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伊藤詩織さんが元TBS記者との民事訴訟に勝訴した理由

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者のジャーナリスト・山口敬之さんから性暴力被害にあったとして、慰謝料など1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12月18日、東京地裁であり、鈴木昭洋裁判長は330万円の支払いを命じた。

争点は、性行為の同意があったかどうかだった。判決は、山口さんの供述について「不合理に変遷しており、信用性には重大な疑念がある」と指摘。伊藤さんの供述から、山口さんが合意のないまま性行為に及んだと認定した。そのうえで、将来上司となる可能性のあった山口さんから、意識を失った状態で、避妊具をつけることなく強引に性交渉をされるなどし、フラッシュバックやパニックが生じる状態が継続していることから、慰謝料300万円と弁護士費用30万円を認めた。また、伊藤さんがおこなった記者会見などについて、山口さんは名誉毀損だとして慰謝料など1億3000万円と謝罪広告を求めて反訴していたが、「公共性および公益目的がある」として棄却した。

以下、判決要旨にもとづき判決を詳報する。

裁判所はまず、伊藤さんの供述について以下のような事実を認めた。

・山口さんと会食した4月3日、寿司屋のトイレで意識を失った
・トイレから戻った後は、同じ内容を繰り返し話す状態だった
・寿司屋を出た時は千鳥足で、並木に手をついて休む様子だった
・タクシーの車内で嘔吐した
・ホテルに到着し、山口さんに引きずられるようにして降車した
・ホテルの部屋に向かう間、足元がふらついていて、山口さんに支えられる状態だった

このことから、伊藤さんは寿司屋を出た時点で相当量のアルコールを摂取し、「強度の酩酊状態にあった」と認定。「寿司屋においてトイレに入った後、ホテルの部屋で目を覚ますまで記憶がないとする伊藤さんの供述と整合する」と述べた。また、伊藤さんがホテルでシャワーを浴びることなく、4日午前5時50分にホテルを出てタクシーで帰宅したことについて、「合意のもと性行為に及んだ後の行動としては、不自然に性急」、「むしろホテルから一刻も早く立ち去ろうとするための行動であったとみるのが自然」とした。伊藤さんが4日に産婦人科を受診してアフターピルの処方を受けたことも「避妊することなく行われた今回の性行為が、予期しないものであったことを裏付ける事情」とした。さらに、伊藤さんが7日と8日に友人2人に相談したこと、9日に原宿警察署に相談したことを踏まえ、「行為があった時から近い時期に、合意に基づかずに行われた性交渉であると周囲に訴え、捜査機関に申告していた点は、今回の性行為が伊藤さんの意思に反して行われたものであると裏付けるもの」と結論づけた。山口さんがワシントン支局長を解任されたのは4月23日であり、伊藤さんが警察に申告した4月9日時点では、就職のあっせんを期待し得る立場にあったため、「伊藤さんがあえて虚偽の申告をする動機は見当らない」とした。

裁判所は次に、山口さんの供述について検討した。山口さんは法廷での本人尋問で、「伊藤さんをホテルに連れて行くことを決めたのは、タクシーの車内で伊藤さんが嘔吐した時点で、タクシーに乗るまでは伊藤さんの酩酊の程度は分からなかった」と証言した。これについて、判決は、「寿司屋から恵比寿駅は徒歩でわずか5分程度の距離」であり、寿司屋を出た時点でタクシーに同乗させた点について「合理的な理由は認めがたい」とした。加えて、伊藤さんが、タクシー運転手に「近くの駅まで行ってください」と言い、自宅まで電車で帰る意思を示していたのに、山口さんは、タクシーが目黒駅に到着する直前に、運転手にホテルに向かうよう指示して同行させたと認定した。また、山口さんは、伊藤さんが午前2時ごろホテルで目覚めた際に「私は、なんでここにいるんでしょうか」と述べ、酔っている様子は見られなかったと証言した。これについて、判決は、伊藤さんの発言自体「伊藤さんがホテルの部屋に入室することについて同意をしていないことの証左というべき」とし、伊藤さんが約2時間という短時間で酔った様子が見られないまでに回復したという点も「疑念を抱かざるを得ない」と指摘した。さらに、性行為直前の伊藤さんの言動について、山口さんは2015年4月18日に伊藤さんに送ったメールで、伊藤さんの方から山口さんが寝ていた窓側のベッドに入ってきたと説明していた。しかし、山口さんは法廷で、「伊藤さんに呼ばれたために山口さんが窓側のベッドから伊藤さんの寝ている入口側のベッドに移動した」と証言していることから、判決は「性行為の直接の原因となった直近の伊藤さんの言動という核心部分について不合理に変遷している」、「信用性には重大な疑念がある」と評価した。以上から、タクシー内のやり取りや、タクシーを降りた時、ホテルの部屋に入るまでの伊藤さんの状況から、「伊藤さんが自らの意思に基づいてホテルの部屋に入室したとは認められない」と判断。

