書評・概説:ピーター・ターチン「END TIMES」クリオダイナミクスで米国の危機を乗り越えるための具体的な処方箋
Peter Turchinの新著、END TIMESが2023年6月13日に発売され
2024年9月19日に邦訳が発売される。
これはターチンの9冊目の著書になる。(ただし日本語訳が出版されているのは、3つ目の著書である **Historical Dynamics: Why States Rise and Fall 「国家興亡の方程式」**だけである)
まず、ピーター・ターチンが何者か?ということから話しておいたほうがいいだろう。
ピーター・ターチンはもともとマツノキムシの世界的研究者で…要するに生物学者だった。しかしそのキャリアの途上で、生態学的な方法論を他の分野に適用できないかと考え…人類にそのアプローチを適用してみた。その結果クリオダイナミクスという新しい学問分野が生まれた。これは人類の集団、つまり国家に対して、複数の数理的なモデルを作り、その後に歴史的なデータに対してどれがより上手に説明できるかを検証していくものだ。
このプロセスに関しては、唯一の邦訳書である、「国家興亡の方程式」が詳しい。
なお、日本語で読めるターチンの記事は、
経済学101
祖国は危機にあり
がある。
あとはCOURRiERの記事
晶文社の不和の時代の序文
がある。
その後ターチンはそのアプローチを過去の歴史だけでなく、現代にも適用し、2010年の論文
でそのモデルが2020年代に米国が深刻な政治的分断に直面することを予測した。(この他にも2016年に Age of discordでは、実証的なデータを複数用いて、米国が政治的危機にあることを予測している)
そして…物事は実際その通りに進んだ。2020年に米国で国会議事堂襲撃が起こったことは、まだ記憶に新しいだろう。
これはつまり、米国で2010年のターチンの予測は米国のエリートにとって真剣に受け止められなかったことを意味している。彼は2010年に上記の論文で2つの提案をしている。
公的債務の増大と経済的不平等を改善するために、税率を累進的にする。
高等教育を受ける人員の制限(つまり、エリート志望者の制限)
しかし、2016年に、ドナルド・トランプが当選したあとも、経済的不平等は進行し(これは次のデータベースでみることができる https://wid.world/country/usa/
USA INCOME INQUALITY Top 1 % shareで調べてみよう。2010年に17.9%だったトップ1%の収入は、2020年も変わりがない)大学の入学者が減ることもなかった。
米国が政治的な不安定性を増大させている中で、よりわかりやすく、より具体的に米国という国家が不安定な状態、崩壊しかねない状態にあることを示し、それを防ぐための手立てについて書かれたのが、これから紹介する本、END TIMESである。
かなり具体的な目的について書かれた本で、今までの本とは違ってクリオダイナミクスの理論は背景に隠れている。だからこそ読みやすくもなっている。ちなみに数式やグラフは一切登場しない。これは彼の書籍としては異例だ。だからこそ最初の一冊としてお勧めしたい。(唯一の邦訳である国家興亡の方程式は微分方程式やモデルを作る方法などが出てきて、それを理解するためには数式を手を動かして理解する必要があるので、とっつきづらい部分がかなり多いうえに、彼の理論がそこからかなり変化している。とはいえ自分が高校生だったらこれを読んで理系やってから歴史学やるのめちゃくちゃ楽しいだろうな、と思っただろうなとは思う。ターチンの理論がCivilizaitonⅣやParadox Intaracitve社のゲーム愛好家に好まれているように、こういうの好きな人にはグッと響くのだ)
タイトルからは終末論的な趣を感じられるかもしれないが、本文には全くそのような空気はない。
状況は厳しいが、この状況からでも破局を回避する方法はあるので、それに取り組みましょう、というのがこの本の骨子である。背景にはcrisisDB(date base)やクリオダイナミクスのモデルがあるのだが、それはあくまでも表には出てこない。
人口動態モデルを用いた歴史学はJacK Goldstonが考案し、Peter Turchinがクリオダイナミクスとして創設したものであり、故に全く馴染みのない言葉が複数出てくる。僕は彼の著書を幾つか読んでいるのでそれを自然なものとして感じているけど、未だ読んだことがない人には解説が必要だろう。
基本的には生態学のサイクル、つまり草食動物が増えると、草食動物を餌とする肉食動物が増え、その結果として草食動物が減り、肉食動物も減る、といったものがあるわけだけど、そういったモデルを人間に当てはめてターチンは考えている。
そのモデルとは基本的には以下のようなものだ。
実質賃金の低下、富の格差拡大、若い高度な学位を持った卒業生の増加、公共への信頼感の低下、公債の爆発的増大は、それぞれが関連しており、国家の崩壊に関与する。
特に彼が着目しているのは、大衆の困窮化と、エリート過剰生産、そして最後の一つは本書でおそらくははじめて登場する概念「富のポンプ」だ。
大衆の困窮化は実質賃金の低下で表される。実質賃金の低下を引き起こすのは、潜在的労働者の増大で、それは国家によっては子供が増えることであったり、移民の流入であったりする。
エリート過剰生産は2つの方向で表される。高度な学位を持った卒業生の増加、かつ彼らに彼らが望む職が得られないこと、そして富の偏在だ。
これらは相互に関連して、社会を不安定化させる。どのように?
