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【中小企業診断士の読書録】 中小企業を元気にする伴走支援  角野然生著「経営の力と伴走支援」

中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 52冊め-

■なぜ読もうと思ったのか
 
現在の勤務先では事業者の支援や専門家派遣の仕事を行っています。支援のあり方について調べていくなかで、「伴走支援」という言葉に出会いました。言葉のとおり、支援者が経営者に寄り添って支援するというものです。
 
中小企業庁のホームページを見ると、「伴走支援ガイドライン」という小冊子がありました。残念ながら紙ベースのものはなかったのですが、PDF版をダウンロードして、印刷して読んでみました。
 
さらにホームページを読み進めると、伴走支援は「経営力再構築伴走支援」という名称で、中小企業政策における企業支援の重要な柱であることがわかりました。
 
なにか参考になる本はないかと探していたとき、見つけたのが本書です。今年5月に発刊されたばかりです。伴走支援の意味、それが政策とされた背景を知りたいと思い、読んでみることにしました。

■学び
 
<著者・角野然生氏について>
聞き慣れないお名前でしたが、本書によると、東京大学卒業後に通産省(現在の経済産業省)に入省。関東経済産業局長、復興庁統括官、中小企業庁長官を歴任されました。バリバリのキャリア官僚です。
 
たいへん失礼な言い方ですが、本書を手にするまでは、いわゆる「役人の作文」、すなわち事務方が書いたものを上司の名前で出版したものと想像していました。しかし、そうした予想は見事に「裏切られ」、役人、それもエリート官僚が書かれたとは思えない、感動のストーリーでした。
 
本書での学びは、①伴走支援とは経営者に真の課題を気づかせること、②伴走支援は現場で生まれ育まれた、③地域再生・少子化対策への面的広がりの3つです。

1 伴走支援とは経営者に真の課題を気づかせること
 
「伴走支援ガイドライン」によると、伴走支援について、次のように定義されています。

(支援者が)企業に繰り返し訪問し、経営者との徹底した対話と傾聴を通じて、企業の課題設定や課題解決に向けた様々な障壁と施策を考えることで、経営者自らが変革の道筋を立てることを支援する。

経営支援という場合、E.H.シャイン教授によれば、①専門家型、②医師-患者型、③プロセス・コンサルテーション型の3つがあると言います。
 
本書によると、①専門家型は、クライアントが知らない情報やサービスを提供するもの、②医師-患者型は、医師が患者に対して診断と処方を行うタイプの支援です(102ページ)。
 
これに対して、③プロセス・コンサルテーション型とは、支援者が答えを見出すのではなく、支援される側の顧客(経営者)が自ら解決策を見出せるように支援していくことです(「ガイドライン」9ページ)。
 
本書の伴走支援とは、③のプロセル・コンサルテーションであり、支援者による側面支援とされています。伴走支援のポイントは、(1)経営者との対話と傾聴、(2)本質的な課題を経営者といっしょに考える、(3)経営者だけでなく従業員も巻き込んで、彼らが自発的に解決に取り組むことです。
 
本書では、伴走支援の8つのプロセスが示されています。それをまとめると、次の表のようになります。
 


伴走支援では、「企業は本来、課題を解決する力を持っている」が前提となっています。支援者の役割は、経営者との対話と傾聴により、何が本質的な課題であるかを気づかせ、その課題を解決する力を引き出すことです。これにより、企業は自らの力で課題を解決できるようになるのです。
 
自らの力で課題を発見し解決すること、これを本書では「自走」と表現しています。伴走支援の最終的なゴールは、企業が自走するようになることです。
 



 2 伴走支援は現場で生まれ育まれた
 
伴走支援というスキームがどのようにして生まれ、わが国の中小企業政策の柱の一つになったのか。その生い立ちが、本書の第1章に詳しく書かれていました。
 
政策というと、役所の事務方が考えてアイデアを思いつき、それを審議会や委員会に諮って、えらい先生方のお墨付きをもらい実行に移す。そういうイメージを抱いていたのですが、伴走支援はそうではありません。それは、現場を駆け回り、汗と涙の中から生まれたものでした。
 
始まりは、東日本大震災の復興支援です。著者は、震災発生からしばらくして、原発事故避難地域の中小企業・小規模事業者を支援するプロジェクトチームの責任者になりました。ミッションは、各地に避難している8,000先にものぼる企業経営者を一軒一軒探し出して訪問し、事業再開の意向を聞き、そのための支援を考えるというものでした。
 
訪問して、そこで待っていたのは、「今頃何しにきた」という被災者からの罵倒でした。ひたすら聞き役に徹し、繰り返し訪問を続け、訪問回数は実に3万回を超えたそうです。
 
訪問を重ねるうちに、被災者も次第に心を開くようになり、「故郷に戻って事業を再開したい」という心のうちを聞き出せるようになりました。そうした思いを実現すべく、プロジェクトチームのメンバーは汗を流したのです。
 