山口さんの供述は「重要な部分において不合理な変遷が見られる」、「客観的な事情と整合しない点も複数あり信用性に疑念が残る」とした一方で、意識を回復した後の伊藤さんの供述は「客観的な事情や行為後の伊藤さんの行動と整合する」、「供述の重要な部分に変遷が認められない」とし、伊藤さんの供述は山口さんの供述と比較して「相対的に信用性が高い」と認めた。山口さんが、酩酊状態にあって意識のない伊藤さんに対し、合意のないまま性行為に及び、また、伊藤さんが意識を回復して性行為を拒絶した後も、伊藤さんの体を押さえつけて性行為を継続しようとしたと認定。不法行為が成立するとした。

慰謝料額については、

・将来上司となる可能性のあった山口さんから、意識を失った状態で、避妊具をつけることなく性交渉をされた

意識を回復し拒絶した後も強引に性交渉を継続されそうになった

・ベッドに顔面が押し付けられる形となって恐怖を感じた・これにより、時折、フラッシュバックやパニックが生じる状態が継続していることから、肉体的および精神的苦痛に対する慰謝料300万円(+弁護士費用30万円)を認めた。

伊藤さんは今回の事件について、行為の内容やその後の経過を記事として週刊新潮に掲載したり、司法記者クラブで記者会見を開いたり、著書『Black Box』で公表したりしてきた。山口さんは、これらについて「名誉および信用を毀損し、プライバシーを侵害した」として、慰謝料など計1億3000万円と謝罪広告を求めて反訴しており、併合して審理されていた。判決は、「伊藤さんは、自ら体験したことやその後の経緯を明らかにし、広く社会で議論することが、性犯罪の被害者を取り巻く法的または社会的状況の改善につながるとして公表した」と認め、「もっぱら公益を図る目的で表現されたもの」と判断。事実が真実であると認められることから、名誉毀損には当たらないとした。また、プライバシー侵害についても、伊藤さんが自ら体験した性被害として今回の事件を公表する行為について「公共性および公益目的がある」と認め、主張が対立する中で「合意があった」という山口さんの主張に反論すべく公表されたもので、その程度は「相当性を逸脱したものとはいえない」と退けた。

伊藤さんは判決後、地裁前で報道陣の取材に応じると、「どう受け止めていいのか。民事裁判が進む中でのプロセスが大切だと思っていました」「支援してくださってありがとうございます」などと語った。

一方、山口氏は敗訴という結果を受け、傍聴席には目を向けずに裁判長や裁判官に一礼し、最後に法廷を後にした。その表情は硬かった。

伊藤さんが判決後、支援者らに向けて語ったメッセージは以下の通り。

「心は一緒だよっていろんな方に言っていただいて、どんな結果になっても大丈夫だよ、今までのことがあるから大丈夫だよと声をかけていただいて、なので私は結果があっても、なくても、と思っていたんですけど、でも良い結果を皆さんにお届けすることができて、本当に嬉しいです。ありがとうございました」「長かったですね。でもこうやって少しずつでも大きな変化が、私が見てるこの景色が以前とはまったく違うものなので、本当にみなさんありがとうございます」「法律もしくは報道の仕方、教育であったり、いろいろまだまだ宿題はあると思いますが、一つひとつ皆さんと考えていけたらと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします」

はっきり言って伊藤詩織さんが負ける要素がない民事訴訟だったが、事実認定を肝とする民事訴訟の場で、「同意があるか否か?」を客観的事実や状況を吟味して判決が出たのは、来年改正の性犯罪についての刑法において、「性暴行や準強姦の成立要件に同意の有無を加える」ことをメインにすることを後押しする判例となるし、「抵抗出来たかどうか?」などを重視した判決から「同意があるか否か?」にシフトしていく傾向に司法の流れが変化することが予想される。

警察による性暴行被害者の取り調べ、裁判における被害者保護、性犯罪被害者を迅速に救うワンストップサービスの設立など、様々な課題が山積みで、伊藤詩織さんの戦いは始まったばかり。

山口氏は、裁判で主張の矛盾を突かれて敗訴したのに性懲りもなく控訴するそうだが、上念司氏など支持者であることをやめようとする者も出始めたし、山口氏の担当弁護士は伊藤詩織さんに対するブログでの誹謗中傷が原因で弁護士会に懲戒請求が出されたし、控訴すら出来る状況ではない。

この民事訴訟での勝訴は、あくまでも性犯罪被害者が声を上げ易い状況と性犯罪の構成要件や警察や裁判での取り調べなどを改善する長い戦いの始まりである。これからも応援します。

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