ドラゴンカーセックス小史

 近年、T社を中心とした日本のピックアップトラックが異世界に於いても重用されていることは読者諸賢もよくご存じのことと思う。これらは平和利用を旨として輸出されているものの、必然、軍事にも公然と転用されており、帝国歴308年の第三次対龍戦争でも、このピックアップトラックを用いて多くの機械化魔道部隊が投入された。

 魔導士という火力にドラゴンに匹敵する機動力を与えたこれら部隊は多くの戦果を挙げたが、同時にドラゴンの集中攻撃等によって壊滅した部隊に於いて、ドラゴンがピックアップトラックを自陣地へ持ち帰るという奇妙な行動が見られるようになったのである。

 これは当初はドラゴン特有の収集癖、ないしは新兵器研究のための軍事的意図に基づくものと思われたが、敵陣地深くまで偶然潜入したとある偵察部隊の報告により、思いもよらないピックアップトラックの用法が明らかとなったのである。

 ここでその仔細を述べることは避けるが、人間が雌雄を別にする生き物である以上、古来より戦場という単性のみを隔離し生命の危機に瀕する特殊な環境下では性処理に関して多くの問題が生まれるというのは自明であり、そしてまた、ドラゴンも雌雄を有する生物である以上、その軛から逃れることは叶わなかったのだ。
 尚、その壮絶な使用法を目にし、無事生還を果たした偵察部隊員は、その後出家したと伝えられている。

 このドラゴンの奇怪な生態は、すぐさまピックアップトラックの輸出元である日本と異世界双方で分析にかけられた。その道の研究者によれば、これは即ちカラスがトラックに胡桃を割らせることに匹敵する動物と自動車の新たな関係性であるとかなんとか。
 それはさておき、最新の科学技術とドラゴンの性質に対する多方面からの分析により、この奇妙な行動が如何にして起きたか、という点については、かくして一応の結論を見たのだ。

 『Journal of Animal Ethology』誌に掲載された論文によれば、ピックアップトラックの大きさは丁度雌ドラゴンが繁殖のために這いつくばった状態と同じサイズであり、また、機械化魔道部隊に於いてはその中に複数名の魔道士が搭乗している。これが即ち、ピックアップトラックがあたかもドラゴン特有の高密度魔力を持つかのような錯覚を魔力感覚器官に対して引き起こしている、というのである。

 このことが歴史に刻まれるべき異世界との共同研究の初の成果であるという点にさえ目を瞑れば、まことに得難い知見と言えるだろう。
 兎も角、研究の結果判明した最大の問題は、ドラゴンはトラックの『間違った』用法を学習しつつあり、そしてそれは、ドラゴン族全体に波及しうる危険を示していることであった。日本からは既に相当数の自動車が民生用含めて輸出されており、それらが無差別に性欲を持て剰したドラゴンの標的となれば、大惨事は免れない。

 しかし、如何なる方法によってか「此方側」の戦史から教訓を得た帝国軍は、遂にこの逆境を奇貨とする戦法を見出だすのであった。

 それは『竜の寝所』、此方側の言葉では「車爆弾」と呼ばれるIEDに近いものであった。 21世紀の近代軍隊をも大いに苦しめたこの兵器を以てして、帝国軍はドラゴンの出血を試みたのである。
 廃車寸前のピックアップトラックに爆裂術式を封入し、振動を検知することで起爆する……この新兵器を用いた作戦は大いに効果を上げ、爆弾用に自動車スクラップの輸出が検討される程であったとされる。

 一方、ドラゴン族の側では、下腹部に負傷を負うドラゴンの不自然な増加が報告され、やがてその原因が突き止められた。
 ドラゴン族の首魁は直ちに戦場における繁殖行動の禁止を通達したが、元来協調性に欠けるドラゴンに対してこの令は効果が薄く、負傷者数は増加を続けた。

 つまるところ、事態はより根本的な解決を要していたのである。
 かの八竜将の一角(本龍と一族の名誉のため名前は厳に秘されている)までもが下腹部の不自然な負傷によって戦線離脱を余儀なくされた時、ドラゴン族はある決定を下した。

 それは即ち、異世界からの自動車の輸入であった。

 元来ドラゴンは自由恋愛に近い価値観を持ち、その結果として雌と巡り会えない雄が多く発生する種族だったという事情もあり、自動車をそうした行為に用いる習慣は、戦場・後方を問わず、もはや是正不能な域に達していたのである。

 結局のところ、ドラゴン族にはこの新たな習慣を受け容れ、自軍で「安全な自動車」を供給するより他に道は存在しなかったと言えるだろう。

 事情はともかく、異世界に於いて両軍が自動車を『運用』し始めたことで、日本の景気は大いに上向き、現在では様々な『ドラゴン向け自動車』が開発されるに至っている。これもまた、異世界との接触による興味深い変化の一つと言えよう。

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