〈連載#2〉新しい可能性は、新しい関係性から。
コロナウイルス禍は、社会のあらゆるものがつながっていることを、私たちに再認識させました。職場と家庭。対面とオンライン。企業と社会。これまで当たり前に存在していた「境界線」が溶けてゆく。その流れは、ますます加速していくのだと思います。
そんな時代に、組織をどう活性化させるか。働き方を、どうデザインしていくのか。
「企業を内側(インナー)から動かし、事業や経営を良い方向へ変化させること」をミッションとして活動してきた電通ビジネスデザインスクエア(以下BDS)のインナーアクティベーション・チームが、識者との対話を通して考えていきます。
第2回のゲストは、各業界の第一線で活躍する有識者と企業をつなぎ、その知見を提供するサービス「エキスパートリサーチ」を展開している、株式会社ミーミル 代表取締役社長 川口荘史氏。今回は、「社内と社外の境界線」をテーマに、インナーアクティベーション・チームの江畑潤がリモート対談を行いました。
株式会社ミーミル
代表取締役社長 川口荘史氏
大学時はバイオサイエンスの研究に従事。大学院卒業後は、投資銀行に就職しM&Aチームに配属される。
2017年に「経験知に価値を与える」というミッションのもと株式会社ミーミルを設立。新たな領域や業界の知見を獲得するための有識者へのヒアリングサービスとして「エキスパートリサーチ」を展開。現在登録されている有識者は国内で6,000人以上に及ぶ。2020年4月には、電通BDSと電通イノベーションイニシアティブ、VISITS Technologyと 共に、オンラインを活用して100人以上の有識者から500以上のアイデアを創出する「Expert Idea 500」を共同開発している。
有識者の知見で企業活動をサポートする「エキスパートリサーチ」
江畑:コロナ禍の中で、働き方にはさまざまな「きざし」が芽吹き始めていると感じています。今回はミーミルが展開している、有識者ネットワークサービス「エキスパートリサーチ」の活用状況をコロナ前後で比較し、「社外有識者の活用」という視点から、「社内と社外の境界線」の変化を推察していきたいと思います。
川口氏(以下敬称略):「エキスパートリサーチ」は、有識者ネットワークを活用し知見獲得をする サービスです。ヘルスケア、自動車など各業界における専門家をネットワークし、クライアントが求めるニーズを満たす有識者(=専門家)を選出し、インタビュー等を通じて彼らの知見を提供することで、新規事業やM&Aなどの企業活動における意思決定や事業創出をサポートします。
江畑:まさに社内と社外の境界線を越えたサービス展開ですよね。そもそも、こうしたサービスを始められたきっかけとはどのようなものだったのでしょうか。
川口:大きな理由は二つあります。一つ目は、「企業の意思決定を支援したい」 。投資銀行のM&Aチームにて案件を担当する中、強く感じたのは、企業において重要な意思決定の一つであるM&Aにおいても、もっと適切な情報を獲得することで意思決定の精度があげられるはず、ということです。特にアクセスが難しい情報の中に、人の中に眠る専門知識、知見情報があります。意思決定における情報の価値が最も高まるタイミングといえるM&Aや新規事業において、「専門家の知見情報を提供する」仕組みが必要なのではないかと考えました。
もう一つは、「個人の専門性を活かす機会はもっとたくさんあるはず」と感じたことです。私は、大学時代にバイオサイエンスの研究をして、その後金融の世界に入りました。実際に社会に出てみると、直接関係のある仕事につかない限りこうした専門的知識を活かす機会はありません。このように眠ってしまっている「知」はたくさんあるはず。 そうした「知」と「機会」をつなぐことで、より多くの価値発揮の機会が生まれ、個人の価値も高まっていくと考えたのです。そこで、「経験知に価値を与える」というミッションのもと、「エキスパートリサーチ」というサービスを立ち上げました。
見えない未来への不安が、社外へ目を向けるきっかけに
江畑:早速、データを確認していきたいと思います。コロナの環境下で、「エキスパートリサーチ」のご依頼状況や内容などに何か変化はあったのでしょうか。
川口:さまざまな変化がありましたね。ミーミルでは毎日多くの業界リサーチの相談をいただくのですが、まず、 この環境下で全体の依頼数は増えており 、2020年1月から4月にかけて25%増加しています。コロナを受けて未来への不確実性さが増したのか、皆さんの情報獲得意欲も増加しているのだと思います。
