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看取り率100%の特養が考える、死を語るデスカフェと地域ケアの底上げ|特別養護老人ホーム三思園

「デスカフェは、医療福祉専門職と地域住民をつなげ、地域ケアの底上げを行う場となる可能性を秘めています。」

青森県青森市にある社会福祉法人 中央福祉会 特別養護老人ホーム三思園(サンシエン)では、SANSHIEN DE CAFÉ(サンシエン デ カフェ)という死を語る会、デスカフェを開催しています。全国各地で広がりをみせるデスカフェですが、SANSHIEN DE CAFÉは、個人ではなく社会福祉法人が開催主体として行っているため、規模、内容、問題意識も異なる部分があります。
なぜ、特別養護老人ホームが「デスカフェ」という死を語る時間を設けているか、何が今現場で起こっているか。そして、地域ケアの底上げという可能性に向けて、どのように展開しているのかを紹介いたします。



病院で看取りができて、施設はなぜできないのか、いや、なぜやらないのか。

当施設(特別養護老人ホーム三思園)は、2014年4月から看取りケアを始めました。それ以前は、本人、家族の選択の余地がなく、健康状態が損なわれると入院となり、3ヶ月以上の長期に渡ると退所となっていました。看取り期は病院で死を迎える。これがスタンダードでした。
病院で看取りができて、施設はなぜできないのか、いや、なぜやらないのか。これが出発点でした。この疑問解決に向け、石橋を叩いても進まないよりは、見切り発車をして、一歩でも前に進まないことには、何も学び得るものがないと思い立ったら吉日でした。


施設の経営からすれば、看取りケアをすれば看取り加算が得られる。入院をせず最期までいられることは、空床がなくなり減算を防ぐことができる。つまり、増収に繋がる方程式が成り立ちます。地域包括ケアシステムの名のもと、国も加算の上乗せをしています。病院での看取りを減らし、施設の看取りは、医療費の削減にもなります。

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病院から施設への移住(入所)は、死ぬために入所する覚悟を決めないといけない現状。


一方現場では、看取り加算の条件を満たすには、入所の時点で、あらかじめ緊急時の本人の意向確認を文書で交わしておくことが、看取り加算条件のひとつになっています。
つまり、入所時点で、迅速に、本人・家族に人生の最終段階の医療・ケアのあり方をあらかじめ決めなければならない試練が生じます。

それは、病院から施設への移住(入所)は、死ぬために入所する覚悟を決め、迷いを断ち切らないと入所できない。また、家で一緒に暮らすことができず、親を見捨ててしまったという自責の念、経済的に負担の少ない施設の選択の優先、入れてしまえばなんとかなる等々が交錯する中で、ポジテイヴに死について話すことができないのがほとんどです。

そして、いよいよ、最終段階になると、看取り同意書を作成します。親の命について本人ではなく、家族が決めなければならいのがほとんどです。迷う家族は当然います。

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この縁起でもない「死」の話を気軽に話すことは、一般的には、まだまだ難しいと感じることが多々あります。これが可能であれば、もっと個別の寄り添えるケアが展開できるはずと理想と現実のギャップに歯がゆさを覚えます。この進まない現状について、整理してみたいと思います。


若手医師が「どうにかしてほしい」と悲鳴があがる日本の多死社会

今、私たちはこれまでに、経験したことのない多死社会に直面しており、ピークを迎えるのは、2038年、総死亡者数170万人と推定されています(2017年第一生命 小谷みどり)。

爆発的かつ急速に増え続けている高齢者と6年後には700万人と予想される認知症患者を、病院が最後まで「死」と向き合うものと決めつけて、押し付けていたことができなくなってきています。

しかし、医療への依存は根強く、例えば、第3次医療(手術等を行う最先端の治療を行う病院)の救急センターの悲鳴は、風邪の流行シーズンになると「37.5℃の熱があるのですが、受診した方が良いでしょうか?」などと有料老人ホーム等からの問い合わせが多くなり、本来の高度医療を提供する病院機能からかけ離れてしまう時があり、特に、緊張感を持ち待機している若手医師からどうにかしてほしいとの声が上がるそうです。

