【みつばBD記念SS】その日……
※このSSは動画「みつばみーつけた!2」の内容を元にした二次創作です。筆者独自の解釈を含みますので苦手な方はご注意ください。
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私は"空"が好きだ。
昔から”宇宙”とか”星”とか”空”とか、そういう人智の及ばない広大な自然にロマンを感じてしまうのである。
その中でも"空"はコロコロと表情が変わって、見ていて飽きる事はない。
それに、どんなに遠く離れたところの人でも、同じ空の下にいると思えばとても身近に感じられるのだ。
私はそんな"空"が大好きだった。
”向こう”のお屋敷に居た時も、よく窓から空を眺めたり、写真を撮ったりしていたものである。
しかし、こちらのお屋敷から見える空もまた甲乙つけがたい。
今日はとても気持ちの良い快晴だ。
自室の窓の外には真っ青な空間が広がり、これまた私の大好きな"お豆腐"みたいなふわふわな雲が外に浮かんで、まるで絵に描いたような理想的な空だった。
ここは、このお屋敷では私のお気に入りの空が見られるスポットだ。
それもそのはず。
私は自分の部屋を選ぶ時、1番空が良く見える部屋を選んだのだから。
ここから空を眺めると、嫌なこととか、悲しいこともみんなちっぽけに思えて、また頑張ろうという気持ちになれるのだ。
私はこの場所から眺める空が大好きだった。
だけど………ここから眺める空は、いつも理想的すぎてしまって、私の愛している"東京の空"とはちょっと違っていた。
それを感じる度に、私は胸がキュッと締め付けられるような気持ちになるのだった。
でもそんな気持ちになるのも今日で最後かもしれない。
そんなことを思っていると部屋のドアが「トントントン」と軽く3回ノックされ開いた。
「みつばさん、大妖精さんの準備ができたみたいです。」
長い黒髪のツインテールを揺らしながら、赤いまん丸の眼をクリクリさせてーーーー
一ノ瀬苺香ちゃんが私を呼びに来てくれた。
「はーいっ。今行くね。」
そう言って私は、約3か月間お世話になったお気に入りの自室を後にした。
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「本当にみんなには黙って行くの?」
樹里さんが心配そうな目で声をかけてくれた。
後ろにいるまひるさんと苺香ちゃんも同じ目をして私を見つめている。
今お屋敷のエントランスに居るのは、私たち4人だけだ。
大妖精さんの姿は見えない。
実は先ほど、もう大妖精さんとの挨拶は済ませておいた。
その時に「見送りには行けないと思う」と事前に言われていたので驚きはしなかった。
きっとお屋敷の奥の部屋で魔法の準備をしてくれているのだろう。
このお屋敷には地下1階の中央に"魔法部屋"なるものが存在する。
部屋の床や壁面には魔法陣が描かれて、一見不気味に見えてしまうが、お屋敷内では1番魔力効率が良く、強い魔法でも簡単にかけることができるようになるのだ。
よくねむりさんや、あられさんがお屋敷に魔法をかけてくれる時に、そのお部屋を利用するのを目にしていた。
私が向こうの世界ーーーーー
ーーーーー"秋葉原のお屋敷"に戻るためには、大妖精さんがその部屋からかけてくれる魔法が無くてはならかった。
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今から約8か月前、
"雲の上の小さな国"に彗星がどっしゃんこーと落ちてきた日。
迫りくる彗星を見た私の心に芽生えた感情は、不思議と「怖い」とか「驚き」といったものではなかった。
ーーーーーただただ彗星が「綺麗……」という気持ちだった。
私が大好きな御伽噺のヒロインの女の子、私の名前の由来になったその子も、きっと同じような気持ちであの時彗星を眺めていたのかな………。
その瞬間、そんなことを考えていた。
あの事件以来、虚無の空間を彷徨っていた私の魂の一部を拾い上げて、この身体に繋ぎとめてくれたのは他でもない大妖精さんだった。
彼の魔法が無ければ、私が「宮水みつば」としてこのお屋敷でお給仕をすることも無かっただろう。
この3か月間、たくさんの先輩メイド達に支えられながら、私は新人メイドとして、また一からこのお屋敷でお仕えさせてもらうことになった。
はじめは”向こう”のお屋敷との違いに戸惑うことも多かったけど、次第に慣れてくると、ここでのお給仕も楽しくて仕方なかった。
私はやっぱり「メイド」が大好きで、「お給仕」大好きだ。
