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(第5回)相模線で聴く「天気雨」(荒井由実)

 ひとはなんでも知っているような錯覚に陥っているけど、案外いろんなことを知らない。ニッポンのことや各地域の「細やかな状況」など、それは知っているようで、ぜんぜんわかってなかったりする。私にとって、その知らないことのひとつが相模線だった。

 JR相模線は、神奈川県相模原市の橋本駅から茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅まで、南北に走る約33キロの路線である。朝夕は横浜線に乗り入れ、八王子とも直通で結ばれる。もとは相模川の砂利輸送を目的として、相模鉄道によって建設された私鉄路線だが、太平洋戦争時に、都心壊滅時の迂回ルート(相模線、横浜線、八高線)として国有化されたらしい。戦後は、周辺地域のベッドタウン化などで乗客数が飛躍的に伸びた。

 ボックスシートでないのがなんとも惜しい。

 相模原の田園風景に加え、座間の米軍施設、相模川河口の景色などを存分に味わえるのどかな路線だ。現在は人口増加で、その景色の大半が住宅街に変わっているが、1970年代あたりにはまた違った景色、情緒が楽しめたのではないかと勝手にワクワクしていた。

 ユーミンこと荒井由実が『天気雨』を発表したのは、1976年のことである。

『天気雨』は、大事な晴れの日に降り出す雨で揺れ動く女性の心を表現した、なんともかわいらしい歌だ。『天気雨』には相模線が登場する。

 「白いハウスを眺め 相模線に揺られてきた 茅ヶ崎までの間 あなただけを思っていた」(天気雨)

 八王子の実家から好きな人を追いかけ、茅ヶ崎までやってくる日の物語。

 縁あって八王子に住むことになった私が好奇心から、「相模線で茅ヶ崎を目指し」てみたのは、このユーミンの『天気雨』のせいかというと、それはあながち嘘ではない。

 かわいらしい歌詞を思い出し、私も道中誰かのことを思おうかと思ったが、住宅街を走る路線だけあって電車は思いのほか混雑、スマホから目を離さないたくさんの乗客の横顔を眺めながら、なんだかボーっとしてしまった。

 南北を走る縦断路線は、どこか時空を超えていくようなワクワク感がある。強固な横断線(たとえば田園都市線、小田急線、東海道線などの)の生み出す磁界を逃れ、縦方向へとワープしていくような、そんな開放感の味わいである。

 いま私が住み、かつてこの『天気雨』の歌の主人公が暮らした八王子は、山に囲まれた地域だ。そして茅ヶ崎は、砂混じりの「海の街」がある。「海の物とも山の物ともつかない」という表現があるほど、海の街と山の街は性格が違う。そこを「段々に」飛び越えていく相模線の旅は、たとえ時間のかかる鈍行列車の旅だとしても、気持ち次第でつねにワクワクしていられる素敵な路線だ。

 ひさしぶりの休日。相模線に揺られ茅ヶ崎まで来た。海沿いの「GODDESS」はいまだに健在だった。海岸には、80年代音楽シーンのもうひとつの雄、サザンオールスターズのレリーフがあった。

 海と山。男と女。八王子と茅ヶ崎。

 なにすることもなかったけど、まったく違うもの同士の紡ぐ物語を感じられたような気がして、じゅうぶん満足した一日だった。

〜2017年7月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂

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湘南の海は東京圏に住む若者とともにさまざまな文化を生んだ。茅ヶ崎のサーフショップ「ゴッデス」は2009年に古い建物を改築し、再オープンした。


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