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大物投資家Y氏について。

 いつものように方々へクソリプを送り、健全なTwitterライフに邁進していたある日のこと。DMを見ると一件、見覚えのないアカウントからメッセージが届いていた。
「覚悟のほどをお伺いしたい」などという、不穏な連絡だった。
「覚悟というと、どういうことですか?」と問うと、凡そこのようなことだった。


 
 DMをくれたB氏は、総資産推定数億程度の投資家であり、相当数のフォロワーを擁するアカウントである。奔放な発言が多く、Twitter上では度々諍いを起していた。
 Y氏は2017年10月からTwitterを開始し、総資産推定数百億と見込まれる大物投資家であり、界隈では生ける伝説などと呼ばれることも少なくない。フォロワーは万単位であり、彼もまた奔放なTweetの多い人物である。
 フォロワーに特定の銘柄を匂わせて株価を吊り上げさせ自分だけ売り抜けたり、明らかに煽り行為と思しき言動をしたりすることが幾度もあった(と、いわれている)。
 Y氏のこういう言動に端緒を発し、B氏はTwitter及びブログ上で度々Y氏批判を行い、その度にB氏とY氏はリプライやDMにおいて言い争いをしていた。
 
 2019年2月、B氏のしつこさに耐えかねたY氏が、「交通費滞在費等全部払うから〇〇(大阪)にある事務所まで来いよ」とB氏に呼びかけを行った。
 これに対して、B氏は「顔写真を交換してください、それが私のオフ会のルールです。そうでなければ応じられません」などと応酬し、話し合いは膠着状態に陥っていた。
 
 両氏ともにそれなりに有名アカウントであったので、やりとりが私のTLに流れてきた。私はクソリパーであるので、軽い気持ちで両氏の会話に割り込んだ。
「借金で生活が苦しいので、俺にもトレード教えて下さい!」
 いま考えれば脈絡が無いにもほどがあるクソリプである(Y氏からはイイネが付いた)。これを見たB氏はどうやら、自分の代わりに私をY氏の下に送り込むことを思いついたようだった。こうして、B氏から私宛にDMが来た次第である。
「Y氏に会ってみたいという、その覚悟のほどを聞きたい」「Bと名乗ってY氏に会いに行ってみないか?」という提案だった。
 当時私は刺激に飢えており、ブログに「何か面白そうな依頼があったら連絡下さい」というようなことを書いていた。面白そうなことになりそうだと思ったし、Y氏が滞在費を持ってくれるのならタダで大阪に小旅行することができるというのも魅力的な話だと思った。勿論即応諾し、B氏に自分の電話番号を教えた。後日、B氏から非通知にて架電があり、直接、覚悟の確認を受けた。
 その後、B氏は、Y氏とDMで連絡を取り合い、2月某日・夕方にアポを設定した。

 *
 
 私とB氏の関係をあらかじめ疑われないよう、私がY氏に飛ばしたクソリプを削除し、またB氏に対しても、今後はフォロー・RT・いいね等の反応はしないことを申し入れした。
 Y氏の情報は検索可能な限りで調べあげ、B氏のブログ記事を全て読み込んだ。またB・Y両氏の関係性を把握するため、両氏のTweetを遡れる分まですべて読み込み、両氏のポートフォリオにありそうな銘柄の数種類については、決済概要やテクニカル分析、主要役員や事件の概要等を把握しておいた。
 またGooglemapでY氏の公開している2拠点(事務所・バー)や周辺の地理を把握し、万一の為の逃走ルートを確認し、近接地のビジネスホテルを確保した。
 取り押さえられたときに荷物等から身バレしないよう、ポケットWi-Fi・レコーダー・1万円札・初期化した古いスマホ(LINEとTwitterのみアプリを導入)のみポケットに入れ、スマホについては突入前にLINEとTwitterはログアウトしロックも設定した。
 B氏は既婚者であることを明かしているため、指輪をしていないことを疑われないよう基本的には「貴重品は全て置いてきた」と抗弁できるようにしておいた上、私は大阪へ向かった。
 
 当日朝、B氏から、Y氏が「(お会いする前にやはり)名前と電話番号を教えて下さい」と申し出ているとの連絡があった。
 名前については以後、A田なる偽名を名乗ることにした。また電話番号については、IP番号(050ナンバー)を新規に取得し、それを会ったときに教える旨申し入れ、Y氏には何とか納得してもらった。
 
