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Webフリーマガジン「特技でメシを食う」 第1回 パリなかやまさん(流し歌手)

今回からスタートするインタビュー企画「特技でメシを食う」シリーズ

ルールは至ってシンプル。下記の3つのみ。

1.特技でメシを食っている人に極意を聞く。

2.質問事項は毎回、以下の5つに固定。

①あなたがメシを食べている特技は何ですか? 
②特技でメシを食っていこうと思ったキッカケは?
③特技を収益化するうえで、これまでにあった苦労や失敗は?
④特技でメシを食うことの最大のメリットは?
⑤特技でメシを食うための「あなただけの秘訣」は?

3.次にインタビューする特技メシな人をご紹介いただく「紹介制」を導入。

第1回目にご登場いただくのはギター流しのパリなかやまさん。

今後、パリさんからの紹介制でどのような人達に繋がっていくのか? それは誰にもわからない。それでは早速インタビューをはじめていきましょう。


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パリなかやま

1976年東京生まれ。新世代の流し。音楽ユニット「コーヒーカラー」代表。著書に『流しの仕事術』がある。ツイッターアカウントは@pari_nakayama

恵比寿横丁でパリなかやまさんの姿を最初に見たときの心情を表す言葉は「衝撃」しか思い浮かばない。ギター1本で酔客相手に歌を売り、人ごみの中を華麗に泳ぎまわる――その能力はどのようにして身につけたのか。

①あなたがメシを食べている特技は何ですか?

私の特技は「歌」です。

普段は流しの歌手をしています。週に4~5日、恵比寿駅から徒歩3分のところにある「恵比寿横丁」という飲み屋が集まっている場所で、ギター片手に流しをして、お客さんからチップをもらうという仕事です。

見たことがない人には「流し」という仕事は想像できないかもしれませんね。昔はたくさんいたそうですよ。たとえば、北島三郎さんや藤圭子さんといった大物歌手も若い頃には流しをやっていたと言われていますし、中野などの歓楽街には数十人の流しがひしめいていたそうです。

流しの歌手の売り物は「歌」ですが、オリジナルの歌ばかりを売っているわけではありません。というより、大半は他の人の歌をうたっています。たとえば、サザンの「真夏の果実」や中島みゆきさんの「糸」、たまにAKB48の「フォーチュン・クッキー」を歌ってほしいなんていう要望もあります。

曲のレパートリーは1,500曲ほどあります。昔は紙の楽譜の束をメインに使っていましたが、時代の流れとともに今はiPadがその役割を担っています。レパートリーにない歌もiPadで検索して、楽譜が手に入れば演奏して歌うことができるので、便利な時代になりましたね。

①の質問に対する答えをまとめると、私は自分の歌・他人の歌を問わず、お客さんに歌という特技を売っています

②特技でメシを食っていこうと思ったキッカケは?

21歳の大学生の頃、レコード会社に送ったデモテープがプロの音楽関係者に認められたことですね。それで思い切って歌の世界で食べていこうと決めました。

今は流しの歌手をしていますが、最初から流しになったわけではないんです。今から11年前になりますが、2004年にコーヒーカラーというユニットで日本クラウンからメジャーデビューを果たし、最初の曲「人生に乾杯を!」が有線上半期で1位を獲るぐらい大ヒット。焼酎のCMに曲が使われたこともあります。

メジャーデビューしたのが28歳の頃です。21歳で「歌でメシを食う!」と決めてから約7年間は、いわゆる下積みの時代がありました。最初に私のデモテープを認めてくれた人物の1人に、コーヒーカラーのプロデューサーであり、私の恩師とも言える人物エスケン氏がいます。彼は新人発掘に定評があり、ウルフルズやボニーピンクなどの才能を見出した人物です。

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取材は恵比寿横丁・恋酒場にて。

そのエスケン氏のもとでオムニバスアルバムに参加したり、インディーズアルバムをつくりはじめました。最初はなかなか売れず、レコード会社ともメジャー契約をしていないのでお給料は全くありませんでした。そんな状況のなか、コーヒーカラーのメンバーと「歌づくりをもう1回きちんとやり直そう。何のために歌うのか考えよう」と話し合う機会がありました。24歳の頃だったと思います。

同時に、生活費を稼ぐために営業の会社でサラリーマンとしても働きはじめたんです。そのときに、歌を聞いてくれる人の大半は、音楽業界の人ではなく、普通の世界で働いている人達なんだと気づきました。それをきっかけに「働く人のためのブルースを歌おう。社会派の歌をつくっていこう」と心に決めました。

その後、社会人としての実体験を交えてつくった歌が「人生に乾杯を!」でした。この歌がヒットしてくれたのはうれしかったのですが、一発ヒットを出すだけでも大変な世界で、連続してヒットを飛ばし続けることはできませんでした。数年後にはメジャー契約を解消され、どうしようか迷っているところに先輩音楽家から「一緒に流しをやってみないか」という誘いを受けて、コンビを組み、亀戸横丁で流しデビューをしました。

メジャーのアーティストと街場の流し。対極にあるとも言える、この両方を経験しているのが私の特徴だと思います。この2つに共通しているのは歌を売って生活しているということ。そういう意味では、21歳の頃に抱いた夢は現実のものになっていますね。

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先日、読売新聞の夕刊でも特集されたパリなかやまさん。

③特技を収益化するうえで、これまでにあった苦労や失敗は?