プロジェクトチームでの経営支援のスタイルは、①訪問員が伺って話を聞く、②担当のコンサルタントが何度も訪問して事業再開への思いや覚悟を吐露してもらい、今後の方向性をいっしょに確認する、③個別具体的な課題については外部の専門コンサルタントに委託するという流れで進められました。
 
このうち、②の担当コンサルタントの支援が、まさに伴走支援であり、事業者にとって本質的な課題を考え抜いてもらい、事業者自らが納得していくというものでした。
 
本書の中では、いくつかの事例が紹介されています。①避難先で直売所を開業した事例。最初は思うようにいかなかったところ、伴走支援により突破口を見出すことができました。②親子2代の居酒屋の事例。避難先で居酒屋を営んでいたが、なんとか故郷に店を出したいという息子の思いを実現することができました。③地元食品スーパーの事例。自治体が建設した商業施設にキーテナントとして入居することを躊躇していた経営者を著者たちが説得して大成功に導いた事例。どれも、胸が熱くなるものばかりでした。
 
被災地域の事業者の復興支援というお題だけが与えられて、何から始めたらいいかわからないままスタート。最初は罵倒されながらも対話を重ねるうちに、お互いの課題が明らかになった。その解決に向けて取り組んだ結果、多くの成果を生み、みんなが笑顔になった。
 
伴走支援とは、現場での実践の中から生まれて、支援者と事業者によって育まれてきたものだったのです。
 

3 伴走支援を地域再生に生かす
 
その後、著者が関東経済産業局長、中小企業庁長官となるなかで、伴走支援は全国の中小企業へと展開され、中小企業支援政策の柱の一つになりました。
 
中小企業白書には、自治体、商工会議所・商工会など全国各地での取組み事例が紹介されています。本書では、スーパーマンのような支援者の事例が紹介されていました。その1人、経営アドバイザーの古川忠彦さんが取り組んだ旅館の再生事例は、伴走支援の典型例といえるものでした。
 
伴走支援は、企業の成長・再生という点にとどまらず、地域の活性化・再生という面への広がりをもつものです。本書の「第5章 地域再生と伴走支援」は、そうした視点から著者の考えが展開されていて、非常に興味深いものでした。
 
そこでのテーマは「包摂的成長」です。包摂的成長とは、「大都市圏だけでなく地方も、大企業だけでなく中小企業も、そして若者や女性も活躍できる社会や産業構造をつくること」です(182ページ)。
 
本書のなかで、経済産業省内で、著者が中心となって立ち上げた「地域の包摂的プロジェクト」が紹介されています。そこで議論になったのが、地方での人口減少でした。「地方での社会人口の減少が日本全体の人口減少につながるスパイラル構造がある」という問題提起です。
 
具体的にはこうです。
 
①地方には「やりがいのある」「稼げる」仕事がないため、若者や女性が東京圏に流出する
②東京圏では賃金は高いものの、生活コストが高く実感的な可処分所得が低い、通勤時間が長く実感的な可処分時間が低い。そのため、経済的な余裕がなく、結婚や出産をためらう。
③相対的に子育てのしやすく出生率の高い地方から、出生率の低い東京圏への流出が続き、出生率の低下が続く。地方では経済が縮小し、若者・女性の流出に拍車がかかる。
 
こうした負のスパイラルの根本にあるのは、地方に「やりがいのある」「稼げる」仕事がないことです。こうした仕事を地方に創出することができれば、負のスパイラルを止め、さらに逆回転させることができるのではというのが、プロジェクトが示す解決の道筋です。
 
ここで伴走支援の登場です。地方の中小企業、なかでも核となるような企業の成長を支援することによって、「やりがいのある」「稼げる」仕事を創出しよう。それが著者のこれまでの伴走支援からの主張であり、本書でもそうした事例がいくつか紹介されています。
 
地方の中小企業が元気になる。それにより地方の経済が元気になる。若者や女性が地方で「やりがいのある」仕事をすることができる。これが、少子化に対する処方箋の一つだと思いました。
 
本書を読み通してずっと感じたのは、著者の中小企業に対する温かい眼差しでした。これだけのキャリアの方だと、ともすると高い視点というか、悪く言えば「上から目線」を感じるものなのですが、それがまったく感じられませんでした。経営者と膝突き合わせて、同じ高さの目線で話をしていると感じました。
 
それはおそらく著者の若き日の体験に基づいているのでしょう。本書の中で触れられていますが、著者が若い頃(おそらく中高生の頃かと思います)、父親が営んでいた事業が破綻し、父親は自己破産してしまったそうです。目の前で苦労している事業者の姿が、かつての父親の姿と重なったのかもしれません。
 
あとがきには次のように記されています。
 
「私が中小企業の現場でこれまで注いできた情熱は、第4章でも触れたように、父親の事業の倒産にその原点があったように思います。仕事で中小企業の経営者にお会いするときも、等身大で経営者の方々の話を受け入れることができました。苦労は相手の苦労を傾聴する力を養います。その力を授けてくれた両親に感謝しています。」(229ページ)
 
著者の伴走支援に対する思いの原点はここにあったように感じました。
 


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