プライオリティブレイクダウン
僕は小説コンテストの短編部門に応募する作品を書き上げ、それを送る前に出版社で編集の仕事をしている知り合いの女性に見てもらった。
小説の内容はざっと言うとこんなだ。
――高くて悪い物を売る行商から品物を買ったところ一文無しになる主人公。その後、安くて良い物を売る行商がやってきたが、金が無いので何も買えない。こんなことなら先に安くて良い物を買って、残った金で高くて悪い物を買えばよかったと後悔する。
彼女は読み終えてこう言った。
「話は悪くないんだけど、登場人物が全員男性ね」
「それが何か?」
「私は別に全然気にならないけど、審査員はどう思うかしら」
彼女はこう説明した。あくまで審査員の心象を慮ったものだ。
・登場人物が一方の性別のみというのはもう一方の性別を軽視している
・登場人物が一方の性別のみというのはハーレム的でふしだらだ
・男女比率を5:5にすると特定の層にカップリングを想起させふしだらだ
・男女比率を9:1または1:9にすると、そういうのもなんかふしだらだ
僕は、やれやれといった感情を抑えきれず言った。
「ふしだらねえ。官能小説部門なら入賞間違いなしだな」
「もう。私はちょっと懸念を表明しただけよ」
でも振り返ってみると、僕がこれまで落選した作品は登場人物が男ばかりだ。彼女の言うこともあながち間違いじゃなないかもしれない。
そこで僕は、登場人物を全員性別のないロボットにすることにした。
内容も一新して、長編SF部門に応募することにした。
登場ロボットはこんなだ。
・ボルコフCZ2型
こいつは修理専門ロボットとして人間の宇宙船に乗り込んだんだけど、運悪く漂流して人間は全員死んでしまったんだ。もう何百年も宇宙船を修理しながら漂流を続けていたんだけど、ある時、ある星に不時着した。宇宙船はかなり損傷してしまったんだけど、それでもその星で修理を続けているんだ。
・ジャン&ポール
こいつは元々2体のロボットだったんだ。もの凄く性能の良いジャンと、もの凄く性能の悪いポール。でもジャンがどうしても解決出来ない問題にぶち当たると、ポールが絶妙なアイディアを出して解決するんだ。それでどうせなら合体しちゃえばいいってことになって合体したんだ。喋るときは中の二人が対話するように話すんだぜ。
・機械王ロボ
こいつがいた星ではね、ロボットの2大勢力同士がずっと戦争していたんだ。どちらの勢力も完璧な制御プログラムで大量のロボットがひとつの意思体として動いているんだけどそれ故決着が着かず、何百年も戦っていたんだ。もうなんで戦争しているのかわからないんだけどね。そこで片方の勢力が、統一された意思体となるプログラムを諦めて、上下関係のあるピラミッド型に変えたんだ。それは自殺行為みたいなものだったけど、ピラミッドの頂点であるロボの力で大逆転して、戦争を終結させたんだ。それで機械王となったのさ。
・バーダー
鳥型ロボット。背中に乗れる。
・フゲン
こいつはニンジャロボさ。こいつの星ではコンピューターウイルスが蔓延しててね、良いウイルス、悪いウイルス、忍術ウイルスとかいろいろある。世界中央都市の一番高いビルのペントハウスにあるウイルスリストを手に入れるのが目的なのさ。ハッキングはお手の物だぜ。
・バグダグ
皮肉と下ネタしか言わない犬型ロボット。よくバーダーの背中に乗って移動してる。まあ、ギャグ担当ってわけだ。でも意外な場面で大活躍したりする憎めないやつ。虫が嫌い。
・タイタイタンタン
デカい。力持ち。無口。宇宙戦艦や要塞の建設が得意。ボルコフCZ2型と知り合ってからは協力することが多い。めったに発動しない戦闘モードがやばい。
・シュワルツブラック
全てが謎。何か秘密を知ってる。黒い。至ってクールなキャラだけど皆からはシュワちゃんとかシュワシュワとか言われてる。
・クリッピンG
学者キャラ。数学、物理学、考古学あたりが守備範囲。巨大構造体疑似惑星国家に囚われていた。コア部分で研究開発を強要されていたんだけど、とあるロボットに救出された。でもコアまでのたどり着くのに迷路のような構造体の中をひたすら進むしかなかったから救出に何年もかかったんだ。
・宇宙ムカデ
ムカデっぽいけど虫じゃない。大昔、まだ人間がいた頃、超エネルギー製造装置の中核を担っていたんだけど、大事故が起きて宇宙に放出された。それ以来、いろんなものを食べながら糞として小型ブラックホールをまき散らしてる。こいつを止めないと宇宙がヤバイ。
僕は1000ページに渡るこのSF長編を書き上げて、また彼女に見てもらった。
そして彼女はこう言った。
「この話には人間が出てこないのよね。大昔はいたようだけど」
「ああ、君の言いたいことはわかるよ。つまり人間の尊厳を軽視している、と」
「ええ、それもあるけど、人間という対比があるからこそロボットは機械なのよ、わかる?人間がいない世界のロボットはロボットが人間ということなの。そうなると最終的はやっぱりふしだらという結論に至るわ」
「言っている意味がよくわからないな。……そういえば、今ここにいるのは僕と君だけだ」
「そうね。あなたも意味がわからないわ。それが何?」
「僕は男で君は女。比率は1:1だね」
「……あ、あの、あれは審査員だったらって話よ?」
「僕を審査するのは君だろ?」
「…………ふしだらね」
僕たちはできたての原稿を床に放って、互いのふしだらをふしだらにした。
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