 *
 
 待ち合わせをしていた大阪市中心街にある路地裏のビル所在の事務所に赴くと、ビル前にはスモークを貼った白いレクサスが横付けされていた(写真)。明らかに異様だった。
 素知らぬふりをして傍を通りつつ中を伺うと、カタギとは思えない恰幅の良いスーツ姿の男性が辺りに睨みを利かせていたので、念の為ナンバーを控えた。
 
 時間になりビルに入ろうとすると、やはり車の中の男がこちらをきょろきょろ見つめてきたので、やはり一味なのだろうと思った。
 ビルの中は、フレグランスの良い匂いがした。一階のオートロックに付設されたインターホンで事務所の内線を押すと、若い男性の声が返って来た。
「〇〇時にアポイントをしているA田ですが」
「はい、お待ちしてました。今、下に行きますね」
 数分後、いかにも半グレが好みそうな派手な柄のパーカーを着た20代後半~30代前半と思しき男がエレベータから降りてきた。
 メガネを外していたので最初判らなかったが、それはY氏の会社の代表取締役を務めるK氏だった。ネットの記事に出ている顔とは異なり、好戦的そうな男だな、とは思ったものの、体力はあまりなさそうだったので安心した。
「ではこれから移動しましょうか」
 といって、K氏はレクサスの後部座席を開いた。
 待ち合わせの約束は事務所だったはずだけれど、移動を挟むということに内心狼狽えた。男が
「最近は色々あるんで、後で電子機器を預からせて貰いますね」
 という。
「では全部その辺のコインロッカーに預けてからまた来ます、それでいいですか?」
 というと、
「いや、社長もかなり忙しいので、早く車に乗って下さい」
 と有無を言わせない口調で応えた為、仕方なくそのままレクサスの後部座席に乗った。運転手の男に「よろしくおねがいしますね」と言うと、「ふん」と一言応じられた。以前とある反社の舎弟の人と会ったことがあるけれど、少なくともK氏や運転手と比べて少しは礼儀があったことを思い出した。教育がなってないのは怖いことだと思った。行動が予測できないからだ。
 移動する車内で、Wi-Fiとスマホの電源は落とした。しかし問題はレコーダーだった。持っているだけで警戒される代物だろうと思った。
 K氏は、車内で移動先にいる人間に、
「荷物を預かるための大きめのカゴか何か用意しておいてもらえますか?」
 と電話をかけていた。
 数分もしないうちに、レクサスは大証前の大きなビルの前で停まった。
 K氏と共にレクサスを降り、躓いたフリをして音を出しつつレコーダーをビルの横にある草むらに放り投げた。
 K氏はビルの地下へ降りて行った。それは把握している拠点の二つ目のバーだと判った。事前に場所を把握していたので、幾らでも逃げようがある。繁華街の為、相手も派手なことができないような場所だということは判っていた。
 階段を降り地下1階に入った時点で、バーテンらしき恰好をした男が現れた。男は手にビールの缶の入っていたと思しき空の段ボールを抱えていた。これがさっき言っていた「荷物を預かるための大きめのカゴか何か」なのだとしたら客人に対して適当過ぎるだろうと思った。
「お手数おかけしたみたいで、すみませんね」
 と話しかけると、彼は
「あはは、いえいえ」
 と鷹揚に返事をしていた。彼も痩せてはいたが、両端を男二人に挟まれるのは中々圧迫感があった。
「では預からせて貰います。ジャケットも抜いで」
 と言われ、K氏にスマホとポケットWi-Fiを手渡した。
 K氏はパーカをもみくちゃにして、中に何かが入ってないか確認し、パーカーとスマホ、ポケットWi-Fiを段ボールの中に放り込んだ。客に対する扱いではなかった。
「一応、3時間経ったら電話させて下さい。知り合いに安否確認することになっているので」
 と言うと、K氏は、憮然とした表情で応えた。
「3時間?フン」
「まあまあ、あくまで保険ですので」
「ほかに何も持ってないの?」
 もはやため口になっていた。
「何も」
 身体検査を済ませると、K氏は段ボールを脇に抱え、巨大な闘牛のオブジェの隣の扉を開いて中へ消えていった。少しして、K氏が、「どうぞ」といって扉を開いた。中に入ると、正方形のホールだった。左方に白クマの毛皮が飾られていた。薄暗く瀟洒な雰囲気を醸していて、お酒を飲むのには中々丁度良さそうな場所だと思った。
 そしてホールの奥には、投資家Y氏がいた。顔を顰め、鬼のような顔で言う。
「ああ、A田さんね」
 座っていたので解り辛かったが、Y氏は恐らく身長は175~185cm程度で、体重は確実に150kgはあるであろう巨漢だった。髪型はタラちゃんというよりはポルナレフに近く、白髪で筒状にセットしていた。黒いセーターに青いリラックスパンツ、靴はエナメルのバスケットシューズだったが、どれも明らかに高級品であるように見えた。右手にはブレスレット、左手には腕時計をしていて、どちらもびっしりと宝石があしらわれている。結婚指輪についた宝石が光を放っていた。
 背後からは、K氏がにらみを利かせていた。
 