あるいは、看取り希望をされていても、いざその場面になると、あえぎ苦しそうな呼吸に耐えられず、家族が揺らぎ「やはり、病院に救急搬送して下さい」ということも珍しくありません。いつの間にか、救急病院は、保険の効くお手軽で、安心できる、よろず相談所と化しています。

これを改め、昔と同じように地域で受け入れ、地域で看取らなければならない現実が、直ぐ、そこまで迫っています。


看取りケアを阻むもの。具体的な数字から考えてみる

高齢者施設の1つである特養は、介護度3以上を受けいれなければならない老人福祉施設です。重症高齢者を受け入れる目的の施設が、看取りを実際にどれくらい行っているのでしょうか。
2019年7月6日開催の在宅医療・介護連携に関する研修会にて、青森県立中央病院緩和ケアセンター 主任看護師 山下慈氏による「青森県域の施設の現状からみえる医療連携の実態報告」から、看取りの現状を知ることができます。

それは、2017年度(平成29年度)青森県内の特養への看取りアンケート調査を行い、前年度の施設内看取り実施率を調べたものでした。看取りを80%以上積極的行っている特養は、全体の32.6%に過ぎず、看取りケアを行うハードルの高さが伺える数字です。

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さらに、2018年1~3月の2ヶ月半で特養、老健の15施設に訪問インタビューを行い、終末期の介護系職員に施設での看取りを阻む要因を調査しました。
余談ですが、調査で県内を車で走らせた延べ走行距離が1,500kmに達したとのことでした。さて、多かった順にならべると次のようになります。

①夜間に看護師がいない
②介護職の看取りへの不安感や恐怖感
③夜間の対応が困難
④看取るまでの流れがわからない
⑤家族が求める医療が提供できない
⑥家族への終末期の状態を説明するのがむずかしい 等々

その他の要因として、施設の嘱託医師(配置医師)との関係性の満足度が看取り率に有意差があると報告しています。


厚労省「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」


また、厚労省が実施した、一般の方、専門職を対象としたアンケート調査「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」が2018年3月(平成29年度)に人生の最終段階における医療の普及・啓発のあり方に関する検討会より報告されています。

第三章 調査結果 「2.さまざまな人生の最終段階の状況において過ごす場所や治療方針に関する希望についての調査」では、その症状の違いにより希望が異なってくることが明らかになりました。また、医療・療養を受けたい場所と最期を迎えたい場所は、同じではなく、病気によっても異なる結果となっています。

今回例示した人生の最終段階の状況を次の3通りに分け希望を聞いています。

【ケース①】末期がんで、食事や呼吸が不自由であるが、痛みはなく意識判断力は健康な時と同様の場合
▶︎あなたの病状:末期がんと診断され、状態は悪化し、今は食事がとりにくく、呼吸が苦しいといった状態です。しかし、痛みはなく、意識や判断力は健康な時と様に保たれています。
▶︎医療上の判断:「回復の見込みはなく、およそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至る」ことです。

【ケース②重度の心臓病で、身の回りの手助けが必要であるが、意識や判断力は健康な時と同様の場合】
▶︎あなたの病状:慢性の心臓病が進行して悪化し、今は食事や着替え、トイレなど身の回りのことに手助けが必要な状態です。しかし、意識や判断力は健康な時と同様に保たれています。
▶︎医療上の判断:「回復の見込みがなくおよそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至る」ことです。

【ケース③認知症が進行し、身の回りの手助けが必要で、かなり衰弱が進んできた場合】
▶︎あなたの病状:認知症が進行し、自分の居場所や顔が分からず、食事や着替え、トイレなどの身の回りのことに手助けが必要な状態で、かなり衰弱が進んできた。
▶︎医療上の判断:「回復の見込みがなくおよそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至る」ことです。


<一般国民における「人生の最終段階において、医療・療養について受けたい場所についてのまとめ>

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<一般国民における「人生の最終段階において、最期を迎えたい場所についてのまとめ>

