禍話:大量殺人鬼


 いっぱい人が死ぬ話ないかってリクエストをいただいて、まあ、そんなに大量に人死にが出たら怪談どころではなくて、もはや事件なんですけどね。ないよなぁ、と思いつつも片っ端から知り合いに聞いてまわったんです。
 いっぱい人が死ぬ話ない? ってね。
 そうしたら、あるよ、と言う奴がひとりいたんです。誰も死んでないけど、と。



 彼いわく、中学2年生くらいのときの話だそうだ。
 ある日の帰り道、同級生から相談したいことがある、と話を持ちかけられた。付き合いも長く仲の良い奴だったので快諾すると、照れたように、明日話すわ、と足早に帰っていってしまった。
 なんだったんだと思いながら彼も帰宅した。

 そうして、その夜夢を見た。
 彼が夢の中で目を覚ますと、だだっ広い座敷に自分ひとりきりだった。彼はときおり、明晰夢を見ることがあり、この時も夢だと直感したという。
 ここはどこだ、ぼんやりと考えていると、なにやら周囲が鉄錆くさい。出どころは隣の部屋からだとすぐに気がつき、彼は好奇心の赴くままに襖を開けてみることにした。
 そこには大量の死体が粗雑に積み上がっていた。
 3、4人ほどが縦に折り重なって、十畳以上はある和室いっぱいに敷き詰められている。それからなんの冗談か、その上に布団が敷いてあるのだ。白かったはずのシーツは血を吸って真っ赤に染まっている。
 彼は反射的に襖を締めてしまった。
 30人くらい死んでたな、と妙に冷静に思った時だった。今度は後ろの方の襖から、お坊さんが念仏を唱える声が聞こえてきた。
 開けると、普通ならあり得ないほどの大人数で葬式をしていたという。
 なるほど、あれだけ大量に死んでたら、参列者も多くなるのだろう。
 宗派が違うのか、お坊さんも数人いて、各々が異なる念仏を唱えていた。
「どうもどうも、〇〇くん」
 全然知らないおじさんが彼に話しかけてきた。しかし夢ではよくあることだが、知り合いという設定らしい。
「あ、こんにちは」
「ここ座りなよ」
 促されるまま、彼はおじさんの隣に座った。
「あの、どうしてこんなことに?」
「まあ、ね。本人も反省してるから」
とおじさんは左側の襖を指す。
 彼は襖に手を掛けたが、開かなかった。見るに、忍者の使うような襖用の鎹が付いている。仕方がないのでそっと耳を当てると、中で男が唸っている声が聞こえてきた。それに、男を宥める高齢の女性の声も。
「生みの親の言うことなら聞くだろうと思ってな」
「ひょっとして、襖の向こうの奴が全部やったんですか?」
 おじさんは言葉を濁して質問に答えてはくれなかったが、おそらく図星であった。
 気味が悪くなって彼はすぐにでもこの家から出ようとした。妙な造りの家で、開けども開けども襖ばかり続き、何度かそれを繰り返すとようやく廊下へと辿り着くことができた。玄関までは一直線で、家の外へ出ると表札が壁に掛かっていたのを彼は見た。
 それは彼に相談を持ちかけたあの友人の名字であった。
 友人の名字はありふれたものではなく、それどころか全国でも珍しいものだったので、あいつの名字だ、と確信めいた直感を彼は抱いて、目が覚めた。

 その日も彼はいつものように学校へ行き、内心気まずく思いながらもかの友人と顔を合わせた。
「そういえば、相談ってなんだ」
と、帰り道で友人に聞いた。
「んー、ちょっと時間ないからまた明日でいいか」
 友人はそう言って、そのまま別れた。

 夜、再び彼は夢を見た。
 昨夜と同じだ。広い和室に自分ひとり、隣の部屋には大量の他殺体、しかも先日よりも若干数が多い。念仏を唱える声も聞こえた。
 何気なく葬式の様子を覗いてみると、昨日の夢ではあんなにたくさんいたはずの弔問客が全員殺されていた。
 どの死体も、執拗と言っていいほど念入りに刺されていて、中には原型もとどめていない者がいるほど凄惨であった。ただ、お坊さんだけは何故か他人の血を全身に浴びながらも、読経を続けている。
 あの殺人鬼を閉じ込めていた部屋は、襖が壊されていた。紐をちぎった跡と血にまみれた衣服のみが室内に残されている。
 足が震えるような恐怖に駆られて、彼はすぐさま家を飛び出した。
 外に出て少ししたところで、もう一度表札を確認しようと思いついて振り返った。やはり友人の名字であった。
 前へと向きなおると、目の前に血だらけのおじさんがいた。
「あんたからも、言ってやってくれないかね」
と、おじさんが言ったところで、彼は夢の中で気を失ってしまった。

「〇〇さんっているじゃん? 付き合いたいんだけど、どう思う?」
 翌日、やっとのことで友人は相談内容を口にした。
「知ってると思うけど、俺んち金持ちだからさ。向こうは普通じゃん。つり合わないといろいろ大変なんじゃないかと思ってさ」
 確かに友人の家は金持ちだった。しかも、隠してはいるが、あまり褒められたことではない仕事で金を稼いだ所謂成金であった。
 ふと、彼は夢でおじさんが言っていたのはこのことなのかと考えた。
「やめたほうがいいんじゃない?」
と彼は言った。
 結局、友人は彼女とは付き合わなかった。

 それが正解だったかわからないが、以降その夢を見ることはなかった、という。



ツイキャス「震!禍話 十八夜」(2018年06月29日)16:10頃〜を抜粋、文章化したものです。

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