 *
 
「あッ、これはどうも初めまして!BことA田です~、どうぞよろしくお願いいたします!」
 と笑顔で挨拶すると
「ええ~?なに?そういう感じなん?ええ~?!自分そういう感じでいくん?!」
 とY氏が言った。大阪人らしく、どっひゃ~!というリアクションをとっていた。
「どういうことですか?別にケンカしに来たとかそういうワケじゃないんですから。大物にお会いできて光栄です」
「ええ~!」
「年齢も一回り違いますしね、いつもお世話になってます」
「エッ、自分いくつなん」
「35くらいですね」
「若いやんけ」
「Y氏さんは、おいくつなんですか?」
「おれは46やで、ネズミ年やな。なんや~......自分そういう子やったんけ」
「いつもクソリプの相手して貰って、甘えさせてもらってます」
「なんやぁ......びっくりした」
 Y氏が近くのソファで見守ってたK氏に対して、手で「もう行っていいぞ」の合図を出した。同時に手元のボタンを押すと、20代と思しき若い美女のウェイトレスが出てきて
「社長、何をお飲みになりますか?」という。
「わしはアイスコーヒーでね、A田君はどうするん」
「いや要らないですよ、高いじゃないですか、何ですか千円って。ぼく庶民なんで」
「要らないゆうて、ええやんけ、タダやって、何でも飲み」
 と言われたので、一番おススメだというミックスジュースを選んだ。味は普通だった。
「今日あれやろ、大阪へは知り合いに会いに来たんやろ?」
 知り合いに会いに行くついでだったらオフ会してもいいですよ。というのが、今まで会うのを拒んでいたB氏がY氏に今回会いに行くためについた言い訳だった。
「そうですね、前々から会いに行こうとは思ってた知り合いなんですが、今回Y氏さんに呼んで頂いたんでね、あ、これはいい機会だぞ、と思いまして。前回〇〇の株主総会だったら会えますって言ったら無理って言ってましたよね」
「うん、というか最近株主総会いってへん、怖いもん。あー、そうなんや。自分そんな感じなんや。いや、気持ち解るねん、30代なんて若いからな、血気盛んやん、噛みつきたくなる。でもな、こうして会ってこうやって礼を尽くしてくれる子やってわかったから、可愛い思うわ、A田君。だからこれまでのこと水に流します!だからもう(Y氏への批判)止めてね、本当もう止めて。頼むわ。あんなこともあったからな、わかるやろ」
 以前、Y氏はTwitter上の過激なアンチに娘を襲撃され、警察沙汰になっていたのだった。
「私にも娘がいるので気持ち解りますよ。許せませんね。だからこそY氏さんの迂闊さみたいのに腹が立ちました」
「ちゃうねん、おれの家知ってるやろ?」
「港区ですよね?大阪の。今でもお住まいなんですか?」
「そうや。そこから、今日来るとき乗ってきたと思うけど、あの車乗って通勤してるんや。おれは逃げも隠れもせん、刺したいなら刺しに来い、いつもいうてるやん。でも娘はちゃうからな、引っ越しさせたんや。そしたらその引っ越しの車、後つけられてて、やられたんや」
「結局、犯人は見つかったんですか?」
「いや、みつからへん。おれも警察にはいっぱい寄付してるから情報は入って来るけど、あいつらプロや。防犯カメラを上手く避けて歩いて来とる、普通はできへん。あれは多分、〇〇(対立している企業)の手の者やねん、〇〇業界なんてのは、そういう世界に近いからな」
「そうなんですか?」
「せやで、あれはあかん。あんなん、中身スカスカやん、自分売った方がええで」
「まあぼく何回も売ったり買ったりしてるんで、銘柄に惚れてるわけではないです。ただ法案が通れば......」
 法案と言うのは、その企業の関連法案のことである。承認されればS高間違いなしと当時言われていた。
「せやろな、まあ夢を追うゆうことなら止めへんけど、〇〇好きやゆうことなら××(同業他社)とかにしといたら。あの会社問題だらけやんけ」
「〇〇〇〇〇〇の話ですか?」
「いやそれはあるんやけど、あれや、えーと弁護士、誰だっけ」
「〇〇弁護士ですか?」
「せやせやあれがな、まあ色々と暗躍しとんねん。それに色々と内部もわちゃわちゃしてて」
