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論語と算盤④仁義と富貴: 6.金力悪用の実例

概して御用商人といえば、とかく世間では何か罪悪を含みおるもののごとく、悪感情をもって迎え、あれは御用商人であるという。その語には厭(いや)な響きを持っておる。私どもも御用商人と指さし呼ばれたらば、甚だ心持ちが善くない。すなわち御用商人といえば、金の力をもって権勢に媚びる者、しかして廉潔実直のことのみをしておられぬ性質の業体の者だというように、一般の人に見做されているのは、甚だ心外なことである。しかしながら海外のその道の者でも、また内地のその道の者でも、私どもの見るところでは、皆相当の資力ある人であって、よく道理を弁えている。面目を重んじ信用を大切にする。かように自ら省みる底の人であれば、必ず是非善悪の判断に迷わぬ訳であるから、少々官府の人から如何わしい申し出があったからとて、オイソレとすぐに応諾はなさないかと思われる。あるいは取扱上の面倒があるので、正当なる売買の以外に、ごく軽微ななんらかのことはあるかもしれないけれども、曩(さき)に発現した、海軍収賄事件のような大仕掛けの罪悪は、いやしくも双方悪い考えが一致しなければできぬ筈である。よし一方から賄賂を贈ってきても、一方がこれを受けぬといえば仕方がない。また役人に不心得な者があって、婉曲(えんきょく)にあるいは露骨に贈賄を促したとて、御用商人たる実業家が、自己の良心に省みて面目信用を大切に思う者ならば、必ずそんな要請には応じない筈である。 已むを得ずばその取引を断っても、そんな罪悪は成立せぬようにすることができる筈である。私どもは爾(し)かあるべきものと、確(かた)く信じておる。
しかるに海軍収賄事件の事実に徴するに、軍艦であるとか、軍需品であるとか、その納入について贈賄が行なわれたというのである。また単り「シーメンス」会社にのみその様なことがあったというのではない。およそ主なる物品の買い上げには、ほとんど贈賄行為が伴っているということである。海軍のみならず、陸軍にもまた、そのことが多く行なわれているということである。甚だしきはその買い上げられた品物が、表面の価格よりは実質がすこぶる劣って、どこかに完備を欠いてる所の脆弱のものである、というような疑惑を蒙(こうむ)るは何事であるか。実に慨(なげ)かわしい次第ではないか。大学に「一人貪戻(いちにんたんれい)なれば、一国乱を作(な)す」という語がある。これは何も貪欲とか収賄とかいうことを意味してるのではないが、収賄貪欲という底の人の些細な私曲から、延いては天下を聳動(しょうどう)するような大事に立ち至るということは、実に恐ろしいことといわねばならぬ。
以前私は、斯様な不正な贈賄をなす実業家は、海外には有りもしようが、わが日本にはあるまいと思っていたが、いやしくも海外のそれに紛らわしい者が、わが実業家中にもあるというのでは、甚だもって遺憾に堪えない。それかあらぬか遂に三井会社の人までも、その嫌疑の下に検挙されたのは、甚だもって痛心の至りである。畢竟(ひっきょう)斯様な事件の発生するのも、仁義道徳と生産殖利を別々に考えて取り扱うからであろうと思われる。いやしくも生産殖利は、正しき道によって経営すべきものであるとの観念が、われわれお互いに実業者間の信条となっておるならば、外国の人はとにかく、日本の実業家中にはその様な不正を働く者のないことを誇り得るでもあろう。縦(よし)や相手方の人が貪欲心に駆られ、内々これこれのことをした、乃公の労に報いろというような、顔色(がんしょく)を示したり、甚だしきは露骨に口に出して、その様な申し出をなすような場合にも、それは正義に背く行為であるから、私にはできぬといって、キッパリ断るくらいの覚悟をもって商売をしたならば、必ずそんな誘導の起こるものではない。ここにおいて私は、益々実業家の人格を高めることの必要を痛切に感ずるのである。実業界に不正の行為が跡を絶たぬようでは、国家の安全を期することができないというまでに、深く私は憂えている。

本節には、御用商人、収賄、贈賄、賄賂といった言葉がたくさんでてきます。また、「不正な贈賄をなす実業家は、海外には有りもしようが、わが日本にはあるまいと思っていたが、いやしくも海外のそれに紛らわしい者が、わが実業家中にもあるというのでは、甚だもって遺憾に堪えない」とあります。

いまでも近隣の某国に操られて日本人が売国奴に成り下がる事例があらゆる業界で散見され事例を挙げたらキリがありませんが、少なくとも不正が不正として処理され裁かれるしくみが国際的に機能する世の中にならないものかと強く願います。

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