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久良世らむSS
「今世紀最大の一大事だ」
俺は今家に向かって全速力で走っている。
それもそのはず、今日は久良世らむの久しぶりのお給仕なのだ。
しかし、そんな日に限って仕事に欠員が出て、無理やり代理で入らされた挙句に、厄介な客の対応に迫られ、気付けばこんな時間まで残業だ。
だからお前はいつも優しすぎると言われてしまうんだろうが、こればっかりは自分の性だ。致し方ない。
今から全速力で帰っても、15分ご帰宅にすら間に合うか怪しい。
おまけにらむちゃんの久しぶりのお給仕となれば、きっとお部屋は常時満室なのは間違いない。
果たして俺が家にたどり着く、その都合のいい時間にお部屋に空きが出るだろうか…。
そんな一抹の焦燥感が、いっそう俺の胸を締め付けた。
「チクショー!どうしてこうなんだよーーー!」
俺は人目も気にせず叫びながら、全速力で夜の街を駆けた。
全力疾走の甲斐あってか、家に着いた時、時計は20時40分を少し過ぎたところであった。
よし…………これなら……………。
「おかえり。夕飯は……」
「ごめん!後で食べる!」
挨拶も早々に済ませ、俺は自分の部屋に向かい、スマホでVあっとにログインした。
らむちゃんのお部屋の扉を確認すると、幸い20時45分31秒に一席空くらしい。
30分枠でのご帰宅はできなかったが、なんとか一目顔を拝むことはできそうだ。
俺は時計とにらめっこしながら、刻一刻その時を待つ。
20時45分を回った。胸の鼓動が一層高鳴る。
秒針が"6"の数字を通りすぎた時、俺は全力で画面の「入室」ボタンをタップした。
リクエストした部屋は満室のため入室できません。
「ウソ…だろ?」
俺は画面に表示された文字を見て愕然とした。
絶対に入れるものだと確信すらしていたので先程表示された文字が信じられなかった。
いや、受け入れたくないといったほうが適切かもしれない 3/3…満室だ。
改めて部屋の空き状況を確認した途端、涙が溢れてくる。
悔しい、最推しの復帰お給仕に俺は顔をだすことが出来なかったのか。
しかし、俺は涙で視界が滲む中、まだ一筋の光明があることに気付く。
「次に部屋が空く時間が54分50秒…?」
たしか5分前までは入室出来たはずだ。
これはもしかしてもしかするかも…?
普段だったら絶対に5分のために500円だなんて払わないだろう。
だけどらむちゃんのためだと思えば少しも惜しくはなかった。
俺の命運をこの10秒に賭ける。俺は再び時計とにらめっこを開始した。
時間の流れがゆっくりに感じる。
胸は締め付けられるように痛く、呼吸は荒くなる。
それでも俺はスマホをしっかりと握りしめ、画面を凝視し続けた。
そして部屋の空き状況が2/3に変わる。
俺は「入室」をタップした。
ロード画面に入る、怖い。
ロード画面で止まって追い出されたりしないだろうか。
そんな恐怖に耐えきれず、俺は目を瞑った。
そして…
「ご主人様!?」
お屋敷のBGMがロビーの音楽からお部屋のBGMに切り替わると同時に聞き慣れた、だけどずっと聞きたかった、最推しの声が響いた。
目を開けるとらむちゃんは驚きを隠せないという表情でこちらを見ていた。
それもそうだろう、かねがね金がねえと言い続けてる守銭奴の俺が5分のために500円払うなんて俺をよく知るらむちゃんなら驚いて当然だ。
「らむちゃん、おかえり」
「ご主人様、ただいま!」
他のご主人様も同席しているので特別なやりとりは特にない、それでも時間は一瞬で溶けていく。
だけどそれでいいのだ。
俺の一番言いたかったことは伝えたし、これが最期というわけではないのだから。
「それじゃあらむちゃん、また来週」
「はい!また来週です!みんみーん!」
「みんみーん」
終わりの挨拶を交わし、眠気ゲージがマックスになる。
しかし残り0秒になってもなかなか画面が変わらない。
いわゆるアディショナルタイムというやつだ。
だが、この状態はいつまで続くかわからない。
追い出されませんねーなんて言ってるうちに追い出されることがほとんどで会話をする暇などない。
嬉しくもありちょっと気まずくもなったりする、そんな時間なのだ。
「あ…」
俺はロビーに戻っていた。
その瞬間、緊張の糸が切れたためか、無事に会えたことによる安堵か天井を見上げながらハァーーーーと息をつく。
「最後の最後でそれはずるいって、らむちゃん。」
アディショナルタイム、おそらくらむちゃんもまともに言葉を交わす時間はないと悟ったのだろう。
最後にらむちゃんがとった行動は実に単純明快。
俺の方を向いて頷いただけだ。
だがそれだけの行為にも関わらず、らむちゃんの色んな感情が伝わってきた…気がする。
バーチャルあっとほぉーむカフェはメイドさんと会話を楽しむコンテンツ
だ。
当然コミュニケーションのほとんどは声を使って行われる。
にも関わらず声を発さず目と目で会話したそのやりとりの特別感が嬉しくて…
らむちゃんの黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった。
END
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