禍話:柏手の子


 人ならざるもの、幽霊だとかそう言った類のものって向こうから勝手にゲームを仕掛けてきて、いや、ルールを言えよ、みたいなことがあるよね。今回はそういう話。まあ、ルールを知られてしまうと力を失ってしまうからかもしれないけど。神秘は隠されているからこそ力を持つ。西洋の悪魔でも一番有効な手だては真名を呼ぶこと、つまりは正体を暴くことだからね。


 Aさんは毎年、夏休みになると祖父母の家に遊びに行ったそうだ。
 いつからかはわからない、物心のつく前、幼稚園くらいからであろうか、そこで必ず彼女は夢を見た。いつも同じ夢だ。

 部屋でひとり寝ていると、夢の中で目が覚める。辺りは真っ暗で、耳を侵すような冷たい静寂だけが暗闇でひっそりと息づいていた。彼女は電気もつけずに襖をあけて、庭に面した外廊下へと出る。古い床板がきぃ、と小さく軋み、遠くではかすかに虫や蛙が鳴いているのが聞こえた。月のちらちらとした鈍い明かりあれど、廊下の先は闇に沈んでよく見えない。
 左回りか右回りかは覚えてはいないが、ぐるりと囲うように廊下を進んでいくと、突き当たりに子どもがぽつねんと立っている。坊主頭に浴衣を着た、いかにも古めかしい格好の少年だった。
 少年はAさんを見ると待っていたかのようににっこりと笑い、それから彼は柏手を打った。
 ぱぁん、と音が響いて夢が終わり、彼女は目を覚ました。

 そんな夢をAさんは毎年一回、さながら定例行事のように何年も見続けていたという。夢の中の彼女は現実とともに成長するが、坊主頭の少年はいつまでたっても幼稚園児くらいのままであった。
 小学六年生になったばかりの頃、Aさんは初潮を迎え、その年の夏休みも祖父母の家で夢を見た。
 例年とは違い、妙に感覚が冴えわたっていて、すぐにあの夢だ、と気がついたそうだ。いつものように廊下を進み、突き当たりにやはりあの少年がいた。なぜかはわからないが、唐突に悪戯心がわいてきて、私から先に手を叩いたらどうなるんだろう、と思った。
 ぱぁん、とAさんが柏手を打つと、少年は驚いて目を丸くした。それから、ほぉ、感嘆の声をあげた。例えるならば、老練な棋士が見事な一手に感心するのに似た、決して子どもではなく、ひどく年寄りめいた声だった。
「女になったからには、さすがに悟ったか」
 と彼は上機嫌に言った。Aさんは少年の言葉が上手く飲み込めず、ただ立ち尽くして、そうしてふいに夢から覚めた。

 以降、その夢を見ることはなかったという。


「それ以外に何か変わったこととかなかったんですか?」
 とAさんに聞いてみると、あ、そういえば、と言葉を続けた。
「妹が先天性の病気でずっと寝たきりだったんですけど、その年からどんどん快方に向かっていって、今では結婚してます」
 絶対そっちじゃん、って僕なんかはすぐに思っちゃうんですけどね、当事者だと違うのか、
「確かに……、今考えてみればそうかもしれませんね」
 とAさんは、はじめて気がついたようにそう言った。



ツイキャス「真・禍話/激闘編 第6夜」(2017年7月28日)16:15頃~を抜粋、文章化したものです。

(禍話ドラマ化おめでとうございます)


#禍話 #禍話リライト

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