まず最も大事な点としては、大衆が困窮化するだけでは、社会を崩壊させるには十分ではない。組織化されていない群衆は、エリートたちが結束している限りは容易に鎮圧される。
過剰生産されたエリートの多くは、学位に比較して望むような仕事、すなわち自分の両親が享受したような生活を送るのに十分な収入を得ることができない。そのため、既存の秩序に同意せず、過激思想を持つようになる。
良い例は太平天国の乱の洪秀全だ。彼は何度も院試(科挙、つまり国家公務員になるための試験を受けるための試験)に落ちた。つまり、過剰生産されたエリートだ。同様の過剰生産されたエリートが大衆の組織化に貢献し、またその時代の大衆の困窮とも相まって彼の過激思想は受け入れられ、反乱が成立し、最終的には清軍によって制圧されるも、2000万人以上の死亡者を生み出すに至った。
過剰生産されたエリートは、既存の社会構造に異を唱え、社会構造の破壊を企図するカウンターエリートになる。そして大衆を組織化し、既存の社会に対し反乱を起こす。それは内戦、及び既存の社会が崩壊することに繋がる。
この本で一番重要なキーワード、「富のポンプ」とはなんだろうか。これを知るには、社会がどのような力によってコントロールされるかを学ぶ必要がある。
既存の社会はどのように作られているのだろうか。それをターチンは、4つの力で説明する。軍事力、富、官僚制、そしてイデオロギーだ。
どれが社会を支配する主要な力になるかは、国家、時代によって異なっている。例えば米国は富が支配する、つまり金権政治の社会だ。
そうであるがゆえに、米国では富の上位10%までが政治的影響力をもち、平均的な富を持つ人の政治的影響力は、ゼロと計算される。
つまり、米国は民主主義国家であると思われているが、実質的には金権政治であり、一般大衆は政治的な影響力を一切持っていない、と批判する。彼が例に出すのは、死亡税キャンペーンだ。富裕層に対する相続税増税に関する法案が提出されたとき、マスメディアは死亡税とキャンペーンを張って、大衆の批判を促し、撤回させることに成功した。実質的にはそれが影響するのは上位1%の富裕層だったにも関わらず、だ。
では米国はそれぞれの階層からどのように見えているだろうか。
それをターチンはフィクションとしての人物描写からはじめる。
架空の上位1%の富を持つ資本家、10%の分類に入ることが予測されるロースクール生、高校を卒業した非正規の自動車修理工、彼らを描き、彼らがターチンのモデルではどのように振る舞うことが予測されるのかが続いて記載される。これがターチンの抽象的なモデルの中でどのように振る舞っているのか、彼らの動機は何なのか、ということをかなりわかりやすく説明してくれる。
過剰生産されたエリートを社会が養うには、大衆から富を奪い取るしかない。これが富のポンプだ。中世においては農民・農奴への課税や賦役を増やすことだ。現代においては複雑な税制や制度を作ることで、納税を回避したり、移民の流入を増やすことで平均賃金を下げたり、ロビイングをして税制を富裕層に有利なように作り替えたりすることだ。
米国は金権政治が主体の国家で、国家を動かしているのは富裕層だ。ゆえにこれを一般大衆は止めることができない。なぜならロビイングはできないし、法的な知識だって乏しいし、議員への政治献金も富裕層ほどにはできないからだ。富のポンプを止める方法は2つある。そもそも既存の社会構造自体を破壊して、内戦などでエリートを減らすか(これが薔薇戦争や南北戦争で起きたことだ)、富裕層自身が富のポンプを止めることを決断することだ(これは米国のニューディール政策で見られたものだ)