川口:それに比例するように、同時期の「未来関連」ヒアリングニーズの割合は、1月が29%であったのに対し、4月は46%まで増加しました。この「未来関連」のテーマというのは、新しい市場や業界に関するもので、キーワードとしては、例えばAIやロボティクス、ビッグデータなどの先端的なテーマが多く上がっています。
江畑:先行きの見えない未来への不安から、有識者の声の視点を取り入れたいと思う気持ちはよくわかります。その時に「エキスパートリサーチ」はまさにぴったりのサービスだと思いました。
川口:有識者にヒアリングできる一番の意味とは、未来について聞けることだと考えています。それは、不確実性が高いからこそ「誰」に聞くかが重要で、その専門性やバックグラウンドを踏まえて多角的にみていくことで自分なりの未来の解釈ができてくるものだと思うからです。
江畑:先ほど、未来への不確実性が情報獲得意欲の増加につながっているというお話がありましたが、他にもこうした状況下ならではのユーザーの傾向などはあったのでしょうか。
川口:もうひとつ面白いと感じたのは、「複数ヒアリングニーズの増加」です。特に2~3名などの複数名へのヒアリングニーズは、1月に20%だったものが4月は25%となり、案件数ベースの 2~3名のヒアリングニーズも1.7倍まで増加しています。このように、多角的な視点で情報を獲得しようというエキスパートインタビューの活用方法も、コロナ禍という「この先どうなるかわからない」未来への不確実性の高まりを受けて、一部企業では定着しつつあると思います。
江畑:こうしたデータを見ていると、今回のコロナの影響で、社内と社外の境界線がより曖昧化し、これまでは社内のリソースに100%頼っていたところから、社外にアドバイスや意見を求めることが正しい、という意識が生まれてきているように感じました。
「外部依存から外部活用へ」 社内と社外が共創する社会
江畑:冒頭でお話しいただいた、「エキスパートリサーチ」を開発した理由、M&Aの意思決定すら難航しているということにも通じると思いますが、今後、意思決定に社外エキスパートの力を借りるということが、どれくらいスタンダードになってくると思いますか?
川口:個人的には、全ての意思決定においてこうした専門家の知見活用が当たり前になっていくと思いますし、そうあるべきと 思うくらいです。全ての専門的知識や情報が自分の中にある、ということはありえませんよね。一方で、意思決定の精度やスピードはますます求められている。意思決定者は、新しい領域や分野へ踏み出す際に、確かな専門性に裏打ちされた知見を迅速に効率よく獲得してストーリーを組み立てていく必要があります。
また、最近特に感じるのは、企業活動において、すぐにアクセスできる社外ネットワークを作っておく動きも増えていることです。これは、企業が外部リソースに依存するということではなく、あくまでも外部リソースを活用できるノウハウを含めて、外部ネットワークを「自社の資産」として確保しておく感覚だと思います。
江畑:「外部依存から外部活用へ」というのは大きなキーワードになると思いました。
「外部活用」という視点で考えると、今年の4月に、電通BDS がミーミルとVISITS Technologyと共同でリリースした 「Expert Idea 500(エキスパートアイデア500)」も、まさに外部活用として使っていただきたいサービスだと考えています。
「Expert Idea 500」は、新規事業の開発や検討といった企業活動において、ミーミルにご協力いただいた 100名以上の有識者から500以上のアイデアを高速に収集し、コンセプトの抽出や事業案の創出を行うサービス です。
実際に、花王の花王ファブリック事業部で今回のサービスを採用していただき、未来の事業の在り方を探索するプロジェクトにおいて「2050年未来商品カタログ」を作りました。
「Expert Idea 500」サービスコンセプト
川口:2050年という先の未来についてのアイデアが結集された大変興味深いプロジェクトでしたね。独自に選出された各領域のエキスパートによって、アイデアのクオリティや多様性も担保でき、とても面白い結果になりました。
江畑:100人以上の有識者からアイデアを集めることって普通はできないですよね。これだけの人数と、さまざまな専門領域の方が関わることで、アイデアの網羅感がありますし、有識者に互いのアイデアを評価してもらうので、ただのアイデロングリスト ではなく評価の高いアイデアとは何か、評価が分かれる分散している アイデアとは何かを理解することができます。どういうアイデアを選ぶべきかという解釈の視点まで得ることができるんですよね。
また、新規事業開発だけではなく、組織ビジョンや人材開発では、社外の専門家と社員でアイデアを比較したり、そこで生まれるギャップから新しい何かを生み出すこともとても有益なのではないかと思います。 今後は、 Expert Idea 500プラットフォームをインナーアクティベーションへ応用していこうと考えています。
