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30年ぶりの高値におもう。時給800円だったころの話(7)

接客をしていると毎日たくさんのお客さんがくるので、数が多くなると中には変な客もいる。

良いお客さんばかりでなく、悪いお客さんもいるわけだ。

とても偉そうなお客さんに出会った。

「おい!お前ちょっと商品説明しろ」

中年男性にありがちな偉そうな感じだ。小綺麗な服を着ているので、それなりに地位があるのだろう。

へいへいと、お客さんについて

「どちらの商品ですか?」と尋ねると、Macはどれがいいと聞いてくる。

当時のMacはかなりの地雷商品で、とにかく高いしWindowsで出来ることができないし、ソフトも特殊だ。はっきり言って映像や画像やらない限り、お勧めできない。

そのころはちょうどMacOSの切り替わりで、それまでのソフトが非対応になったり、制作環境が激変するという1番難しい時期だった。

しかも在庫を絞り始めたので、恐らく新機種が出るし、現行機種がかなり値下がりする。

「昨日と4万円も違うじゃねえか。返金しろ!」と怒鳴り込んでくるのが目に見えている。

Macの使用用途を聞くと、ホームページを作りたいという話だ。

それならMacの方がソフトがそろっていたのと、まだ新しいOSのものは勧められないのと、そろそろ大幅に値下がりしそうなので待った方が良いと伝えると、

「そうか。わかった」と、帰っていった。

絶対にクレームつけられると思ったので、売らずに済んでホッとした。

それから数日後、また

「おい!」と呼ぶ声がする。

振り向くとこの前の客だ。

「安くなったか?」

Macが値下がりすると話したので、見に来ているらしい、電話で問い合わせてくれたら良いものをと思っていると

「おい!ホームページ作るのはどうすればいい?」と、聞いてきてソフトコーナーの方へ歩いていく。

ぶっちゃけMacもそんなに使ったことはないし、ホームページ作るのは、中年のおじさんには難しいのではないかと思い、またクレームの火種がまかれていると、ため息をつきそうになる。

ホームページビルダーという簡単にホームページを作れるソフトが無難なところなんだけどと思って説明していると

「そういうんじゃない。本格的なやつだ」と言う。

「それでしたら、マクロメディアのソフトが定番ですね。Dreamweaverですとか」と説明を始めると、

「それは何をするソフトなんだ」と聞いてくる。正直、本職じゃないので聞きかじりのことしか説明できない。

FireworksにFlashと次々説明させられる。

「わかった。また来る」と、去っていった。

Mac値下がりするまで、来るのかと思うと自分のシフトのときに来ないでくれと願った。

数日後。

「おい!」と、また呼ぶ声がする。

今度はWindows版との違いやPhotoshopやら Illustratorやら次々と説明させられる。

「わかった。また来る」

さらに数日後に姿を見かけたので、こっそり棚の裏に隠れたのだが、明らかに僕を探している。

社員に見つかり「売り場に出ろ」と叱られたので、仕方なく売り場にでると

「おい!」とまた説明させられた。

そんなこんなで1カ月くらい経ったときについにMacが新製品を発表して、大幅に値下がりをした。

これで解放されると思うと同時に、自分はMac担当ではないので、Mac担当に声をかけて買ってくれるだろうと思っていた。

また、店内に例のおっさんを見かけた。もうMacを買ったのかなと思っていると、

「おい!」と、またもや呼んでくる。

「お前から買ったら、お前の成績になるのか」

意外に律儀なおじさんである。

「いろいろ質問して答えられたのは、お前ともう1人、桜庭ってやつだけだった」

桜庭さんというのは、東工大の学生で分からないことがあったら桜庭に聞けと言われるほど、パソコンに精通していた。

なるほど桜庭さんならそうだなぁと頷いていると

「お前の方が親身に接客してくれたから、お前から買うことにした。Mac20台と、メモリとか1番いいやつにして、そのドリームなんちゃらとかホームページ制作に必要なやつ全部買う」

僕はこのおじさんが個人でホームページ制作を勉強するものとばかり思っていたので、びっくりしてしまった。当時からMacは高くて言われた通りに全部そろえると600万円くらいになってしまう。

「実はな。いくつか会社経営してて、今度ホームページ制作やることになってな」

結構、羽振りの良い会社の社長らしく、キャッシュでも準備できるらしい。僕のプリントアウトしたペラペラな名札を見て

「お前、社員じゃないのか。バイトか」と驚いていた。

「新しいところには、お前みたいにいろいろ知ってるやつが欲しいんだよなぁ」と、アゴに手を当てて考えこんでいる。

その後ろにMac担当の社員である畠さんを見つけたので、すぐに声をかけた。

「僕は社員じゃないので、この額の責任はとれないので、社員の方とお話ししていただければ……」と、そそくさと逃げた。

結構、何かあったらクレームを入れられるだろうし、こういう態度の社長の会社だと苦労しそうな気がする。

意外に律儀で「これからはITだ」という目の付け所もあるし、一生懸命学ぶ姿勢もすごいと思った。

彼女にその話をすると

「何で正社員にしてもらわなかったの!」と、こっぴどく怒られた。フリーターで時給800円の仕事と比べたら職歴にもなるし、ステップアップできるだろう。当然のお叱りだ。

「今からでも社員にしてくれと、言ってきなさい」と言われたが、その後、社長には会っていない。

恐らくちゃんとした社員が入って、違うルートで仕入れるようになったのだろう。BtoBならリースで入れるだろうし。

今でも少しだけあのとき社員になってたらどうなったのだろうと思うことがある。



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