「ニュースに出てる分はわかりますけど、そうじゃなくてってことですよね?」
「じゃあこれはA田君やからいうけどな、社長の長男の彼女がおるねんけど、それを父親が寝取ったんや。で、親子が対立してる間に取締役もその彼女とちちくりあっててやな」
「経営陣総穴兄弟じゃないですか」
「せやねん。あかんやろう?こんなんで健全な経営なんてできるわけないやろう~?それで、あいつらおれに嫌がらせしてくるんや。まあ邪魔やろうな、執拗に売り仕掛けてくるような大口はな。まあ、だからあんなことがあって、皆まわりピリピリしとるんや。A田君、めっちゃしつこいやん、一番目立っとるで。だから、な、訴訟も勧められることあるし、色々、わかるやろう」
「ぼくにも家族いるんで荒っぽいことは辞めて欲しいですね」
「わかるけど、どうしようもないときあるやん。おれ一人じゃないからね。だからもうこれで辞めてくれ。アンチなんてあかん、おれのファンになってくれ、それが一番得や、絶対損せえへんって。娘もいうとったで『パパなんなのこいつ』ゆうて、はっはっは。せやからな、これからは仲良くしよや、同じ相場で頑張ってる投資家同士、何で罵り合いするのよ」
「何で、と訊かれますと......そこはやはり煽り行為をいつもやってるわけですよね。それはどう思ってますか?」
「あんな、おれ煽り行為なんてしてへんで。おれ、指定機関投資家っていう認定受けとんねん、ちゃんと検査も受けてるし。指定機関投資家いうのはな、簡単に短期売買できへんねん。中長期や。数週間、数か月待って売る。デイトレなんてもうでけへん。『買え!』なんていうたらすぐお縄や、だから匂わせてるだけ。それでも、皆儲かったらええかな?おもてやってるだけやん。せやから言うとるやん、「現物で買え」って。自分の身の丈にあったトレードせえへんと死ぬでって」
「でもあんなの建前で合法だとしても実質煽りですよね」
「まあな、そういう世界だからね」
「T氏(Y氏のシンパを自称していたフォロワー)とか、(Y氏の)手を離れたってTweetしてましたけど」
「あーもう、あんなんあかん!おれあいつに会ったことないし、あいつあんな露骨なことしてたら絶対捕まるで。煽って金稼いでもな、結局課徴金で全部持ってかれるねん。実はあいつらチームで6人態勢でやってるらしいで」
「あんなことやったって稼げないでしょ、二束三文でしょ」
「精々数十万、百万ってとこやろうな」
「リスクと合ってませんよね」
「それをやるからおかしいやつなんや、だからブロックした。他にもそんなやつおるよ」
「ふーん。でも、あのルービックキューブみたいな画像出してましたよね、▲▲(企業)の社章。あんなの、素人目には煽りですよ」
「あー!ちゃう、ちゃうねん。あれはな......〇〇ちゃんの画像(Y氏が設定しているアニメアイコン)あるやん?これね、作ってくれとる友達がいるんやけど、そいつが送ってきたから、可愛いな~思うてTweetしただけやねん、ほんまやで、あんなの、会社のロゴとか思わへんやんけ」
 これは流石に苦しい言い訳だと思った。
「北斗の拳の身体に〇〇ちゃんくっつけたやつね、あんな雑な画像なんで採用してるんですか」
「ほんまは、〇〇ちゃんそのまんま使いたいんやけどな、何かようわからんのやけど、版権の関係で〇〇ちゃんそのままはあかんくて、ちょっと加工してたらうるさいこといわれへんらしいよ」
「まあでもそうやって作って送ってくる人がいるんですよね、それってオフ会ですか?」
「ああ、昔は何回か行ったなぁ、勿論当時はY氏とか言わなかったけど、Y氏になってからも誘われて1回行った。でも隠し撮りされてね、その画像がネット出まわっとるよ、だからもう人に会いたないねん。直接サシでおうたんはA田君と、あとX君とかいう子の二人だけやな、X君は九州から来てくれたんかなぁ、まあどっちもアンチやな。ほんま肝すわとる思うで。刺しに来い、ゆうてもだーれもけーへん」
「刺すのはアレですけど、本の取材とか講演依頼とかやまほど来ますでしょ?」
