禍話:力が戻る夜


 どうしようもできない霊がいないのと同様に、万能な霊能者もまた、いないのである。霊感だとか奇怪な力の類いは本人のあずかり知れぬところで授かるもので、必ずしも良いものに由来するとは限らない、今回はそういう話だ。


 Bさんにはすごく見える、と自称する知り合いがいた。彼は優男らしき風貌で、一見すると霊感があるようには見えない。
 その男が言うには、一年経つと霊眼、すなわち幽霊などを見る力が落ちる。ところが、ある晩、ご先祖様が目を洗い清め、浄眼してくれると、また見えるようになる、そうだ。
 Bさんは大分疑わしく思いつつも、その日はいつなのだと彼に聞いた。
「わからない。ランダムだ」
と彼は大した問題でもなさそうに答えた。

 あるとき、Bさんは友人の家で、その男を含む数人と酒を嗜みながら鍋を囲っていた。
 いつもの流れで泊まることになり、深夜、彼女はトイレに行きたくなって目を覚ました。用を済ませて手を洗っていると、びちゃびちゃ、となにやら自分以外の音がする。それがどうも皆が雑魚寝していた居間の方からなのだ。
 彼女ははじめ、誰かが粗相しているのかと思った。しかし、そこまで飲んでいた覚えはない。
 なんだろうなぁと不思議に思って覗いてみると、男の上に誰かが馬乗りになっているではないか。それは土葬された死体がそのまま這い出てきたかのようなぼろぼろの老人で、薄汚い白装束を着ていた。土気色の顔に濁った瞳を貼りつけている。
 誰かは左手の、骨張った人差し指と中指を第一関節まで、男の眼球に突っ込んでいた。ぐちゃぐちゃと掻き混ぜる音だけが、月明かりの作る青い闇の滲みた室内に響き渡っている。耳を塞ぐにも大き過ぎるその音にしばらく放心しながら、Bさんはひとつのことに思いあたった。
 今日がその、浄眼の夜なのだ。
 これ以上、見たくないし聞きたくない、とBさんは後ずさるようにして家を出て、仕方なしに近所の公園で夜が明けるのを待った。
 そうして、朝の薄明がすっかり眩しくなってきた頃合いに戻ると、かの男は、なんか力が元どおりになったみたい、と嬉しそうにしていた。周囲もすごい、と囃し立てる。Bさんにはその無邪気に喜ぶ様子がひどく、もの恐ろしく思えた。

 あれはご先祖様ではないし、浄眼なんて生易しいものでもなかった。もっと遥かにおぞましく、悪意に満ちたものだ、と彼女は言う。


ツイキャス「震!禍話第16夜」(2018年5月27日)1:32:30頃~を抜粋、文章化したものです。

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