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人生の最終段階において、「どこで過ごしながら医療・療養を受けたいか?」に対し、苦痛を伴いやすい、がんと心臓は、病院派と自宅派の2つに分かれます。がんはペインコントロールの進歩により、意識を保ちながら痛みを減らすことが可能となってきたため、自宅の選択が多くなりました。認知症は、抜本的治療方法がなく、介護してくれる家族に負担がかかると76%の方が思っており、介護施設の選択が51%となっています。

さらに、「どこで最期を迎えることを希望しますか?」に対して、全体的には「自宅」との回答が最も多く一般国民63.5%、医師73.9%、看護師64.8%、介護職員78.9%を示し、次いで、「医療機関」との回答が多いようです。
残念ながら介護施設は、「最期を迎える場」として、病院には、全く及びませんでした。
厚労省の人口動態統計(2018年)では、未だ、8割近くが、病院で最期を迎えている現実があります。

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(在宅緩和ケア懇談会代表 芙蓉会村上病院内科医 橋川正利先生・青森慈恵会病院 副院長 小枝淳一先生 R1年2月23日三思園会議室にて)



岩手県北上市の取り組み。あらかじめ事前に考える必要性


一般の方に早い段階で、事前指示書等を示してもらうとすれば、病気の全体像を理解していないことや、話し合いがない中では、書くに書けないことが予想されます。

これに対する、先進的な取り組みを行っているのが、岩手県北上市です。市が主導で市が作成した終活ノートに、どのように、何を書くかを教える書き方教室を開催し、最後まで安心して生きることのできる地域作りで効果を上げている事例です。これは、お茶を飲みながら説明を受け、書いているとすれば、デスカフェの取り組みとなるのではないでしょうか。

専門職でさえ、死の過程の全体像を理解したとしても、自身を取り巻く環境、大切に思う事、そして、考えなど価値観がひとりずつ違うことで、皆、迷うはずです。早い段階で、人生最終段階における医療について(死について語る)のきっかけが求められています。これを示唆する調査報告があります。

「人生の最終段階における医療について話し合ったことの無い理由はなんでしょうか。(複数回答可)」

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「話し合うきっかけがなかったから」が最も多く示されていました。一般国民では56%、医師65.2%、看護師67.6%、介護職員36.6%となっています。

話し合うきっかけがあれば、話し合うことができることが示唆されています。さらに、その時期があるとすれば、いつ頃が良い年齢ですか。この質問に対して、年齢には関係ないと30~45.7%が考えています。

 
看取りケアを行い感じること。高齢者の70%が延命治療よりもQOLを希望している。

繰り返しますが、最期を迎える場として、未だ、80%弱が病院です。
看取りケアを行い感じることは、高齢者とって、高度医療よりも本人の望む生活、QOLを追求することが大切と考えます。つまり、人生の最終段階の高齢者にとって、点滴・酸素でさえも、体に負担や苦痛を与えてしまうことが分かってきました。

もし仮に、一縷の望みをかけ、積極的な治療を受けたとしても、ほとんどが、少しの命の先延ばしにしかならない実情があります。そこには、本人の価値観、死生観など自分の大切にしたいこと等が、治療の優先により奪われてしまうことが予想されます。その典型的な報告があります。

「Rapid Code Status Conversation Guide 急性呼吸器不全の重症高齢者に対して気管挿管するか?救急外来でどのように話をするか?」麻生飯塚病院 連携医療・緩和ケア科 石上雄一郎氏ら

この報告では、高齢者の75%は最後の6ヶ月で救急外来を受診する。その患者の半数以上が、事前指示がない。よって、医師は、患者がケアのゴールを決定し、生命維持治療に関して迅速な決定を下すのを援助することが求められる。
しかし、生存の結果、本人は死よりも悪い可能性(̏worse than death̋)を認識すると述べています。
また、2008-2015年救急外来で気管挿管された65歳以上の高齢者417病院41,463例の後ろ向きコホート研究(疾病の要因と発症の関連を調べるための観察的研究の手法)では、高齢者の3人に1人は挿管後に病院で死亡する。挿管後の平均予後(TTD)は3日(年齢と併存疾患に関連する)。
つまり、33%が入院中に死亡、家に帰れたのは24%。生存者の80%以上が介護施設や療養型病院に移動。生存期間の中央値は164日(半年未満)。

