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好きなことをしてるんだけど

年始の仕事初め、ものすごく疲れた。
どうしてこんなに疲れたのか、疲れた頭で考えてもどうしようもない。
もう、とにかく帰って休むしかない。

寝て起きるとスッキリした感じがして、おー、良質な睡眠が取れているんだなあ!
と思ったのもつかの間。

暫くするとまたすぐに疲れてしまった。

体の筋肉
骨盤腸骨あたりの筋肉が炎症しているからかな?と思った。

半月くらい前から、骨盤が痛いな
と思ってて

朝晩のストレッチを変えたりしていたのだけれど

年末年始のランニングで調子にのって一時間近く走ってしまってから
ついに、ただ歩くだけでも痛みが生じるようになってしまった。

仕事初めの4日朝は、(それでもついランニングにでてしまい)走り出したら慣れるのではないかと思ったのだけど、認識が甘かった。

走り方が悪いんだ
と、痛みを逃すように
背筋を伸ばして
骨盤を立て
足は小股になり
左右の太ももは内側に近づき
地面から着地までの足の高さは低くなり
代わりに脇が締まって
腕の振りに力が入った。

痛みは、姿勢を正すことを教えてくれている、と考えて『姿勢をただすか、ランニングを辞めるか』

と思ったとたん

『ランニングはやめたくない!』
それはイヤ、という気持ちが出てきた。

ランニングしだして3ヶ月、寒いのも苦にならないくらいに走る爽快さを気に入っていた。

姿勢をなおしつつ、また走るんだ
と自分でアンサーを出したものの

出勤時にも帰宅時にも歩くたび痛むので、姿勢に気を付けながら、職場から一番近い駅まで電車を乗り継ぎ、階段ではなくエスカレーターを使うことになった。

翌日も痛みはおさまらず、右膝や右足の甲まで痛みや違和感が生じてきた。

さらに、太ももから腰回り、お腹、お尻にかけて、皮膚に赤い発疹まで出てきた。

痛みも痒みもないが
蕁麻疹のようであった。

いや、これは…
なかなかパワーダウンしとる。

夜になっても消えない赤い発疹をみて

なにかドンヨリした気持ちを抱えて

湯船で呼吸してみる。
温まりながら、目をとじて
息を吸って、その倍の長さで吐ききる。

走って気持ちよかった光景を思い出す。
頭にすっかり記憶されている
朝陽に照らされた三角屋根の光景や、吹き抜ける風や鳥の声

息を吸って、吐く。

ランニングで気持ちよかったその感じは、もう私の中にある、と思った。

目をとじれば
呼吸して、自分の中に入れば

またバーチャルに体験できる。

ランニングに執着しないでおこう
そう思った。

骨盤に痛みがある。
身体に負担がかかっている。

炎症の修復に酵素が使われるのか、すぐ疲れて、腰回りに湿疹まで出てきてしまった

朝のルーティンになったストレッチ、ランニング、体操、入浴の流れを、ことのほか気に入っていたけれど

もうどっちでもいいや、と
ランニングしてもしなくても

執着は、サイズの合わなくなったお気に入りの服をまだ着ようとする子供みたいなもんだ。

とりあえず
筋肉に負荷をかけないようにしよう。近くの駅で降りよう。エスカレーターつかおう。

私は『ちゃんとする自分』が好きで
賢くしなきゃ、役に立たなきゃ
と鎧を着こんで前に立ちたがる。

気分が良くなるので、グイグイやってしまいがちだ。

自分を認めたくて生きているようなもんだけど

ちゃんとしなくても、鎧を着なくとも
『自分でいるだけで』よくて
かしこくする必要もなくて
認める必要もない。

気分よくいればいい。
明るくいればいい。

思いもよらぬところで、ブレーキがかかってしまった。

引き寄せる現実を、なんだどういうことだと自分なりに日々解釈している。




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