そう改めて感じることができた。
しかし、そう思えば思うほど、向こうのお屋敷に残してきたご主人様お嬢様、メイドや妖精さん達に対する思いも増す一方だった。
向こうのお屋敷の様子は、逐一青い鳥さんが教えてくれていたが、私を心配する声や「早く戻ってきて」と私の帰りを待ち望んでくれる声を聴く度に胸が痛んだ。
早く秋葉原のお屋敷に戻らなくちゃ。
そんな中、大妖精さんに「みつばを向こうのお屋敷に戻せるかもしれない」と言われたときには飛び上がって喜んだ。
しかし、そんな嬉しい知らせにも関わらず、なぜか私には同時に「寂しい」という気持ちも芽生えていた。
ここで過ごした3か月で私の中の、このお屋敷に対する愛も大きくなっていたのだった。
こちらのお屋敷はまだできたばかりと聞くが、歴史ある向こうのお屋敷に負けないくらい、メイドや妖精さんが一丸となってご主人様やお嬢様をおもてなししている。
そんな素敵なこのお屋敷が、私は大好きになっていた。
そんな私が、ここのお屋敷を離れることに「寂しい」と感じてしまうことは至極当然のことだった。
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「はい。みんなの顔見ちゃうと、また気持ちが揺らいじゃうかもしれないので。」
私はそんな気持ちからお世話になったメイド達の大半に声をかけずに向こうのお屋敷に戻ろうと決めたのである。
樹里さんの言葉はそんな私を気遣ってかけてくれたものだった。
「そう……あなたがそう決めたなら、もう止めないわ。」
「……気を付けてくださいね。」
「向こうに帰っても私たちのこと忘れないでね!」
3人がそれぞれ声をかけてくれた。
「苺香ちゃん、まひるさん、樹里さん、本当にお世話になりました。みんなにも『ありがとう』って伝えてください。」
そう言って私は深々とお辞儀をすると、3人に背を向けお屋敷の扉に向かって行った。
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扉の外に出ると、心地よい風が頬を撫でる。
お屋敷の広い庭には、扉から門のところまで石畳の道が続いており、門の外にはまん丸のお月さまみたいな白い空間がぽっかり口を開けていた。
きっとあそこが向こうのお屋敷に戻るための入り口だろう。
私はまっすぐにその空間の方へ向かって歩みを進めた。
石畳の道を半分ほどまで歩いたその時、
「「みっちゃ~~ん!」」「「「みつばちゃーん!」」」「「「みつばさん!」」」
そんな無数の声が、ドタドタとした足音と共に私の背中に向かってくるのを感じた。
あーあ、やっぱり来ちゃったんだ…。
そんなことを考えながらも私は、やっぱりここのみんなは暖かくて大好きだなという気持ちでいっぱいになって、涙をこらえながら後ろを振り向いた。
そこには私の大好きな40人のメイド達が、息を切らしながら立っていた。
前列にいた栗色のショートヘアに青い瞳の女の子がこちらに向かって一歩前に出る。
「みっちゃんっ!!大妖精さんに聞いたのです!本当に向こうのお屋敷に戻ってしまうのですかっ!?」
猫守喜はなまる・・・・・まるちゃんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「…………まるちゃん…ごめんね、黙ってて。でも私行かないと……」
「イヤなのですっ!!!!!」
彼女が私の言葉を遮る。
「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤなのですーーーーーーーーっ!」
「………………まるちゃん………」
その時、私と同じ魔法………〈髪型〉をした栗毛のロングヘアのメイドが後列から前に出てきた。
「しゅきちゃん……………わがまま言っちゃダメ!みんなでみつばちゃんを笑ってお見送りしようって言ったでしょ?……………それに向こうのお屋敷にだってみつばちゃんのことを待ってるご主人様お嬢様が………」
「そんなのわかってるのですっ!」
桃山かりん・・・・・ミャミャさんの言葉を遮ってまるちゃんが続ける。
「だって……………だって……………………そりゃあ…………みっちゃんが向こうのお屋敷に戻らないといけないのはわかるけど…………宮水みつばちゃんがどうなっちゃうかわからないのですよ!?」
彼女の言葉に、他のメイド達がハッと息を飲むのがわかる。
「みっちゃんには向こうのお屋敷に戻ってお給仕して欲しいけど…………………〈宮水みつば〉ちゃんが消えちゃうのは嫌なのです!!」
