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はじめてのギャラは500円でした(10)

携帯電話を持つことになりました。

当時は、着メロというサービスが始まったところで。
ボタンを使って1音ずつ繋いだオリジナル着メロが作れる機能もあって、電車に乗ってるときなど、たまに、何かが失敗している自作着メロを流している人がいて、面白かったです。
まだ、メールや写真の機能は、ありませんでした。


メーカーは、NTTドコモ、ツーカー(au)、Jフォン(softbank)の3社だったように記憶しています。
わたしは、ダンナさんが地方に単身赴任していたので、通信可能範囲が一番広いNTTドコモを選びました。

ある日の夕方。

翌日出庫分についての倉庫とのやり取りが終わって、ちょっと息を抜いているとき
買ったばかりの携帯電話が鳴りました。


出てみると、

「ヒクヒク、グズグズ、ヒックヒック・・・・」と、不穏な音

でも、そのまましばらく待っていたら、母の声が喋り出しました。

「あたし、泣いてるの」

(うん。そうみたいね)

「だってね、ひどいんだもの」

(そうなんだ)

「幼稚園がね、チビちゃんに(嗚咽)」

(はい。息子に?)

「チョコレートくれなかったの」

(そりゃ、幼稚園だからね)

「ひどいと思わない?(大泣)」

(いや、今のところよくわからない・・)


泣いたり興奮したりしている母を落ち着かせながら聞き出していくと、
その日は、幼稚園でみんなにチョコレートが配られたのだけれども、
母が言うには、息子は、自分だけもらえなかったと言ったようでした。


「お菓子をくれないなんて。食べるのが大好きな子に(号泣)」

「ひどいじゃない。(泣)」

「だからあたし、大きなチョコ買って、チビちゃんに全部あげたの!」


でも気持ちが収まらないから、幼稚園にクレームをつけてくれと。
そんな用件のようでした。


そんなこと、ないと思うよー。と、言いましたよ、わたしは。
食べたら、もらったこと忘れちゃったんじゃないの? 子どもだから。

じゃあ本人に聞いてみるから、電話代わって、と頼むと


「いま、お昼寝してるの」

「かわいそうだから起こせないわ」

「安心した顔してスヤスヤ寝てるの」

「あたし、ずっと悲しかったけど、チビちゃんが眠るまで
 泣くの我慢してたんだからあああっっっ(号泣)」

(・・・左様でございますか・・・)


母が何か言い出すと引っ込めないことを知っていたので、
わたしは、幼稚園に電話をかけることを約束して、いったん切ってもらいました。


担任の先生は、失礼な問い合わせだったにも関わらず、

「チビちゃんも食べてましたよ~」

「順番に配ったので、○○ちゃんの次にチビちゃんには渡しました」

「板チョコを割って、みんなに配ったんです」

「もとのチョコは大きかったんですけど、一人ずつにしたら小さくなっちゃったので
もしかしたら、チビちゃんには期待はずれだったのかもしれませんね。ごめんなさい!」

とても親身に対応してくださって、ありがたかったです。

やっぱりね、と一安心して、母に電話をかけました。

担任の先生から聞いたことを伝えると、「え・・」と絶句したあと

「チビちゃん! あなた、幼稚園でチョコ食べたの?」
もう昼寝から起きていたらしい息子に大声で質問しました。

電話の奥の方から「うん。食べたよ~」という息子のノンビリした返事。


「じゃ、どうしてさっきはウソついたのよ! ウソつき! なによ!」

あー あのさ、ウソつくつもりじゃなかったと思うよ。
まだ小さいから、ちゃんと言えなかっただけじゃないの・・?


「ウソつき! ウソつき! ウソつき!!!」

あのさ、ねえ、
だから・・ねえ、聞いて


「信じてたのに! ウソつき!!」

母の怒号と泣き声を残して、電話が切れました。


その後のことが気になって、山のような残業をやっつけるように片付け
急いで家に帰りました。

急いでと言っても、22時近くにはなってしまってたと思うけど。


鍵を開け、玄関から入ると、家の中は真っ暗。

でも、お? と思う間もなく、
階段の明かりが点いて、母が途中まで降りてきました。

あ、ただい・・・

「あんたが仕事なんかしてるからチビちゃんがウソつきになるのよ! 
 全部やめちゃいなさいよ! 全部!!」


それだけ怒鳴ると、足音を立てながら戻っていきました。

2階で、バタン!と寝室のドアが閉まり
玄関のガラスがピーンと鳴りました。


わたしは、足音をしのばせて暗い階段を登り
自室に入りました。


ブラケットのスイッチを入れると、薄明かりの向こうに
静かに眠っている息子の、小さな頭が見えました。


なんかさー

わたし、・・・・

いま、もう、

立っていられないよね・・・


泣きたかったけど、涙は出ませんでした。

足元で、いつもの引き算が大きな口を開けていました。 ・・続く。


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