「小国」の経験から普遍を問いなおす

今年度から私がかかわって開始することになったプロジェクトに「GSIキャラバン」があります。これは、東大駒場のグローバル化推進の部局「GSI(グローバル・スタディーズ・イニシアティヴ)」のプログラムのひとつで、東大駒場の教員や若手研究者を中心に、グローバル・スタディーズ関係の研究をする「キャラバン隊」を結成し、1年目は諸外国の研究機関を周って研究発表にコメントをもらい、2年目に駒場で国際シンポジウムを開催し、3年目に英語での書籍化を実現するというイメージの研究プロジェクトです。

https://www.gsi.c.u-tokyo.ac.jp/research/

今年度は3件採択されました。私たちのキャラバン(主要メンバーは、伊達聖伸、鶴見太郎、張政遠、小川浩之、土屋和代の5名)のタイトルは、「「小国」の経験から普遍を問いなおす」というものです。内容は、GSIのホームページで近いうちに公開されるはずですが、まだのようなので、以下に紹介しておきます。

「小国」の経験から普遍を問いなおす

1) プロジェクト概要
 経済、文化、言語などにおける「グローバル・スタンダード」の圧力とアメリカの覇権の揺らぎや新興国の台頭などにともなう世界秩序の再編のなかで、ネーションをはじめとするさまざまな集合体のアイデンティティが問われている。本プロジェクトは、これまでおもに英語圏でなされてきた国際関係論などのグローバル・スタディーズには、しばしば「大国」の観点が自明のものとして持ち込まれ、また西洋近代的な「普遍」が前提とされているのではないかという問題意識を持ち、「小国」の観点から「普遍」のあり方を問いなおそうとするものである。鉤括弧つきの「小国」には、英語で言えば small nations and collectivitiesの意味を込めている。国連や世界銀行などの国際機関、また国際関係論や国際政治学などの学問分野では、small states という言葉が一般的だが、これだと主権国家に議論が限定されてしまう。本プロジェクトは、ネーションに比較的大きな焦点を合わせつつも、その範疇には必ずしも収まらない集合体も取り扱う。たとえば、大国意識を持つ国のなかの地方や地域、異議申し立ての社会運動などが考えられる。そのような「小国」には、しばしば近代化あるいはグローバル化の「歪み」が二重三重の形で集約されている。本プロジェクトは、そのような「核心現場」(白永瑞)を生きる経験に、人間の「普遍」に通ずるものが多様な形で現れるという見通しを持ち、それらの文脈と具体相を描き出そうとする共同研究である。
 人間の文化を特徴づけるものとして、特に宗教と言語の二つを大きな柱として挙げることができる。英米両国を中心とする西洋近代が世界の覇権を握ったという歴史の文脈に大きく規定されている現在のグローバル・スタンダードでは、やはり世俗と英語の力が強いと言える。本プロジェクトは、「大国」に向き合う「小国」のアイデンティティ形成には、宗教や言語が大きな役割を果たしてきたとの認識に立ち、宗教やもうひとつの普遍語としてのフランス語およびさまざまな国際語や現地語の要素に注目する。
 「普遍」を問いなおす本プロジェクトは、周辺から中心を揺さぶる、マイノリティの観点からマジョリティの論理を暴く姿勢を重視するが、両者の関係を単純な支配と被支配の関係でとらえるのではなく、双方向的な依存関係や相互交流にも留意する。一例として、世俗に対抗する宗教という図式を自明視するのではなく、世俗と宗教の二分法を自明視することができない地域における両者の再編の意味を再考する。もうひとつ注意しておきたいのは、「小国」もしばしば一定の大国化志向を持つということである。一方では、それは「ソフトパワー」としての魅力を構築し、国際社会のなかで「ミドルパワー」の位置を模索する方向につながるだろう。他方では、「小国」の人びとの一部は、「大国」意識を持つなかで、内部のマイノリティに対して抑圧的に振る舞うことがあり、いわば「二重の植民地化」の状況が生まれることがある。そのような状況は、しばしば苦しみや痛みの経験をもたらすが、そこを生きる主体の重層的なアイデンティティに注目することで、マイノリティやマジョリティとは何か、普遍とは何かを改めて問うことができると考えられる。
 本プロジェクトの主要メンバーは、伊達聖伸、鶴見太郎、張政遠、小川浩之、土屋和代の5人であり、いずれも駒場の地域文化研究専攻の教員である。思想史、宗教学、歴史学、社会学、国際関係論などの学問分野を背景に、イギリス、フランス、ロシア、イスラエル、アメリカ、カナダのケベック州、日本、中国(香港)などをフィールドとして研究を進めてきた。上記の問題設定を共有する海外の主要大学(香港中文大學、アメリカ・イェール大学、フランス・エクサンプロヴァンス大学、ケベック・ラヴァル大学など)の研究者たちと連携しながら、駒場を拠点とする新たな地域研究の可能性も探りたい。

2) 2020年度研究計画
 本年度はプロジェクトの1年目に当たり、本来ならば複数の海外の大学において「GSI海外学術キャラバン」を行うことに最大のエネルギーを注ぐ予定であったが、世界的パンデミックとなった新型コロナウイルスの影響で予定の変更を余儀なくされている。
 そのため、本年度の前半は、駒場の主要メンバーのあいだで問題意識の共有をはかりつつ、より焦点を絞った共通の枠組みを練り上げるための準備期間と位置付けたい。とりわけ、プロジェクトのメンバーがそれぞれ受け持つ研究地域や内容は、ともすると拡散的に映る面もあるかもしれないため、一貫性と一定の統一性、多様性の内的な関係について考察と議論を深める機会としたい。具体的には、夏休みまでに研究会を少なくとも2回開催し、研究発表を通して論点の精緻化をはかることを目的とする。第1回は6月2日(火)にZOOMを利用して開催する予定である。
 本年度の後半は、コロナウイルスの流行が東アジアでは一定の収束に向かうのではないかと期待しつつ、12月に香港中文大學でのキャラバン実施を予定している。渡航ができない場合にも、ZOOMを使っての会議を行う予定である。また、欧米地域との行き来も可能になるようであれば、春休み期間中にキャラバンか、または海外からの研究者を招聘してのシンポジウムの開催のどちらかを実施できるように調整を進めたい。


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