「来るけど、断ってる。ほんまいうと一回やったんや、講演。でも誰もけーへんかったの。オフ会も主催したのね、誰もけーへんかったの。もうほんま皆冷たい、悲しいなるでしょ、だから辞めた。本ももうええて、売れへんかったら悲しいやんけ」
「その天才的なトレードはどうやって完成したんですか?お父さんの影響だとネットには書いてありますけど」
「おれはな、高校卒業して18で親父の運転手になったんや。親父はM&Aの人でな、ダイエーとか、ああいうのもうちの親父の仕事やな。それが数年かな、その後、知り合いの紹介で香港のファンドに就職することになって、まあそこでぼちぼち結果を出して出世して、日本株の運用担当になったんや。そこでかなぁ。その後、親父が死んで日本に帰って独立したんやな。ネットで親父が死んで遺産がとかいうけど、遺産なんて全然あらへんかったよ」
「6万とかいうかきこみを見ました」
「せや。親父は結局最後に色んなところに寄付しまくって、遺産なんて1円も入らんかった。だけど年金が最期に一回だけ入ったんや、それで6万くらい、それでしまいや。おれは別に何も貰ってへん。悔しいね、おれは頑張ったやん」
「奥さんは?」
「もう離婚しとるで、娘とは一昨年までは一緒に住んでたけど、ほら、引っ越ししたからね、それからは一人暮らしだよ。まあそれつけられてたんやからな、下手したなぁ。娘は19歳だしええかなって思ったんやけど」
「これからどうするんですか?」
「あと4年で株式相場は引退しよう思ってる。わかるやろ、もうキツイねん、身体が。毎日、朝7時にはモニターに張り付いて、夜の12時までオフィスで研究して、そういうのがもう辛いねん」
「他の国に行くとか?」
「いや、それはアレやなぁ。この町が好きや。友達も他所にはおらへんしな。せやからね、ほら、おれも寄付してんねん」
(スマホで孤児院や弘昌寺に2億寄付している画面のスクショを見せる)
「弘昌寺って何ですか?」
「千日前のお寺さんやな、あっこは昔処刑場だったんやけど、色々あって慰霊が済んでへんねん。それでこうして寄付してるっていうわけやな」
「こうして寄付してるって事実を伝えたら信者もっと増えそうですけど」
「それはな、下品いうんやで。テスタとかあんなん、見せびらかしとるやん、あれはあかんわ、小者や」
「あと4年で引退ってことは、50歳ですね。そしたら会社はどうなるんです」
「普通に考えれば解散なるやろうなぁ。そのあとは基金しようかな、と思ってて。証券会社の無限空売りとか、機械取引の先回りとか、ああいうの腹立つやんけ。そういうのを禁止するロビー活動をする基金を作りたいかな」
「毎朝(事務所)に出勤してるんですか?」
「あっこもあるけど、ほかにも事務所いくつかあるねん」
「やっぱり自転車通勤は冗談だったんですね。ちなみに、迎えに来てくれたあの二人、まあ見るからにヤクザですけどああいうのは何処で雇ったんですか?」
「まあ紹介やな。運転してる彼はあれね、コカ・コーラのベンダーしてて運転が得意やっていうから雇ったの、うまいよ実際。顔怖いし。あいつ(K氏)は外資のファンドマネージャーとかやってて優秀やっていうことで働いて貰ってる、30歳くらいかな、確か」
「なるほど、求人とかはしてないんですね」
「してないな、大体紹介やな。お茶くみのお姉ちゃんは別やで、でもどこの馬の骨ともわからんやつなんて雇われへんやろう?」
「給料どんな感じですか?」
「うちは厳しいよ、基本給無し、完全歩合。お金預けて、運用成績に応じて払うから。お金沢山あれば勝率あがるから、それで勝てる子は億行って独立した子も百人単位でいるよ。まあでもA田君はもう個人で数億あるんやろう、超優秀の部類やな」
「まあでもスワップ(B氏のメイン手法)は逃げの部分があると思いますよ。指標や株で中々勝てないからスワップに移ったみたいなところはありますね」
「あー、まあそれはわかるなぁ。別に悪いことちゃうねんけどな、ある程度資産もってへんと成立せんやろ」
「どういうテクニカル使ってるんです」