さて、米国はターチンの目から見て、どのような経過をたどり、どのような状況なのだろうか。
まず現代の米国は危機的な状況である。
富の格差は拡大し(上位1%の収入シェアは、1970年には10.7%だったが、2021年には19.0%に上昇している)
大衆の困窮化は進み(COVID-19流行前からの平均寿命の低下)
富のポンプは新設され、廃止されず(先述の死亡税など、マスメディアが富裕層によって所有されているため、彼らに有利な言説が流される)
カウンターエリートが出現している(ドナルド・トランプの大統領就任)
これと類似した状況が、南北戦争前のアメリカと、大恐慌前のアメリカにもあった。
まず、南北戦争は奴隷解放のための戦いであった、というのが一般的な理解だが、ターチンの説明は異なっている。
南部と北部は異なる利益集団であった。南部においては、奴隷労働による綿花の生産・輸出が主な産業であり、輸入関税は低いほうがよく、インフラ整備は基本的には川と港があれば十分であった。また勿論奴隷制を維持する理由があった。そしてもともとは南部の貴族たちが政治的権力を持っており、南北戦争が起きる前の時代において、北部に対して人口は少ないながらも、政治的な権力(つまり議員の数)においては北部と同程度であった。
一方北部においては、工業製品が主な産業であり、同様の輸入品が国内で競合するために輸入関税は高いほうがよく、また工業製品を運ぶための鉄道などのインフラ整備を必要としていた。また、北部では奴隷の所有は少なく、それ故に奴隷制を維持する理由に乏しかった。
このような利益相反がある中で、ヨーロッパでの人口爆発の余波で移民が急増していた。移民は北部に集まり、あちこちに散らばっていったのだが、労働者の流入は労働者の賃金を押し下げ、大衆の困窮化が起きた。平均賃金の低下は、資本家にとっては利益を上げるチャンスであった。そのため資本家は豊かになり、また起業して成功を収める人々も生まれ、その結果として、エリートも過剰生産されるようになった。労働者の待遇が悪化したために、死亡者を伴う労働者の反乱が起きるようになった。
エイブラハム・リンカーンは過剰生産されたエリートの一人だった。そしてそのような時代においては、既存の社会構造を破壊するような過激な言説が一定の支持を集める。
政治家たちはかつてあった党派を超えた協力関係を維持できず、二極化し相互に妥協することが困難となる。その帰結としてはじまった内戦が、南北戦争であるとターチンは書く。
そして南北戦争の結果、奴隷制は廃止され、南部の政治的権力は一掃され、過剰生産されたエリートは適切な数に戻った。その後の米国では労働者の賃金が上がり、反乱は減少する。
しかし、また労働者の数が増加するに従って、大衆の窮乏化が起こり、エリートが過剰生産され、反乱が増え、社会の不安定性が高まる。しかしこの時に、イタリアのアナーキストの流入や共産主義者の流入を恐れた富裕層は、移民の間口を狭めた。そしてニューディール政策と第二次世界大戦が始まり、これらが大規模な財政政策や労働者の保護、そして経済成長の分け前を企業、労働者で平等に分け合うという文字にされない契約が結ばれた。
そして以下のような政策が導入され、続けられた。
強力な労働組合、インフレより最低賃金を高めようとする合意、最上位層は収入の90%が課税される極端な累進課税、社会保障による支援、移民を少なくする政治制度、文化的な同質性の担保などだ。
しかし、その後いわゆる新自由主義や、強欲は美徳である、という思想が広まり、上記の合意は徐々に破棄されるようになった。
移民が流入し、労働者の賃金は伸び悩む、ないし減少し、平均寿命は低下し、平均身長は伸びなくなった(これは、平均的なWell-beingの指標である。平均身長は若い時期の栄養状態を反映する)