彼女の言葉に私の中の押し込めていた気持ちがあふれそうになった。
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これは以前大妖精さんにも言われていたことだが、
〈みつば〉が秋葉原のお屋敷に戻るとき、〈宮水みつば〉の意識がどうなるかはわからない。
もしかするとここでの楽しかった思い出も、消えて無くなってしまうかもしれなかった。
それを聞いた時、はじめはとても戸惑ってしまった。
ずっと戻りたかった向こうのお屋敷に戻れる。
でもここでのみんなとの思い出が消えてしまうのも嫌だった。
それを思うと、私は帰るのを躊躇ってしまった。
どうにか私のわがままをどちらも叶える方法は無いのか………………。
そう一人で考える内に、私はある"結論"にたどり着いた。
これが正しいのかはわからない。
でもこの気持ちを信じるしかないと思った。
この気持ち、みんなに伝えなきゃ……………。
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「私ね!……………お屋敷が大好き!…………お給仕が大好きなの!」
私はまるちゃんにも負けないくらいの大声で叫んだ。
「でもね……………その気持ちに気付かせてくれたのは、ここでお給仕できたからなんだよ!……………みんなと一緒にお給仕ができて、改めてそのことに気が付けたの。」
みんなが私の言葉の続きを待ってくれている。
「だから大丈夫!向こうのお屋敷に戻っても、ここであったことは消えて無くならない。私がこの気持ちを持ち続ける限り、絶対に忘れるはずがないの。」
声が震えた、涙があふれそうだった。
「だから大丈夫……………きっとまた会えるよ………」
みんなのすすり泣く声が聞こえた。
そんな時、前列に立っていた黒髪の少女が、ピンクの目いっぱいに涙をためながら前に出てきた。
「だからって……………黙って行っちゃうなんてずるいなの!!!みんなにちゃんとお別れさせて欲しいなの!」
甘咲那乃花・・・・・しゅがほわさんが言ったのを皮切りに、メイド達が次々にお別れの言葉をかけはじめた。
「みつばちゃん!元気でね!」
「向こうでもいっぱいご主人様お嬢様を癒してあげて!」
「お豆腐ばっかり食べすぎちゃダメだよ!」
やっぱり、ここのみんなは優しいなぁ。
そう思うと、私の緑の瞳からもいつの間にか涙がこぼれていた。
みんながそれぞれ別れの言葉を告げてくれた後、今まで俯いていたまるちゃんが、青い目に涙をいっぱいに浮かべながら顔を上げた。
「……………約束なのです!………たとえみっちゃんがねこしゅきの事を忘れてしまったとしても……………必ず会いに行くのです!」
それは、私の大好きな御伽噺の王子様みたいな、そんな決意に満ちた言葉だった。
「……………うん!約束!」
私は手を振りながら、目的の方向へ歩き始めた。
「ばいばーーーい!みっちゃんまたねなのですーーーー!」
口々に別れの言葉を言いながら手を振ってくれるみんなに何度も手を振り返しながら、私は白い空間に向かって歩いて行った。
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その白い空間は、私の身長の倍ほどもある大きな口を開けて門の外にあった。
この先に進めば、どうなるかはわからない。
しかし、大妖精さんの魔法が切れてしまう前に向こう側に行かなければならなかった。
迷っている時間は無い。
「大丈夫……………きっとまた会える…………」
私は今一度自分に言い聞かせるようにそうつぶやきながら、歩を進めた。
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白い空間の中は全体が光を放っているようでとても眩しかった。
全てが真っ白で、何も無い空間。
しばらくして目が慣れてくると、向こうに人影が見えてくる。
その少女は、膝を抱えて眠っていた。
茶色のワンピースに白いエプロンのメイド服は、私が着ているものよりもリボンやフリルが多く、ふわふわしたシルエットだ。
そしてその胸にはキラキラと光るヒーリンググリーンのリボンがあった。
ずいぶんと呑気に寝ていたものだと我ながら呆れてしまう。
しかし、今ならきっと目を覚ますだろう。
そう確信した。
私はその少女に声をかける。
「みつば……………起きて、みつば……………」
8か月間も眠っていた少女はもぞもぞと身体を動かし始めた。
「……………うーん………」
「……………おはよう。」