「オフ会に参加したときに、参加してくれた子らに2時間くらい指導してたんやけど、一目均衡表やな。皆雲をブレイクするとかばっか気にするけどキモはそこやないねん。するときはするし、しないときはしないし。あとは決算やなぁ。IRとかね、ちゃんと見てるよ」
「そういうのご自分でやられるんですか、はっきり言ってテリロジーの良さについてぼくの理解の範疇ではなかったのでよくわかりませんでした」
「おれかてわからんよ!ちゃんと財務分析してくれるチームがおるんや、まあやり方考えたのはおれだけど、実際の作業は会社に任せてる。T社のテクノロジーもあれもな、業界の人に聞いたらええらしいで。要するに業界に詳しい人に説明してもらって納得したらそれで割り切るんやな、本当のところはようわからんのね。あと基本は現物やね」
「信用で取引すると空売りの燃料になるってことですね」
「身の丈に合わないことはしないってことやな。もちろん空売りは別やで?」
「例えば今はY社を空売りしてますよね。S社とかA社とか酷かったですよね」
「あんなもんは証券会社が個人をはめ込んどんねん、まあ急落はともかく、空売りをこそ長期でっていうのをおれは主張しとる」
「SS社のチャートみたいなことですか?」
「つまりそういうことやな。急落しようがしまいが、一回下落したらずっと下がる」
「チームで売買してるってことなんですね」
「いや分析だけな。証券会社には、おれのTweetやプロフィールが更新されたら一秒単位で知らせるシステムがあるって聞いたで、君のブログにも似たようなもんついてるやろ、あれあかんわ、普通に素直に見たら済むやん」
「ここに来たのは無料でいわゆる「Y氏銘柄」を聞けるという動機もあったんですが一覧表とかくれませんか?」
「それは流石にあれやけど、シンプルやで。T・N・A社、あとは4銘柄でしょ、それからN社ね、大きいやつはそれこそ十年単位で持ってるよ、あとこれから手をつけたいのは、これはA田君やからいうわけやけど、NNとJ社(のショート)やな」
「というと」
「NNはF社の〇〇〇の改修の契約をしたらしい」
「こども食堂ですね」
「それはわからん、何それ。でもそれが結構大きい受注らしいくて、まあ買いやな、数倍にはなるんじゃないの。あとJ社ね」
「J社はI町がそろそろ撤退できそうということで上がるかと思ってたんですが」
「いや、廃炉で事故が多発しとんねん。そういう銘柄は下がる。ジリジリな。因みにこれは二次情報やからな、インサイダーはならへんのやで。まあこうしておうたのも何かのご縁やゆうてな、これからDMで教えたるわ。番号だけ、ポイとな」
「いや、ご遠慮します」
「いやいやいや、ええてええて、あ、電話番号教えて、電話しよ。数字だけゆうたるわ」
 用意しておいたIP電話の番号を伝えた。Y氏はその場で私の番号に電話をかけた。
「今かけたからな、これはおれの直通電話だから、言うなよ。これは流出したら車おかま掘られるで」
「いや、勘弁してください」
「はっはっは」
 *
「そもそもTwitterなんてどうして始めたんですか?何か言えば煽り言われて、損させたら刺すぞ言われて、得ないですよね」
「Twitter自体はな、2017年にiPhoneこうたから、その練習のために始めたんや」
 *
「刺しに来いって言ってますけど、端的に言うと死にたいんですか?おれが刺そうと思ってたらどうしたんです?さっきボディチェック受けましたけど、彼一人くらいならあっこで暴れて突撃できていましたよ」
「正直もうええ、もう充分生きたと思ってるよ。もちろんただ黙って刺されはせえへんけどな。そりゃちゃんとシナリオ用意してるわ、もう解除したけどな、あっこ(壁)の裏に何人も待機してたから」
「お手数おかけしまして。だけど迎えに来てくれた人、ぼくのスマホ、段ボールにボン!入れましたよね、壊れてますよあれ絶対」
「あっはっはっはっは、そんなんした?大丈夫やって、壊れへんよ~」
 *
「端的なお話、Y氏さんはヤクザなんですか?」
「ヤクザちゃうよ、今はね、そういうの厳しいし、うち普通に検査も入るし、結構気を付けてるよ」
「今日ぼくは大阪湾に沈められる覚悟で来たんですがね」
「そういうシナリオもあるっていうことやな」