また、そういった状況に対してメリトクラシー、すなわち能力主義の思想が広まり、成功できないのは能力が足りないせいにされた。そのために大衆の困窮化を解消するために既存の制度を復活させようという動きは見られず、むしろ富裕層の税を減免する方向に進んだ。
そういった状況では、多くの人々は富裕層になろうと考える。そのための筋道の一つが学位を取ることだが、米国の学費は高騰を続けており、多くの学位取得者は学生ローンを持ち、また望んだ収入を得ることができる学位取得者は限られている。特に弁護士の収入が二極化している。歴史的にも法律の学位は革命家への進路を選びやすい進路であり、実際陰謀論や過激思想に傾く共和党員も増えている。トランプ政権の首席戦略官であるスティーブ・バノンはそのような過激思想を持っていた。
(ターチンの2010年の予測と対策は、改めて言うけど、特に影響をもたらさなかった)
じゃあこういった状況を踏まえて、何ができるのか。
多くのケースでは国家の崩壊や内戦が起こる。それによってエリートの数が制限され、また付随する疫病の流行(困窮化した大衆と、栄養状態の悪化、機能不全の政府は感染症を流行しやすくする)などの付随するイベントが起きる。また、気候変動や飢饉や侵略(米国では考えづらいが)などの出来事に対して、機能不全の国家は頑健ではない。
かくして90%のケースでは不平等を是正する4つの出来事、すなわち、国家の崩壊、革命、疫病、飢饉によって、エリート過剰生産と大衆の困窮化が(最終的には)是正される。
ただし当然ながらこの是正のプロセスは痛みを伴うもので、一般的な通念からは受け入れられるものではない。それに、例えば飢饉での平等化プロセスは、まず農民と都市の一般市民が飢え、その後富裕層は労働者不足から困窮化し、一部が富裕層から転落し、残された労働者の間での不平等が解決する、という形をとるので、飢饉によって亡くなるというある意味究極の不平等(つまり、生きるか死ぬか)に関しては考慮されていないのだ。これは革命を含む残りのGreat Levelerも同じで、全部、沢山人が死ぬけど、生き残った人々はイベント後により平等になる、という意味なのだ。これは受け入れやすい結論ではない。
そのため、ターチンはこの不和の時代に際して、前述した、第二次世界大戦後の米国の振る舞いと、1819年以降の英国で、エリートを含む国民の海外植民地への流出が不安定性を回避することに繋がったこと、ロマノフ朝ロシアのアレクサンドル2世が農奴解放を行ったことで、政治的な不安定性を先延ばしにした(ただし、20年後にはロシア革命が起きるのだけど…)ことを例に出して、エリートが自ら富のポンプを閉じるべきだと主張する。
これは米国の金権政治体制においては必然的なことだ。米国の平均的な市民は政治的な影響力を持たないために、富のポンプを閉じるだけの政治的影響力を持つことができない。(内戦や革命で壊滅的な破壊をもたらすこと以外では)
それ故に、米国のエリートが自らの国家が政治的危機にあることを自覚し、富のポンプを閉じることでしか、達成できない。またそういう意識がなければ、ロビイングや政治献金を通して富のポンプをうまく作ることができてしまう。
ターチンは、平等化を達成できるのは、革命や内戦のような暴力もあるが、そういったことへの恐怖があれば、実際の暴力を伴わずに達成できる、と書いている。
実際、自分が富裕層だとして、生命を失う可能性が10%あればそれは十分高いと言えるのではないか、10%の生命の危険を犯して大金を得ようとはしないのではないか?