流しをはじめた頃は「歌で稼ぐのってこんなに簡単なんだ」と思いました。

それはメジャー時代と比較しての話です。コーヒーカラーのときは私が収益化について考えることはほぼありませんでした。それよりもレコード会社からは「良い歌(売れる歌)をつくってね」「つくるほうに専念してね」という空気がありました。

メジャーのアーティストは個人戦のように見えて、じつは壮絶な組織戦です。レコード会社には宣伝担当、営業担当、マーケティング担当などがいて、収益化に関してはプロの部隊がいるわけです。私は言ってみれば神輿の上に乗っていて、それを担いでいる人達全てがメシを食っていかなければなりません。

そのピリピリ感たるや凄まじいものがありましたよ(笑)。私はもちろん、絶対に良い歌をつくろう、歌おうと頑張るわけですが、それが実際に売れるかどうかは全くわからない世界です。その状況はストレスが溜まらなかったと言ったらウソになってしまいますね。

それに比べて今は、お客さんの目の前でパフォーマンスをして(歌をうたって)、お金が発生するという最もシンプルな形式。「この歌が売れなければ会社がヤバイ!」というようなピリピリ感はないし、自分が精いっぱい歌うことでお客さんは喜んでチップを払ってくれる。そういう意味では流しをはじめて苦労をしたというよりは、とても楽になりましたね

④特技でメシを食うことの最大のメリットは?

趣味と実益を兼ねていて、ストレスがないということでしょうか。

無駄がないなと思いますね。私の場合は、特技=好きなものなので、24時間全てを歌に費やすことが苦になりません。むしろ、それは喜びで、誰よりも時間をかけて追求することができるので、閃きがあるし、おのずと人より秀でるものだと思います。さらに、今でも日々上達しているなと実感しています。

こんなにストレスのない仕事である流しを増やそう、文化にしようと、現在は「流し組合」をつくって、活動の場を広げようとしています。本やWEBで告知した甲斐あって、流しをやりたいと何人かが来てくれました。その人達に、まずは恵比寿横丁で実際に流しを体験してもらうのですが、残るのは10人中2人ぐらいですね。

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私は、流しで食べていくために必要なことは、下記の2つの要素のうち、どちらか1つをもっていることだと思っています。

 ・演奏できる音楽の幅の広さ

 ・コミュニケーション力

音楽の幅の広さに関しては、流しは自分の好きなジャンルの音楽だけを演奏する仕事ではないので、はっきり言えば嫌いな歌をリクエストされることもあります。もちろん、圧倒的な自分のパフォーマンスで有無を言わせないぐらいのことができれば、やりたい歌だけやれると思いますが、ワンマンライブの会場ではないのでそれは難しいこと。流しとしてやっていくにはジャンル問わず、どんな歌も同じ音楽として受け入れる力が必要ですね。

ただ、抜群にコミュニケーション力があって、「人たらし」であればそれすら凌駕できる可能性はあります。演奏する前の会話で、自分の世界に引き込んでしまい、やりたい歌だけやるというパターンです。要は、エンターテインメント性にしろ、キャラにしろ、見知らぬお客さんを納得させるだけの何かがあればいい

たいていの新人流しがつまずくのは「音楽の幅の広さ」の部分です。流しをはじめようという人は、何らかの形で音楽を掘り下げてきた人達で、音楽に対する自分のこだわりを強くもっている人がほとんどです。だから、どうしてもそのジャンルを推したくなってしまう気持ちはわかります。

でも、「特技でメシを食う」ということは「特技でお客さんに喜んでもらう、役立ててもらう」という視点を忘れてはいけないと思います。自分のためでなく、お客さんのために特技を使うから仕事になる。趣味だけではなく、実益も兼ねているということが大切で、だからこそ自分がメリットを享受できるんですよね。

この順番をはき違えると、特技でメシを食うと言っても、ストレスだらけの人生になってしまうので注意が必要かもしれません。

⑤特技でメシを食うための「あなただけの秘訣」は?

「経験と自信」としか言いようがないですね。

私は培ってきた特技があるならば、役立つ場所や売れる場所は必ずあると思っています。特技でメシを食うために大切なことは、じつは特技よりも他のところにあるのではないでしょうか。

たとえば、会社に所属していたイラストレーターが独立してイラストを売って生活していこうという場合。このときに考えるべきは、イラストが売れるかよりも、「会社がやってくれていた仕事を自分はできるのか?」ということです。それは、プロデュースや営業、宣伝、経理、管理など、あらゆることです。

流しの場合は、自分の身をさらして営業・宣伝する仕事なので、私自身はこの部分の苦労をしませんでしたが、恵比寿横丁に来るさまざまな仕事人の話を聞いて実感します。ただ、そういったことも含めて、経験と自信はやり続ければ誰もが身につくものなので、本当にやりたいことであればやってみることが大切かもしれませんね。

最後に、もう1つ付け加えるならば「本気で準備をすること」です。脱落してしまう新人流しの人を見ると、本気で準備してきたのかな?と疑問に思うこともあります。特技でお客さんから対価をもらって生活するためには、それなりの覚悟と準備が必要であることは言うまでもありません。

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―編集後記―

僕はパリなかやまさんの影響を非常に受けている。会社を辞めて独立するか悩んでいるときに、衝撃的に(勝手に)出会い、ギター1本で歌を売って生きる姿を生で見ることができたのはラッキーなことだったと思う。

そんな僕が今は「文章流し」(世の中はそれをライターと言う)をやっている。特技というにはまだまだ修行が必要だが、「書く力を売ろう」と思ったのはパリさんの姿を見たからだった。

この企画はパリさんからスタートすることに意義があるのだ。

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取材・文:廣田喜昭

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