ショートショート 「ナタデココ」

最後の晩餐の 最後に食べるのはデザートのナタデココだ。これを食べ終えたら殺される。そんな思いでいたから、ステーキも味がしなかった。そして、ナタデココ。味は感じるだろうか
だが食べようとしたところで、後ろにいた黒い服の男が強力な腕力で 俺の頭をテーブルに押し付けてきた。
う 思わず声が漏れる なぜだ まだ食べ終えていないのに
屈強な男は俺の首の後ろに指をぐいいいと押し付けると、近くにいるひょろっとした若造に命令した。
「鉈でここを切れ」
「え?」
若造はよそ見をしていたようだが、返事はした。
「りょ 了解」
そんな まだ食べていないのに 心の準備もできていない。それがこいつらの狙いか。俺は観念した。若造が近づいて来る。だが、鉈は壁に立てかけたままだ。
若造はテーブルの上にあったナイフを手に取ると、舌で口の周りを舐めた。どうやら人を殺すのが好きらしい。とんでもない奴の手に掛かることになったわけだ。若造はナイフを握り直すと、苦心して、皿の上のナタデココを切りはじめた。寒天のようなものだから、つるつる滑ってなかなか切れない。だいぶ時間をかけて、ようやく男はナタデココを三等分した。
「皿は一枚しかないんで、これで勘弁してください」
若造は黒い服の男に申し訳なさそうに言った。
黒い服の男も俺もわけがわからなかった。
鉈でここを切れ ナタデココを切れ ん? しばらくして、二人同時に気づいたらしく、思わず笑いが漏れる。くっくっく 笑いは止まらずお互いに伝染しあった。ひぃ―― あっはっはっ くるしぃー 黒い服の男も腹を抱えて笑い出すものだから、ひぃーひっひっひ 俺もつられて笑い転げてしまった。あっはっはっはぁー しぬぅー
「こんなに愉快なことは最近なかったぜ。なあおい」
と黒い服の男は 俺の首に腕を巻き付けてくる。
「ああ そうだな」
死を間近にした俺は、もう何も怖くはなく、心底愉快な気分になっていた。
黒い服の男は なおも笑いを引きずりながら言った。
「お前はもう行け。さっさとこの部屋から出ていくんだ。俺の気が変わらないうちにな」
その言葉で俺の笑いはぴたりと止まった。真顔になった俺は急に死ぬのが怖くなって、足の震えを感じながらも、怯えたこま鼠のように急いで部屋を出て行った。そして振り返らずに敷地の外まで一目散に走った。

              (了)

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