そのため、99%が、社会を支配する層に一般大衆の利益を推進するように要求することにかかっているのだ、と締めくくられる。
さて、ここまでが大枠だが、ここで省いたエピソードにも非常に魅力的な部分がある。
ソ連崩壊後のロシア、ベラルーシ、ウクライナの推移なんかも非常に興味深かった。以外なことに、ベラルーシはソ連崩壊後にも企業を国有化することを維持したために、格差はこの3国の中では一番小さくなっている。一方でウクライナとロシアはオルガリヒが支配したために、政治的な不安定性と非効率性(汚職)が蔓延し、生活レベルも上がってこなかったと書かれている。
またクリオダイナミクスでみた中国の歴史も考察の余地がかなりありそうだ。歴史的に官僚制の力が大きい国家であった中国は、一時金権政治に移ったけど、再び官僚制が力を持ち、格差を減らそうとしているので政治的危機を乗り越えられるはずだ、という話とか、ちょっと疑問に思う点はあれど、かなり魅力的な観点で話をしていることは間違いないと思う。
それから補遺もクリオダイナミクスの短い歴史、そしてそれが何を目的としているか、つまり複雑性科学の予測は、地震のおきやすさ、天候の乱れやすさ、野火の広がりやすさであり、不安定性が高まっていることは予測できても、どのようにそれが広がるかまでは予測はできない。
クリオダイナミクスは予測を目的とはしていない。危機が迫っていることを認識し対処すること、つまり危機の回避を目的としている。
といったことが書かれていたり、データベースをどうやって作成するかの苦労話も書いてあった。
全体として、陰謀論で世の中が動いているわけではないんだよ、とか、富裕層をやっつければ問題が解決するわけではないとか、過激思想に感染したあと、中道化すると協同した向社会的な行動を取るようになるんだよ、とか、若い人に語りかけるような記載が多く、また具体的な話をなるべくするようにしていて、入門者向けにターチンがクリオダイナミクスを語り直したようだった。
実際、Secular Cycleなんかは延々薔薇戦争の細かい貴族階級の増減や穀物価格などのデータが並んで、図表とグラフの形で複数のデータから一つの結論を導くという、説得力のある説明方法ではあるにしても些か冗長な印象は否めない部分があったり、Age of discordも同様に図表とグラフと変数の導出と、と言う感じで簡単には読めない本だったので、こういうわかりやすい本が出てくれたことは嬉しい。
また、今まではこういうことが起きている、ということを説得力がある方法で示すことが主要な目標だったのだけど、END TIMESは危機に陥ったアメリカをどうすれば破綻に至らないようにできるのか、ということが通底するテーマとしてあって、そういうテーマに沿って歴史的な事例を引き合いに出しているので、読むべきポイントがずれることがない。
逆に言えば、日本においてどのようにこの知見を活かすべきか、ということはあまりわからない。
日本の事例が出てくるのも、徳川幕府は崩壊した、ということくらいでそれ以上の言及はない。
日本においては永年サイクルがうまく当てはまらないのではないか、という指摘もある。
この辺に関しては専門の人がやってくれたらいいのになあ…とずっと思っている。
実際に日本も格差は少し拡大している(上位1%の収入シェアは10.7%(1980年)→12.9%(2021年)し、大衆の困窮化も起きていると思うのだけど…。(とはいえどう考えても米国ほど酷くはない)エリート間過当競争もあるとは思うのだけど、日本においてはカウンターエリートが高い支持を得ている状況とは言い難い。少なくとも現政権は支持されているし、社会保障費や国家債務は増大しているけど、使い道は富裕層を富ませるためではなくて、社会保障のためだ。
ただ、国家の危機が目前に迫ってから対処するよりも、予め不安定性を引き起こす要素を監視して、測定して、然るべき介入をすることで内戦の予防だけじゃなくて、エリート内での熾烈な競争も防ぐことができるかもしれない。
2001年から2006年にかけて(つまり小泉政権の時代)上位1%の収入は11.3%から13.7%まで増加しているけど、いわゆる構造改革が碌でもなかったことだという認識は少なくともインターネット上ではされていて、トマ・ピケティの著作が大ヒットしていたりと、格差が拡大することがあんまり良いことではない、という認識はこの国の中である程度広まっているように思える。実際、その後のトップ1%の所得シェアは12.9%のまま推移している。メリトクラシーに対する懐疑主義も同様である。
しかしそういった、なんとなくの懸念をモデル化してその帰結を考えるとどうなるか、ということを様々な事例を通して語られている本書は、やはり他に類をみない書籍ではないか。
というわけで一読をすすめる。