん、森高千里の『渡良瀬橋』で歌われた切ない恋の思い出のイメージもあるけれど、それ以上に、この街の純朴さが何かを思わせる。高校生の帰り道、ぎこちないデート、恋愛未満の報われない思い、そんな景色が、足利の街によく似合う。


 足利市は以前から「映像のまち構想」を掲げて、映画やドラマ撮影の誘致に取り組んでいる。現在までの撮影実績は数え切れないほどで、市役所の会議室や写真館、古い映画館、北仲通の古い町並み、織姫神社、件の渡良瀬橋など、市内の趣のあるスポットが、CM、ドラマ、映画など、様々な映像作品の断片として収められている。なかでも旧足利西高校は、廃校を撮影用にほぼそのままのかたちで保管しており、まさに青春の舞台を数々の映像作品に提供している。


 呼び込む県外の制作スタッフに対しては、補助金等の協力を推進し、また、県内向けには、エキストラやボランティアスタッフの募集を呼びかけ、市を上げて「映画誘致産業」を盛り上げようとしている。市の関連HP上には、ロケ弁に関する情報も掲載されている。見落とされがちな部分だが、案外こういう観点が、映画を呼び込む力となるのかもしれない。


 日光や小京都・栃木、餃子とジャズの宇都宮などに比べると、足利はけっしてメインストリームではない。だが、日本で最初の学校と言われる「足利学校」はあるし、インバウンド客ならずとも、「あしかがフラワーパーク」の人気は高い。


 足利には、北関東特有の低山の連なるようなやさしげな自然と、まだまだ観光に目覚めていない、おとなしげな昭和がある。森高千里は、この街を、広い空、夕日のきれいな街として描いた。熊本出身の彼女が、語感だけでこの土地を選び、普遍的な青春の思い出を描き出したという、その感覚の位相転換が、私にはものすごくおもしろい。


 『渡良瀬橋』の歌碑は、橋の北側のたもと周辺、橋越しの夕日が眺められる街道沿いの一角に静かに設置されている。その日も、同じように夕日がきれいだった。ジャケ買い的な関心でもいい。一度眺める価値はある、そんな場所だ。

〜2021年5月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂


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渡良瀬川沿いに建つ『渡良瀬橋』歌碑。


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廃校となった足利西高校は、さまざまな映像作品のロケで使用されている。


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