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【中小企業診断士の読書録】 開業者はどのようにして能力を獲得したのか  村上義昭著「開業者の能力獲得経路」

中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」48冊め-
 
■なぜ読もうと思ったのか
現在公的支援機関に勤務していて、そこでは創業を希望される方の相談や支援に関わることが多くあります。
創業というと、まず必要になってくるのが「お金」。創業に必要な資金を調達する先として真っ先に挙げられるのが、日本政策金融公庫の国民生活事業(以下、「公庫」といいます)です。創業支援においては、公庫との関わりがでてきます。
著者の村上義昭教授は、現在は大阪商業大学で教鞭をとられていますが、その前は公庫の調査研究部門である総合研究所に長く在籍され、中小企業の調査研究に携わってこられました。そこでの研究成果の一つである新規開業についてまとめられたものということで、読むことにしました。
 
■学び
 
<公庫の創業融資について>
はじめに、公庫の創業融資について紹介しておきます。公庫のホームページをみると、令和5年度の創業融資の実績についてのプレスリリースがありました。5年度の融資件数は26,000先余りに上っており、わが国において最大の創業融資機関です。
公庫では、こうした融資先を対象に毎年「新規開業実態調査」を行っており、その結果はプレスリリースとして公表されるほか、「新規開業白書」として出版もされています。調査では、誰が、どのような事業を、どのようにして始めて、現在(調査時点)はどのような状況かが明らかにされています。白書の出版が1991年からなので、実に30年以上にわたって調査がなされ、開業にかかる膨大なデータの蓄積があります。
実は、公庫の新規開業調査の歴史はさらに古く、最初の調査は1969年でした。翌70年に行われた調査では、主に都市部において、研究開発型の小企業群が生まれ高い生産性を実現していることを発見し、これらの企業群を「ベンチャー・ビジネス」と名付けました。今日、新聞や雑誌で目にする「ベンチャー」という言葉はここから始まったのです。
 
前置きが長くなってしまいましたが、本書は公庫の「新規開業実態調査」(以下、新規開業調査)の調査結果をもとにしています。創業にあたって必要な経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報など)のうち、ヒトすなわち人的資源にスポットをあて、開業者はそういった人的資源をどうやって獲得してきたかというのがテーマです。
 
本書はいわゆる学術書であって、先行研究、仮説、調査結果の分析(定量・定性)、結論という流れで記述されています。著者がはしがきで述べられているとおり、「本書は開業のノウハウ本ではありません」。ただ、本書にはデータと事実(事例)という重みがあります。恐れ多いことなのですが、開業者の視点に立って、これから開業しようと考えている人にとって役立つよう読み解いていきたいと思います。
 
本書の構成では、人的資源の獲得方法(経路)を「斯業経験」、「勤務経験」、「経営経験」、「副業企業」、「従業員」、「人的ネットワーク」の6つをあげています。ここから、開業企業の人的資源は、次の3つに括ることができるように思います。すなわち、
 ①開業者(経営者)自身に属するもの
 ②開業企業内部の従業員に属するもの
 ③企業外部の人的なネットワークによりもたらされるもの
 
以下、それぞれについて、本書からの学びを紹介します。
 

1 開業者自身の人的資源 -何よりも「経験」が大事-

開業にあたって何よりも経験が大事、これについては疑う余地のないことです。なかには全く経験なくして開業する人もいますが、多くの人は学生時代や会社員時代に経験したことをもとに開業しています。
 
「経験」について、どのような経験を、どこで、どのように積めばよいのでしょうか。本書では、開業に必要な経験について、新規開業調査の結果をもとに掘り下げています。
 
この調査では、調査時点(おおむね開業から1~2年経過)の経営状況を尋ねています。それにより、調査時点からさかのぼって、良好なパフォーマンスの開業企業はどんな特徴があるかを知ることができます。パフォーマンスが優れている「良い開業」をもたらす「良い経験」とは、次のとおりです。
 
▶ 開業に関係する事業の経験、これを「斯業経験」といいます。当然のことながら、斯業経験の有無はパフォーマンスを大きく左右します。斯業経験があり、かつその年数が長いほど良好な結果をもたらします。
 
▶ 斯業経験を積むことによって培われるものは、「業界知識」、「人脈」、「技術力」、「営業力」、「人的ネットワーク」です。これらが良好な結果をもたらすと考えられます。
 
▶ 開業者がどういう企業に勤務していたかからは、業績の良い中小企業から「良い開業」が生まれています。「業績の良い中小企業からは、高質なスキルやネットワーク等が従業員に移転される」からというのが理由です。
 
▶ 開業者の多くは勤務者からの独立なのですが、一方で開業前に企業経営の経験がある人が一定数存在しています。具体的には、何らかの理由で経営者をやめて新たに開業する人、現在の事業を多角化するなどの理由で新たに事業を立ち上げる人で、本書では前者を「連続起業家」、後者を「ポートフォリオ起業家」と呼んでいます。ここでの「良い開業」は、“補佐役のいるポートフォリオ起業家”です。母体となる企業から有形無形の経営資源を引き継いだり、母体企業と取引ができたりというメリットがあり、一方で経営に専念しにくいというデメリットを補佐役によって補うからというのが著者の分析です。分析結果はとても新鮮でした。
 