「………………おはよーぅ…………」
眠たそうな目をこすりながら、彼女はこちらに目をやる。
しばらくして目が冴えてきたのか、周囲をキョロキョロし始めるその少女は、間もなく状況を察したようで、おもむろに立ち上がった。
どうやらここの空間では、彼女と記憶を共有できるらしい。
それを私は肌で感じた。
私の大好きな御伽噺の中に「かたわれ時」という言葉がある。
世界の輪郭がぼやけて、人ならざるものに会うかもしれない時間。
そこで王子様とヒロインは、時空を超えて運命の出会いを果たすのだ。
ここはもしかしたらそんな空間なのかもしれない。
なぜなら、そこにはもう一人の私、〈プレミアムメイド みつば〉が立っているのだから。
二人のみつばが時空を超えて邂逅している。そんな不思議な空間なのだから………………。
この3ヶ月間のお給仕は本当に楽しい思い出でいっぱいだった。
しかしこの楽しい時間を、独り占めすることはできない。
今度は彼女がその時間を紡いでいく番だ。
わたしは彼女に声をかけた。
「明日からは、みつばがご主人様お嬢様をお出迎えするんだよ?」
彼女が答える。
「うん………………お待たせしました。」
それは私に向けてとも、向こうで待ってくれているご主人様お嬢様に向けてとも取れる言葉だった。
彼女は続ける。
「ありがとう。」
それは紛れもない私に向けた言葉だった。
なんだかそう言われると途端に照れ臭くなり、頭を掻きながら照れ笑いしてしまった。
さあ、私の役割はここまでだ。
「いってらっしゃい。」
私がそう声をかけると、彼女も言葉を返した。
「いってきます!」
そう言って彼女はこちら側に歩き出した。
私が今入ってきた空間の裂け目、その向こうは先ほどまで私が居た場所では無く、秋葉原のお屋敷につながっていた。
私は彼女とは反対側に歩みを進める。
これでよかったんだ……………これで……………
私はこれまでにない幸福感に包まれ、思わず笑みを浮かべながらそっと目を閉じた。
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「……………起きて……………起きて、みつば!」
誰かが私に声をかけてくる。
誰だろう。なんだかもう少し寝ていたいな……………
そう思いながら、私は目を開けた。
目の前にはもう一人の私、ヒーリンググリーンリボンを付けたみつばが、息を切らしながら立っていた。
「ごめーーーん!お給仕終わるの遅くなっちゃって!」
そう言われ時計を見ると、私のお給仕開始5分前ではないか。
「えーーーーーーーー!なんでもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「だからごめんってーーーーー!」
あの後大妖精さんが魔法をかけてくださり、私たちは自由に入れ替われるようになった。
しかし二人同時に動くことはできない。
今日は朝から〈プレミアムメイド みつば〉のお給仕があったため、それが終わり次第バトンタッチするということになっていたのだ。
そう、今日は〈宮水みつば〉の久しぶりのお給仕なのだ。
「大丈夫?メイド服持った?」
「私はそんなドジしないけん大丈夫だよ!あーーーでもメイド服忘れたのも実質私なのか……………」
「そんなこといいから!エプロンに慌てて牛乳こぼさんようにね!」
「向こうじゃ萌えウォーターも出さないんだから大丈夫だって!じゃあね!行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
そうして私は、私に見送られながら白い空間を飛び出した。
丸い空間の裂け目を飛び出すと、そこは見慣れたお屋敷の扉の前だった。
いかにも重厚な様相の、その見慣れた二枚扉は、非力な私にでも簡単に開けることができた。
扉の向こう側
ーーーーお屋敷のエントランスには、ひとりのメイドが今か今かと私の登場を待ち構えていた。
「あーーーーーー!みっちゃん遅いよーーー!」
「ごめんまるちゃん!向こうのお給仕が予定より押しちゃったみたいで……」
「もーーーー!仕方ないのですぅ!………………今日はねこしゅきの隣のお部屋でお給仕なのですよぉ!さ!れっつらーゴーゴーなのですーー!」
そう言って私の手を取り、まるちゃんは走りだした。
その手の暖かさに嬉しくなりながら、私も彼女の背中を追いかけて階段を駆け上がった。
今日のお給仕もきっと素敵な時間になるだろう。
END.
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