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Day14 both sides now

Rows and flows of angel hair
And ice cream castles in the air
And feather canyons everywhere
I've looked at clouds that way

But now they only block the sun
They rain and snow on everyone
So many things I would have done
But clouds got in my way

I've looked at clouds from both sides now
From up and down, and still somehow
It's cloud illusions I recall
I really don't know clouds at all

Moons and Junes and Ferris wheels
The dizzy dancing way you feel
As every fairy tale comes real
I've looked at love that way

But now it's just another show
You leave 'em laughing when you go
And if you care, don't let them know
Don't give yourself away

I've looked at love from both sides now
From give and take, and still somehow
It's love's illusions I recall
I really don't know love at all

Tears and fears and feeling proud
To say "I love you" right out loud
Dreams and schemes and circus crowds
I've looked at life that way

But now old friends are acting strange
They shake their heads, they say I've changed
Well something's lost, but something's gained
In living every day

I've looked at life from both sides now
From win and lose and still somehow
It's life's illusions I recall
I really don't know life at all

I've looked at life from both sides now
From up and down and still somehow
It's life's illusions I recall
I really don't know life at all

天使の髪の糸のような雲の列と流れ
空に浮かぶアイスクリームの城
そしてどこにでも羽毛の峡谷
私はそんな風に雲を見てきた

でも今では太陽を遮るだけ
みんなに雨や雪を降らせる
やりたかったことはたくさんあった
でも雲が邪魔をした

雲を両面から見てきた
上からも下からも、それでもなお
思い出すのは雲の幻影
本当のところ、雲のことはよくわからない

月や六月や観覧車
目が回るようなダンスの感覚
おとぎ話がすべて現実になるような
私はそんな風に愛を見てきた

でも今ではただのショー
去るときは笑って去る
もし気にかけているなら、知られないように
自分をさらけ出してはいけない

愛を両面から見てきた
与える側からも受け取る側からも、それでもなお
思い出すのは愛の幻影
本当のところ、愛のことはよくわからない

涙や恐れや誇り
「愛してる」と声に出して言うこと
夢や計画やサーカスの人混み
私はそんな風に人生を見てきた

でも今では古い友人たちが変に振る舞う
首を振って、私が変わったと言う
たしかに何かを失ったけど、何かを得た
毎日を生きる中で

人生を両面から見てきた
勝ち負けからも、それでもなお
思い出すのは人生の幻影
本当のところ、人生のことはよくわからない

人生を両面から見てきた
上からも下からも、それでもなお
思い出すのは人生の幻影
本当のところ、人生のことはよくわからない

昨日今日はほぼ歩き続け美術館を回った。
ウィーン分離派の人々の作品群、中世絵画、コンテンポラリーアート。とにかく浴びるように、見て回って、明日も二箇所行く。

21時ごろに宿の近くのケプラープラッツ駅に戻ってきても、鈍いグラデーションの空が雲の隙間から見える。
ふと自分のことを思い出す。

美術が好きだから、人が絵を描いて生きているということが素晴らしいと思うから。目で見た時に、自然と音楽のような感情が一陣の風のように立ち上がって私の心を捕えるから、だから子供の頃から絵を描いている。

一人で旅をすると、それまでの人間、そして時折空の向こうからの便りや自分の投稿を見ている人たちから連絡が来る。会えるかを聞いてくれたり、感想を寄せてくれたり、ときに胸に引っ掛かるような言葉も届く。

でも、ひとりの時間をこれほど沢山使ってひとりになっても、ひとりぼっちにはなれない。頭のどこかにいる彼ら彼女らが永劫回帰する。

人と心を重ねることの難しさ、人を意図せず傷つけることや相手の意図とは関係なく傷つくことの怖さ、そうしたことに恐れをなして私は人々を遠ざける。それでも、時に誰かが便りをくれ、それが私の頼りとなる時があり、そうした時に自分の至らなさや、変わってしまったことに対して苦しさを感じる。

そういうとき、ジョニ・ミッチェルの詩が、心の底から湧き上がる情念と共に、星月を棚引く夜風へと昇華する。私のアイネ・クライネ・ナハト・ムジークは、Both Sides Now.
生きるうえでの不甲斐なさも、寂しさも悔しさも、すべて変わりゆく雲の形のようにとめどなく、取り留めることもできないものであって、それでも喜びを見出して生きていくこと。私はそういうものを愛している。

目が覚めたようにイノセンスを失った自分は、
人と関わることに疲れ切っていた。
今でも積極的にそういうことを望みはしない。
静かな時間がとても心地よくて、木漏れ日のベンチに腰掛けるような安らぎがあるから。
でもまた邦に戻ったら、どんな形にせよ関わらなくてはいけない。矛盾や圧力や不条理の連続するなかを掻い潜るあの迷路のダンジョンのような有象無象に。

でも、この旅が終われば、もうある程度自分の自由というものが小さなものになってしまっても、私は心の中に大きな世界を宿すことができる気がしている。
そのくらい日々が充実していて、数年月を瞬間的に体感しているような感覚があるからだ。

旅のプロセスや、具体的なアクションはある程度時間が経っても、振り返って後から記述することはできるが、こうした情緒の痕跡は、なかなかレトロスペクトロで脳内に投影することが難しいので、2周目のマイルストーンとして書き残している。

明日の移動中、すこし具体的な鑑賞体験を記述しようと思う。今は少し歩き疲れた疲労でそれを思い返す体力がないのと、諸々の体験を終えてから書き残した方がサマライズしやすい。