見出し画像

はじめてのギャラは500円でした(13)


その日の講義の間じゅう、
ある場面が、わたしの頭の中で繰り返し再生されていました。


場所は、ジャズダンスクラスのスタジオの外にあった、木のベンチ。
レッスンが終わったところで、わたしは、Fさんと一緒に、ジュースを飲んでいました。


Fさんはね、わたしより10歳くらい年上の方なんだけど、
すごくステキだったんですよ。

元気で可愛くて。一生懸命なんだけど、サバサバしてる。
曖昧なところがひとつもない、安心できる人でもありました。

わたしの方がスタジオ歴5年くらい先輩だから、たぶん、
あのときの彼女は、レッスン始めて、まだ2年目くらいだったのかな。
普通、そのくらい年数が空いてると、距離ができて
プライベートな話はしないのだけど、Fさんには、
同じ編集の仕事をしていることで仲よくさせていただいていて。
仕事のことは、もちろん彼女の方がキャリアがずっと長いから
ときどき、話を聞いてもらったりもしていました。

あ、同じ編集の仕事って言っても、実は、少し違いがあって。
わたしは版元の編集部に勤めてますが、Fさんは、フリーランスでした。

出版業界にフリーの人はたくさんいるので、
あまり気にしていなかったんですが
実は、ちょうどその少し前に、500円の図書券をもらったところで。

どういうわけだか、自分の会社じゃないところから、手伝わない?と
声をかけられるようになったところで。


それで、聞いてみたんです。


Fさんは、どうしてフリーになったの?って。


Fさんは、トレードマークのまん丸い目をクリッとさせて
答えてくれました。


大学を卒業したあと、最初はタウン誌の編集部に勤めたの。


仕事がすごく面白くて、いろいろ企画して取材したり、
夢中になってやってたんだけどね。
そうすると、毎日けっこう残業することになるよね。
でも、家から歩けるところだったから、あんまり気にしないで、
毎日1時2時まで仕事してたわけ。

そしたらさー
ほんとよくわかんないんだけど、社長がね。
そのまえから、下の名前で呼んできたりして気持ち悪いと思ってたんだけど、
夜遅くに2人だけになると、そばに寄って来て、ヘンなこと言い出すようになってきて。
最初はビール持って来たりしてるだけだったんだけど、
次第に、なんか言いながら触ろうとしてきたり、もー・・気持ち悪くって。

仕事が好きだから、無視するように頑張ってたんだけど、耐えられなくなって、
もう来ません! やめます!
って宣言して、帰って来ちゃった。

社長? うん、ビックリしたんじゃないかなー
でも、もうイヤだったから。置いてあった荷物も、みんなもって帰ったの。
辞めた後どうするとかまるで考えないで、勢いで、急に辞めちゃった(笑)

それでね。
次の日、さあどうしようと思ってね。

もう会社辞めちゃったから、予定も何もないじゃない?

だから、一度行きたいと思ってた北海道に行くことにしたの。


もってるお金ぜんぶもって、飛行機に乗って。
北海道であっちこっち行ったり、1ヶ月近くフラフラして。


それでね。
よし、満足した、帰ろうって、戻って来たらね。

もうお金が・・あと数十円しか残ってなくて。
電車賃もないから、羽田から一歩も出られなくなっちゃったの(笑)

これは困った!と思って。(笑)


お金貸してもらおうと思って、
羽田から一番近いとこに勤めてる友達って考えて、
○○新聞に勤めてる子に電話したのね。

今だったら携帯電話があるけど、当時だから、職場の電話でしょ。
仕事中に悪いかなーとは思ったけど、こっちも困ってたから(笑)


そしたら、友達は外出中で、いなくて。
上司の人が出たの。


普通だったら「あとでまた」って言うとこだけど、
こっちの声がよっぽど困った感じだったのかなあ?わかんないけど、
どうしたの?って聞いてくれて。


それで、公衆電話10円だと3分しかもたないから急いで、ババーッと
どういう状況か説明したら、


お金貸してあげるから、タクシーで会社に来なさいって
タクシー代も出してあげるからって、言ってくれて。

もちろん、すぐ行ったわよ~(笑)


それでね。
行ってみたら、その上司の人が
あなた何の仕事してるの?って聞くのね。
だから、編集者ですって答えたの。

そしたら、
あなた面白いから、ウチの仕事してみない?
編集者なら、会社案内って作れる?
って言うから。

作れますっ!って答えたの。

会社案内なんて、見たことも聞いたこともなかったし
どうやって作るかなんか、まったくわからなかったけど、
できるって言おうって思ったの。


そしたら、前払いでお金くれて。
その場で、ギャラを全額、現金でくれて。


で、帰りに急いで本屋さんに寄ってね。
「会社案内の作り方」が載ってる本とか
いっぱい立ち読みして、無我夢中で頭に入れて。

それで、無理矢理作ったの。
最初の一歩だよね。
全部、そこから始まったのよ。








「まったくわからなかったけど」
「できるって言おうと思ったの」

講義の間、わたしの頭の中で、
そのときのFさんの声が何度もリフレインしていました。


パソコンもITも、ほとんど全然わからないけど・・・



ね。あの・・

隣でノートをしまいかけているHちゃんに
わたしは、声をかけました。

その仕事、わたし、手伝おうか?

Hちゃんは手を止めて、ビックリした顔を上げ、
わたしをまじまじと見つめました。

「ムックの仕事、やったことあるの?」

やったことは、ないけど。
やれると思うの。


(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?