会社が人材育成という名目で人格否定研修を行う理由

昨年末、ゼリア新薬工業の新入社員が自殺するきっかけとなった人格否定研修の訴訟が和解に至ったというニュースがあった。

なぜ会社は、人材育成という名目で理不尽なパワハラ人格否定研修を行うのだろうか。
それは、じっくりと時間をかけて育てるより、短期間で洗脳した方が手っ取り早いからだ。

人材育成とは、社員のポテンシャルを引き出し、会社の業績に貢献できる人材を育てること。
人材育成には、会社側の講師にも相当な経験や能力が求められる。
会社の人事部や教育部にそれだけの力量のある社員はそうそういない。
それに時間も手間もかかるし、じっくりと人を育てる余力がない会社もある。

その点、パワハラ人格否定研修であれば、
「短期間で人格を徹底的に否定した上で新しい価値観を植え付け、
理不尽な指示を受けても文句を言わない、
会社にとって都合良く使える社員に教育すること」ができる。
とはいえ、パワハラ人格否定研修は、コンプラ上問題になるので、自社の社員にはやらせづらい。

そこで、外部研修会社のニーズがある。
近年、外部研修会社は実に多種多様なメニューを用意している。
会社が、階層別研修やスキル開発研修の一部または全部を委託することは一般的である。
ゼリア新薬工業の人格否定研修を行った外部研修会社は、東証一部上場会社をはじめ誰もが知っている会社でも研修を行っていたことからも分かる。
社員に対しても、社内の講師よりも外部の講師を招いた方が意欲を高めることができる。
その多様多様なメニューの中に、人格否定研修がある。
もちろん人格否定研修という名前でなく、意識構造改革研修などもっともらしい研修名になっていることが多い。
一度外部研修会社に依頼してノウハウが分かれば、自社でカスタマイズして人事部で内密にやることも可能である。


人事部長から「5日間合宿で研修を行うので、朝9時に来い」とだけ言われ、
とある東京の会社の研修所の一室に集められた。
その場で携帯電話は没収されて外部と連絡が取れなくなった。
対象者は12人。
自分の短所・直したいところを30個以上書くように言われる。
1人ずつ前に出て、大声で何度も何度も復唱させられる。
長時間に渡って、人格否定の言葉を浴びせられるのも聞いているのもただただつらい。
途中から泣き出している男性社員もいる。
窓のない光の入らない一室に閉じ込められ、講師の怒鳴り声が響いてる。
水を買いに行くこともトイレに行きたいとも言いだせない。
同席している人事部の社員も傍観しているだけ。

私が前の会社で受けたパワハラ人格否定研修である。
思い出したくもないし、つらすぎて記憶も曖昧だ。
ただ、5日間の研修が終わってから、暫くは自分は変わったという感覚があったのを覚えている。他の参加者も「もう二度と受けたくないが、意識が変わった」と肯定的な意見が多かった。
「このつらい研修を耐え抜いたのだから、どんなつらい仕事も頑張れる」と洗脳されていた。

冷静に考えれば、やっと終わったという安堵感からの錯覚である。
人は自分の経験を否定したくない、何かしら意味を見出したいという心理もあるものだ。

しかしながら、このような人格否定研修を肯定することは危険だ。
肯定的な意見が多ければ、短期間で会社によって都合よく使える社員に教育したいという会社に人格否定研修をする口実を与えることになる。
また、研修参加者が、人格否定すれば相手の価値観を変えて理不尽なことでもさせられると勘違いしたまま、部下を持てばパワハラ上司になる。
間接的に理不尽な行為を肯定・助長することにつながるのだ。

パワハラ防止法が出来ても、人格否定研修で自殺者が出ても、人材育成という名目で理不尽なパワハラ人格否定研修を行う外部研修会社があり、委託している会社があるということは、一定のニーズはあるのが事実だ。

会社員が身を守るために出来ることは、人材育成・研修という名目で、パワハラ人格否定研修を行われてるという事実を知り、人格否定を行うことは会社であっても決して許されないと再認識することである。

その知見があれば、もし自分が、もしくは、自分の大事な人が、新人研修や管理職昇格研修などの名目で行われているパワハラ人格否定研修のターゲットになった際、「これは人格否定ではないか、この研修はおかしい」と気づくことができるからだ。

今回のように表沙汰になるのは氷山の一角であり、
グレーゾーンでもっと内密にパワハラ人格否定研修を行っている会社もある。
いざという時、自分の身を守れるのは、自分しかない。

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