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聖地学講座第238回「人神の系譜とレイライン ―空海・晴明―」

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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」

                vol.238
2022年5月19日号

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◆今回の内容

○人神の系譜とレイライン ―空海・晴明―
 ・高野山のレイラインと空海の神格化
 ・安倍晴明の神格化
 ・お知らせ

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人神の系譜とレイライン ―空海・晴明―

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 今回のタイトルに含まれる「人神」という言葉は聞き慣れないかもしれません。これは民俗学者の小松和彦氏が使いはじめた言葉で、「人が神として祀られたもの」という意味です。

 人を神として祀るというと、真っ先に思い浮かぶのは御霊信仰において神とされた平将門や菅原道真、崇徳上皇、早良親王かもしれません。しかし、こうした御霊信仰の神は、亡くなった人間がダイレクトに神として祀られたのではなく、自分を貶めた権力者に恨みをいだいて亡くなった者が怨霊に変わり、それを鎮めるために神祀りされたものなので、「性質を転じられた神」といったほうがいいでしょう。

 広い意味でとらえれば御霊も人神といえなくもありませんが、ここでは、亡くなった人間がダイレクトに神に祀り上げられた場合のものを「人神」と定義したいと思います。

 以前、私は東京の原宿にある東郷神社の側に小さな事務所を構えていましたが、東郷神社に祀られた東郷平八郎のような「軍神」も人神に数えられます。乃木神社に祀られた乃木希典、古いものでは湊川神社に祀られた楠木正成も同じです。

 さらには、時代に画期をもたらした人物が人神として祀られる例もあります。明治神宮に祀られた明治天皇、平安神宮に祀られた桓武天皇、日光東照宮に祀られた徳川家康などがそれです。

 まだまだ挙げればきりがないのですが、今回は、あまたある「人神」の中から、とくに伝説に彩られた二人を取り上げ、人が神として祀られていくプロセスを掘り下げてみたいと思います。


●高野山のレイラインと空海の神格化●

 承和二年(835)、空海は高野山で亡くなりました。そして、生前に定められていた現在の御廟がある場所に葬られました。『続日本後紀』には、空海の遺骸は荼毘にふされて埋葬されたと記されているので、ごく当たり前の火葬であったことがわかります。

 空海の御廟は奥の院とも呼ばれますが、ここは高野山の中心である金剛峯寺から見ると転軸山と摩尼山との鞍部の向こう側になります。これは夏至の日の出の方角であり、その鞍部からは夏至の太陽が昇ってくるのです。日の出の位置は、冬至にもっとも南に達した後、北へと移ってゆきます。そして、摩尼山の山頂を越えて転軸山の肩に差し掛かる夏至を境に、また南へと転じていくのです。転軸山は、文字通り日の出の「軸が転じる」目印になっているわけです。

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