三題噺:明日は来るのか

数年前に書いたやつを他のサイトから掘り返して来たので、投稿。

____________________

お題:①夕焼け ②原チャリ ③焦燥感

 焦げ落ちてしまえばいいのにと思いながら燃え盛る空を眺めていると、経年劣化で輪郭がぼやけた姿のあの子は言う。「明日になれば、奇跡が起きるよ」と。記憶の中で微笑むあの子へ向けて、俺はポツリと聞き返す。「明日は来るのか?」  

 編入試験の不合格通知が来て、迫る焦燥感の炎に身を焼かれそうになる俺は、とりあえずどこかに行こうと原付を走らせた。走らせるうち海が見たくなり向かうも、結局途中のよくわからない丘で愛車のDioは「空腹だ」と動くのをやめ、進む事も帰る事も出来ずに途方に暮れる。焦燥の炎はついに空をも覆ってしまった。完全に手詰まりだ。蜘蛛の糸はプツリと切れ、また地獄みたいなあの環境へと逆戻りだ。眺めが良く、下の街が見渡せるこの丘さえ今は恨めしい。何が「希望の丘」だ、一体何が見えるというのだ。大通りにも出てガソリンでも入れようとして歩き出すと、左足の小指あたりに痛みが走った。何か硬いものにぶつかったらしい。見ると太めの黒マジックで「○○のはか」と書いてある灰色の石が転がっていた。平仮名で書かれているあたり、小学生が書いたのだろう。悪い事したなと思いながら、どこか懐かしい気持ちになる。俺もこうして墓を作ったからだ。  

 こんな俺でも小学生の頃に初恋をした。相手は明るい女の子で、いじめられていた俺をよく励ましてくれた。そんな底抜けな明るさに憧れたのだろうと今では思う。一度だけラブレターを書いたけれど、結局渡せず庭のどこかに埋めた。墓と書いておけば掘り返されないだろうと、「ベンの墓」と書いた気がする。そんな名前を付けた事なんてないのに。あの頃、住んでいた小高い丘の片隅にある公園で夕焼けを見ながら泣いていた俺に、「明日が来て、この空がまた明るくなったら奇跡が起きるよ」と彼女は微笑んだ。彼女が言った通り「奇跡」は起きて、次の日から俺はいじめられなくなった。夕日が照らす帰り道、顔に絆創膏を何枚か貼った彼女がいつもの笑顔で「ね、言ったでしょ? 奇跡は起こるんだよ?」と言ってきた。その傷だらけの笑顔は、今まで見た彼女のもので一番きれいなものだった。その笑顔だけは、今も記憶の中で輪郭がはっきりしている。

 いつもならば昔の事を思い出して死にたくなっている頃だったが、今の俺はどうやら違うみたいで、唐突にその笑顔がまた見たくなってしまった。というのも、その頃から彼女の顔は俺の中で更新されていないからだ。小学校卒業後、彼女はやっていたスポーツ―なんだったかは覚えていない―の盛んな県内の県庁所在地にある私立中学へと進学し、そのまま姉妹校へ進んだと聞く。そして怪我かなにかで、俺の大学進学と入れ違いになる形で故郷に帰ってきたらしい。そんな彼女と会いたくなった。そして、俺の事を覚えていたら聞くんだ。「明日は来るのか? 奇跡は起こるのか?」と。そして聞くのだ、彼女の答えを。その時、「奇跡は起きる」とあの笑顔で答えられたならば、俺はあの日埋めたラブレターでも持って、明日と奇跡を探しに行こう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?