この報告から、救急医の役割は、可能な限りの最善の結果は何かを考え、本人の望むケアを提供するための「死より悪い」と考えるものを抽出することと結んでいます。 

さらに、アウトカムが悪くなる、ハイリスク因子については、次のように示され、高齢者施設の入所者(要介護3以上の方)には厳しい現実があります。
①介護施設や療養型病院の患者
②フレイル高齢者
③重症疾患(末期腎不全・在宅酸素など)

上の条件を1つでも満たす高齢者にとっての延命治療は「死同等もしくは死より悪い」と考えるべきと思います。
高齢者施設入所者の生命予後の改善目的(延命治療)での、無益な救急搬送を避けるべきことが言えます。これにより、高度な医療を担う第3次医療をもっと効果的に機能させばかりではなく、短期間でありながらも、本人の望む生活(QOL)を送れる可能性が高くなります。

社会福祉施設が地域に求められる役割とは

自治体よりも、地域の力で、地域のために、生命と財産を守ることが、古来からの基本です。
その大切な命は、生死一如です。まさに、「死」を語らずして、生ききることは難しくなってきました。地域で語るきっかけの場がデスカフェと考えます。

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地域に密着したケアに関する話を通し、多角的な視点での医療とケアの話題を提供し、気軽に「死」と「生」を語る仕掛けを考えて行きたいと思います。
繰り返します、もしものときの本人の意向、意思が示されていないことが、多くの家族は、とりあえず受診、入院という呪縛から逃れられなくなります。本人が大切に思っていた事。かつて、なにげなく話した希望。これらを想起することが、いざとなれば奪われます。ひとは、迷います、考えも変わります、その一コマひとコマに寄り添うことができるような社会が、地域から形成されればと考えます。

デスカフェには、その役割が求められています。その可能性は、ひとつのパターンではなく、多様性があることも求められていると思います。
まずは、声を聞き、寄り添うこと。次に、こころと周囲の空気がここちよい温度になることを感じることが大切と考えます。デスカフェが、その人の物語が語れる場であり、主体的に参加者となれる場となることが一つのヒントになるかと思います。

看取り率100%であっても抱える、葛藤

当園は、2015年4月から看取りケアに取り組んでから、看取り率は、ほぼ100%を占めています。100%だから、青森県1位、いや全国1位とも言えます。しかし、2015年当初を振り返ると、残念なことに、看取りの同意方法は、本人の意向よりも、家族の意向が重視されていました。 
    
その背景には、厚労省が打ち出した2015年から特養の重点化として、入所条件を要介護区分3以上としたことにあります。これは、入所時点で、本人の意向を聞けていない、あるいは、示すことができないことを意味しています。つまり、高度の認知症で判断が難しい、脳卒中による言語障害、遷延性意識障害(植物状態)等があり意向確認が難しいのです。
また、入所者は平均年齢が85歳前後、要介護区分平均4.3~4.5、特養入所期間の平均は4年と終の住処となっています。特養は、まさに、生、老、病、死(四苦)と向き合う生活の場です。

これらから、本人が判断できるうちに、家族と話し合って決めた、本人の事前指示書が重要なのです。それには、やはり縁起でもない「死」について、話せる社会になるための仕掛けが必要です。そのひとつとして「デスカフェ」があると考えます。


社会福祉法人 中央福祉会 特別養護老人ホーム三思園 法人本部 看護師長 高橋進一

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╲sanshien de café がもっと知りたい方へ╱

2020年9月21日(月)〜27日(日)の1週間、全国各地のデスカフェ実践の紹介を行いながら、参加者の皆様と共に、今後の展開のさらなる可能性を検討し、さらなる広まりと「ゆるやかなつながり」を作るためのチャレンジです。

申し込み:Peatixページより:https://deathcafeweek.peatix.com/
公式ウェブサイト http://deathcafe-week.mystrikingly.com/

▶︎9月23日14:00~16:00 『sanshien de café 事例紹介』http://ptix.at/cdD60T

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