つらつらつらら

 肌を刺すような寒さが街を訪れると、街中の家々は屋根から透明な牙を生やすようになる。まるで厳しい寒波が俺たちに大きな口を開けて噛みついてくるかのように。今俺が住む街では相当低い気温にならない限りそんなことは起こらないけど、たまにサメの歯みたいな氷柱が姿を見せた日には、昔住んでいた退屈な雪国を思い出すのだ。
 小学生だった俺たちの遊び場を雪が覆い尽くしてしまうと、ただでさえ何もない田舎町では殆どの娯楽が凍りついてしまう。

 子供たちは降り始めこそ雪遊びをするのだが、長い冬の途中には一通りの遊びを消費し尽くしてしまうので、毎日降り積もる雪に飽き飽きし、遠い春の陽気と雪融けを望むのだ。一介の小学生であった俺もそんな子供の一人で、滑ったり凸凹していたりと歩きにくい雪道を靴底で感じ取りながら憂鬱になる、そんなある金曜日の事だった。
 小学校から帰る道の途中に建っている一軒家に、非常に大きな氷柱が何本か出来ていた。俺の腕の長さほどあるその尖った氷柱は、娯楽を失っていた俺たちにとってはダイヤモンドの剣とでも言えるような代物だったのだ。一緒に帰っていた近所の友達―もう名前も覚えていないのでAと呼ぶ―と協力し、なるべく根元からそいつらをへし折って手にすると、ビームサーベルのように振り回しながらチャンバラをして道を歩いていた。
 そんな様子を学校でガキ大将をやっていた上級生に見つかってしまい、その氷柱を寄越せ、と脅された。今思うと、彼も娯楽に飢えた子供の一人に過ぎなかったのだが、元々そいつが嫌いだった上に威圧的な態度が気にくわなかったので、いかにも面倒臭いと思っていることが伝わるように断った。すると彼は顔を真っ赤にして怒り狂い、背負っていたランドセルを道端に投げ捨てて臨戦態勢に入った。Aはやり取りの中でこうなることが分かっていたようで、いつの間にかその場から逃げ去っていたので、彼と一対一で対峙することになってしまった。Aが居てもこちらの不利は覆らなかっただろうし、何より巻き込んでしまうのも嫌だったのでそれを咎めようとは思わなかった。
 決着は一瞬で決まった。闘牛のように俺へと突進してくる彼を間一髪のところでかわすと、勢い余った彼は足を滑らせて転んだ。自分が歩いてきた道の悪さが怒りで抜けてしまっていたのだろう。転び方と打ち所が悪かったようで彼はそのまま気を失い、雪の中に突っ伏すことになった。
 車通りの少ない田舎とはいえ、流石に彼を道路に転がったままにしておく訳にもいかないので、なるべく雪のない場所に彼の重たい体を引き摺っていると、Aが俺たちの担任を連れて戻ってきた。どうにかしてもらおうと学校に助けを呼びにいってたらしい。
 ここまでの事情を一通り説明すると、担任教師は溜め息をつきながら、彼はこちらでなんとかするから寄り道せずにまっすぐ帰るように、という旨を俺たちに残し、細い身体でガキ大将を背負って学校に戻っていった。今思うと、下手に動かすべきでは無かったと思うが、急に問題児を押し付けられて面倒だったのだろう、心中お察しする。

 週が明けた月曜日、少しだけ歩きやすくなったような道を歩いて登校すると、噂が尾ヒレをつけた形で広まっているらしく、俺は上級生のガキ大将を打ち負かした奴として恐れられるようになった。反対にガキ大将は散々偉そうだったクセに下級生にケンカで負けたと言いふらされたようで、大富豪で都落ちするかのようにスクールカーストの底辺まで追いやられたらしい。らしいというのも、その後俺は彼と顔を会わせることなく街を去ったので、それまでに聞いた噂で判断するしかなかったのだが。 

 それまで以上に形見の狭くなってしまった学校生活は、父親の人事異動で終わりを告げ、俺は溶ける気配もない雪に覆われた銀世界から抜け出すことになった。だから、結局ガキ大将がその後どうなったかは知らない。嫌いだったとはいえ、彼にも春が来てちゃんと雪融けを迎えているといいな、と氷柱を見るたびに思い返す。


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