▶ 「副業起業」については、起業のリスクを軽減するものということで、積極的な評価です。専業に移行するまでの助走・準備があること、まずはやってみてダメそうならやめるという撤退の判断ができることがその理由です。世の中の流れは「副業」を積極的に認めようという方向に舵を切っており、今後こうした形での開業が増えるのではないかと思います。
 
 


2 従業員 -苦労とリスクを共有する「スターアップ・スタッフ」-

開業企業の外部からもたらされ、現在内部にある能力が、従業員です。本書では、誰を雇って開業したかについて、勤務時代の上司や部下という「部下等採用型」、開業者の友人・知人という「友人等採用型」、そして、ハローワークなどを通じて採用したという「一般採用型」の3つの類型化し、それぞれの特徴と現在の経営状況を明らかにしています。
 
▶ どれが望ましい「良い開業」かは、何となく察しがつきますが、「部下等採用型」です。ただし、部下はOKですが、上司はNGです。これも理解できます。
 
▶ 部下を採用するメリットは、①経験者を採用しやすい、②能力を熟知している、③取引先の確保が容易、④従業員の定着率が高い、⑤従業員が前勤務先時以上に能力を発揮しやすい、の5点です。
 
▶ 部下となる人の立場に立って考えてみると、それまでの職を投げ捨てて、まったく未知数の開業企業で働くというのは、とてもリスキーなことです。とくに家族のいる人にとっては一大決心が必要です。そこまでして以前の上司に付いていくというのは、開業者に人間的な魅力があるからでしょう。本書によれば、「開業者自身に能力や人望が必要であるということだ。開業者自身に能力や人望が乏しければ、開業時に声をかけても部下等は勤務先を退職して一緒に働いてくれないだろう」(187ページ)。
 
▶ 開業者に付いていっしょにリスクを負おうという部下等のことを、一般の従業員と区別して、「スタートアップ・スタッフ」と呼べるかもしれません(これは私の造語です)。普段の人間関係が大事で、パワハラの上司であっては、そうした人を確保することは難しいでしょう。
 

Microsoft社の生成AIで作成しました

 
3 人的ネットワーク -いわゆる人脈からもたらされるもの-

開業企業の外部にあって経営資源をもたらしてくれるものが、「人的ネットワーク」です。俗な言葉でいえば、人脈です。開業者は人的ネットワークから、さまざまな支援を受けることで、開業をスムーズに行うことができます。
 
本書では、開業にあたって人的ネットワークによる支援を受けたかどうかにより、「有支援型」と「無支援型」に分け、さらに「有支援型」については、これまでの勤務先から支援を受けた「元勤務先等支援型」、友人等から支援を受けた「友人等支援型」、親・親戚から支援を受けた「親・親戚支援型」と類型化、それぞれの類型ごとに、開業の特徴、開業後の経営状況などを明らかしています。本書で一貫している流れですが、開業をこうやって類型化することで、開業の姿がとてもイメージしやすくなると思います。
 
ここでのポイントは、次の2点です。
 
▶ 開業者の約7割が人的ネットワークにより何らかの支援を受けています。さらに、多くの開業者が、支援がなければ開業に支障を生じたとしており、人的ネットワークは開業を円滑にしています。
 
▶ 開業後のパフォーマンスについてみると、元勤務先等支援型が開業直後の業績が相対的に良好で、短い時間で事業を軌道に乗せています。その要因としては、「元勤務先等には開業直後の経営に有効な支援を提供できる能力と動機がある」からです。
 
 <小括>
経験、従業員、人的ネットワークという3つから視点の分析から、開業にあたっては、開業に先立つ勤務者の時代をどう過ごすかということが大事だということがわかります。いろいろな勤務経験を積み、部下との人間関係を深め、部下から信頼され、さらに勤務先や取引先からも信頼と信用を勝ち取る。これが地味ですが、開業を成功させる鍵です。ぽっと思い付きの開業ではなく、時間をかけて開業へのロードマップを描き、それを実行する戦略性が大事だということを改めて感じました。
 

■次のアクション
本書は主に公庫が毎年行っている「新規開業実態調査」の結果をもとに分析したものです。公庫では、これとは別に「新規開業パネル調査」を実施しています。これは、調査対象を固定して、開業から5年間にわたり毎年アンケート調査を行うもので、開業企業の追跡調査です。
パネル調査では、時を追って、開業企業の生存状況のほかに、成長の軌跡を明らかになります。なかには5年後には上場した企業をあるそうです。
この調査結果は書籍として出版されており、最新刊は「21世紀を拓く新規開業企業」です。2001年からの20年間にわたる調査結果をまとめものです。開業の動態を知るために、次に読むべき本とリストアップしました。

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