「同じこともできると」
「はっはっは」
「でもウルフもkazmaxもあれはヤクザでしょう?」
「いや正直な、会ったことないのよ。ウルフは買え、買え、言うやん、でもあれ自分で売買してへんらしいで、だからつかまらへんのやな。でも知り合いでウルフのサロン入ってる奴の話を聞くと、かなり誠実やとは聞いてる。質問にも答えてくれるし、真剣に分析して、本当に上がると思って勧めてるみたいってきくけどな」
「まあでも長くは続かないでしょうね」
「まあな、あの年で金ないのはキツイ。まあでもいつか捕まるんやろうな。ウルフは正直、何かの説明会で遠くからチラっとみたことはあるけどな」
「でも普段爆笑してるウルフの画像使ってません?」
「面白いやんけ、笑うわ、オバハン爆笑してるのみてわらわへん?面白いやん」
「kazmaxは?」
「あれはウソやろ。あんな普段チャラチャラ遊んでるやつがどないして勝つんや。無理や、無理。おれらがどれだけ苦労してると思ってる。でもこないだおけらとかいうのに絡まれて困ってるって伝え聞いたからな、まあ得意な弁護士くらいは紹介したわ、まあでもそのくらいよ、会ったことない」
「久保優太は?元奥さんのこと殴って鼓膜破ったんでしょ?」
「いや久保君にも会ったことない。一度この(バー)に来てくれたことがあるみたいでな、それでスタッフと知り合いになったらしいけど、おれは会ったことない。かなり礼儀正しくて純粋で、心が弱そうな子やったと聞いてる。だから騙されたんちゃうかな、ちょっと頬張ったくらいで適当に理由作って訴えられたんちゃう?そういうことはよくあること」
「cisとかBNFについてはどう思ってるんです」
「おれはウソだと思ってるよ。cisなんて最近負けてるって話しか聞かないな、証券会社に知り合い多いからな」
 *
「こんな会員制サロン来るような客は行っても少ないでしょうし、こういうところにお金を使えるというのが正に超お金持ちって感じですね」
「ええやろう、これね、社長(K氏)の趣味だよ。あの白熊もね、最近厳しくて結構高いんだよ。まあ大赤字やな」
「Y氏さん、取締役とかの役職ないんですよね、報酬は?」
「あえて外してるね、無報酬でやってるよ」
「きたいって言う人いっぱいいるんじゃないですか、実際来る奴も」
「いるけど、そういうのは」
「やばいやつですね」
「まあ熱狂的やなぁ、そういうのは雇ったりできへんよ。でもな、このお店、朝10時から15時くらいまでは一般人でも入れるねんで」
「え、そうなんですか?ぼくその時間に一度来たんですけどね」
「そこのチャイム押して、入りたいって言えば入れるねん。ハードル高いやろ、こんなところのチャイム押すの。でもたまーにおるで」
 *
「気付いたら2時間半もたってもうたな」
「楽しかったです」
「おれもやで、まあこれから仲良うしようや、またなんかいうてきたらあかんで、そのときは」
「聞かなかったことにします」
 ウェイトレスがやって来て、トレイの上にスマホとWi-Fiと仰々しく載せて持ってきた。が、パーカーはぐちゃぐちゃにして手渡してきた。やっぱり教育なってない。
「また明日も7時起きやからな」
「お疲れ様です、今日はありがとうございました、失礼します」
「ほなな」
 
 *
 バーを出ると、K氏が待ち構えていた。
「ほらね、ちゃんとスマホ返したでしょう」
「いや、本当かなぁ、これ中にウイルスか仕込んでませんか?……ではこれで、お手数おかけしました」
 外に出、監視がないことを確認して草むらに棄てたレコーダーを回収した。
 レアな人と会うことが出来て気持ち的には満足だったが、結局、資産数百億と言われているY氏は交通費も食費も滞在費も何もくれなかった。ケチな億万長者もいたものだと思った。
 
※ 本記事は、2019年3月に依頼人B氏に対して報告に供したレポートを再構成したもの。文章適当ですいません。内容はフィクションかもしれません。また伝聞かもしれません。


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