社内と社外の境界線が曖昧化する中、明確にすべきは「個の輪郭」
江畑:私は、社外とのネットワークをよりうまく構築していくために、社内にある有識者ネットワークも本来もっと活用していくべきなのではないかと考えています。社員一人ひとりがもつ熱意、知識、経験といった、「社内の眠れる資産」をもっと機能させるべきなのではないかと。
川口:社内の資産となり得る社員一人ひとりの情報のあり方も考えていきたいですね。社員の情報も、スキルや専門性をベースに、過去の実績などを可視化した状態で管理し、皆がアクセスできるようなエキスパートネットワークの仕組みを社内に作っていくのも面白いです。自己申告の経歴書よりも、客観的なプロジェクト実績やその評価が蓄積され、それを個人の資産として保有し、その資産を活用して自由な働き方を実現できるといいですね。
履歴書記入欄に書き記せない”情報”をいかに資産にするか
江畑:役職が上がっていくことだけではなく、自身の専門性やスキルを上げていくこと、「自分らしいキャリアの積み上げ」が今後は大切になっていくのかもしれませんね。
川口:そうすることで自身のキャリアにオーナーシップをもつことができます。「自分らしさ」、「個の価値」にも通ずると思いますが、LinkedIn創業者のリード・ホフマンが『アライアンス』という本を出していて、私も共感しているのでミーミルのバリューにも組み込んでいるのですが、会社と個人の関係は、アライアンスのような形であるべきだと思っています。
組織として大切なのは会社のミッションと個人のミッションの整合性がとれていること。その大前提として「個人のミッションをきちんと持っているか」も重要だと思います。面接で個人のミッションを聞いても、実際のところ自分のミッションを答えられる人ってあまりいません。「会社の○○に共感して私もこれがやりたいです」と話すことの方が多いのですが、「どこが自分のやりたいことと合致しているのか」があるといいと思います。
江畑:会社と個人の関係性という視点で関わる話なのですが、 最近、アルムナイ(本来は卒業生、同窓生を指す。企業の離職者やOB・OGという意味でも使用)という言葉がよく使われるようになりました。電通BDS内のプロジェクトで連携しているコペンハーゲンの大学院 CIID(Copenhagen Institute of Interaction Design)では、卒業生活用がとても盛んで、アルムナイネットワークが作られています。例えば日本で教育イベントを実施するとき、そのネットワーク内で日本人の卒業生をアサインして出張授業の先生をやってもらったり。そういうエコシステムを作っているんです。
会社との関係性もそうあるとよいですよね。例えば企業を退社してもアライアンスは組んだまま、外部の協力パートナーとして活動したり、数年後には元々所属していた企業へ戻ってきて、メンターとして後続の人を育てたり。さまざまな境界線がなくなった世界を想像すると、一方通行ではない新しい関係性の構築も今後加速していくのではないかと思いました。
川口:おっしゃる通りだと思います。アルムナイネットワークに入るということ自体が、個人にとっても大きな資産になると思います。個人も会社を選ぶときにどのアルムナイネットワークに入りたいかで選ぶことがあってもいいですね。
内と外を区切らない曖昧なアライアンスから、新しい可能性が生まれていく
江畑:川口さんとお話しして、「社内と社外の境界線」が曖昧化するなかで、個人の輪郭がよりはっきりしてくる時代になると感じました。肩書だけではなく、自分は何のために生きていて、何ができて、何をしたいのかを語れる人が生き残っていく。大切なことに改めて気づくことができた対談でした。ありがとうございました!
(※この対談は2020年5月21日に実施したものを編集しています)
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●電通ビジネスデザインスクエア: https://dentsu-bds.com/
<この記事を書いた人>
江畑潤
株式会社電通 | 電通ビジネスデザインスクエア
インナーアクティベーション・スペシャリスト/コピーライター
「ひとの全能力発揮」を個人テーマに活動。「クリエイティビティで組織を内側から動かす」ことを目指す『インナーアクティベーション』のチームリーダーを務める。肩書きを転々としてきた経験をいかして、自分なりの仕事のつくり方を探求中。
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