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3月20日を迎えられない花岡藍伝~Endless Seminar~


 3月19日。

 __本来なら、彼は慣れない服装で大学に赴き、4年間の学生生活で出会った仲間と別れを惜しみ、恩師に感謝を伝えていたことだろう。

 だが、今年に入って大流行した新型コロナウイルスの影響で、国内の様々なイベントが中止となっていた。彼の大学も、3月頭には卒業式の中止が決まり、必然的にゼミの追いコンなどの催しごとはすべてなくなった。

 そんなこんなで、『節目』という実感がない。学位記関連のものも後々送られてくるらしく、特に何かあるわけでもない、そんな日だった。

 彼は背伸びをしながら呟く。


「__学位記をもらうまでは卒業じゃない、か……」


 教えられたこの言葉も、思わぬ形でお預けとなってしまった。貴重な体験だとは思うが、やはりああいう式は形だけであっても、心の整理には大事なのだなと思った。


 そんなことを考えながら、花岡藍伝は再びパソコンに向かう。もうすぐ日付を跨ぎ、実感のなかった卒業の日も終わりだ。

 彼はブログの更新のため、MacBookのキーボードを叩いていた。内容は、4年間の振り返りだ。

 ゼミについては明日書こう、そう決めていた。彼の大学生活の思い出、そのほとんどがゼミ活動だ。書き始めるときりがない。

 そうして記事を完成させた藍伝は、ブログにアップした時刻を見て、微笑を浮かべた。


23:59


「滑り込みセーフ、ってな」

 スマホを手に取り、ベッドに体を投げ出した。普段から生活習慣が乱れまくりの藍伝にしては珍しく、強烈な眠気に襲われた。

 今の体勢でそれに対抗すること叶わず、身を預けたベッドに吸い込まれながら眠りにつき__



____彼は5月10日を迎えた。




 藍伝は目を覚ました。重力で落下しかけた頭を反射神経でなんとか食い止め、今自分が椅子に座っていることに気づく。

「__起きてる?」

 そう声をかけられ、その声の方向を見る。端から見れば、ウトウトしている時に起こる、例の『ビクっ』現象そのものだった。

 もちろん彼はその声の主を知っている。入学してすぐの説明会で初めて知り、その後の大学生活で最もお世話になった大先生だ。

「あ、はい。すいません、へへ」

 藍伝は頭を掻きながら、半笑いで答えた。



____何が起きている?


 彼は今まで蓄えてきたあらゆる知識から、この答えを導き出そうとした。

 ここは、なじみが深い2号館のゼミ室。周りを見渡せば、全員ではないがゼミのメンバーが席に着いており、先生の話を聞いている最中だ。机上に置かれたスマホでカレンダーを確認する。

2017年5月10日

 __目を疑った。これが夢でなければ、自分はタイムスリップしている。3年前の初顔合わせまで。

 まさか、アニメで見た展開を身をもって体験するとは。藍伝は動揺を隠し、なんとか平静を取り繕う。下手に動くと面倒なことになる。その辺はアニメやゲームでは常識だ。


 藍伝は先生の話を聞いているふりをしながら、状況整理を試みる。

「__もし夢なら、いずれ覚める。だからその場合について深く考える意味もないだろう。タイムスリップ、であるという方向で話を進めよう」

 藍伝は分析を続ける。

「まず、先生との会話から、俺自身が『花岡藍伝』として、存在が成立していることが分かっている。ということは、過去の俺が別にいるわけではない」

 さらに、前髪の色を見上げて確認してみる。至近距離ではっきりとは分からないが黒系統だとは分かった。卒業の日は明るい金髪だったから、これは当時の体だということが確かめられた。おまけにタイムスリップ前より痩せているのが、感覚だけでも分かった。

「つまりは、完全に時を戻された感じだな。意識だけそのままに」

 藍伝は少しだけ、心を落ち着かせることができた。今すぐ元に戻る方法を考えなければいけない状況ではない。そこにまずはホッとする。

 それに、意識だけそのままということは、これまでゼミで積み重ねた知識や経験、能力を持ったまま、活動に挑めるということだ。


「ひょっとして、俺TUEEE状態なのでは?」


 そう考えてしまうのも致し方なかった。自慢ではないが、彼は3年間のゼミ活動でそれはもう色んなことを学んだ。大学生活のほとんどがゼミだったと言っても過言じゃない。それくらい真剣に取り組んできた。そこは自信を持って言える。まだまだ未熟だが。

 それに、これまでのゼミ活動で上手くいかなかったことは山ほどある。後悔していることも実際いくつかある。でも、時は戻せない。だから、後悔しないよう、選んだ道を正しくする努力を、これまでしてきたつもりだ。

 だが、もし時が戻せるのなら、そんなことが可能なら、やり直したいことだってある。それが叶うかもしれないのだ。というか、元に戻る方法が分からない以上、ゼミ活動をもう一度辿ることは必然となる。なら……

「____ははっ、やってやろうやんけ!」

 元に戻ることよりも、学生生活を再び送れることに魅力を感じてしまった藍伝は、この状況を受け止めることにした。

 我に返った藍伝は、周りの視線が一斉に自分に向いていることに気付く。どうやら、声が出ていたようだ。その場は笑い声に包まれた。


こうして、花岡藍伝のゼミ活動、2周目がスタートした。



 3月19日。

 __本来なら、彼は慣れない服装で大学に赴き、4年の学生生活で出会った仲間と別れを惜しみ、恩師に感謝を伝えていたことだろう。

 しかし、今年に入って新型コロナウイルスが大流行し、卒業式は中止になった。もちろん、こうなることを花岡藍伝は知っていた。


____未来を変えるということは想像以上に難しい。

 学生生活を2年生からやり直した藍伝は、そう思い知った。どんなに自分が以前と違う行動を取っても、それを妨げる何らかの事象が発生し、大筋の未来は変わらなかった。

 紙皿のサイズを入念に確認して注文しても、業者のミスと配達の遅れによって、同じ結果に行き着いた。

 世界はそういう風にできているのだ。小さな要素が変わっても、歴史の強制力とでも言うのだろうか、必ず何かしらの帳尻合わせによって整合性が保たれている。3年間のアドバンテージを持ってしても、藍伝は何ひとつ未来を変えることができなかった。

「まぁ、もう一回ゼミで活動できたのは単純に嬉しかったし……」

 言い訳まじりに、かつ自分を納得させるように呟いた。


 目の前のパソコンには、ブログにアップする記事が出来上がっていた。以前も同じ文章を書いたからか、すらすらと内容が浮かんだ。タイムスリップした3年前を懐かしく思いながら、彼は投稿ボタンを押す。

「いやぁ、まさかとは思うけどな。一応、起きとくか」

 以前タイムスリップしたのは寝てすぐだったはずだ。流石にそれと同じ行動を取る気にはなれず、そのままスマホを弄りだした藍伝。

 投稿した記事をSNSに共有しようとすると、エラー。やり直す。またエラー。何回やってもエラー。

「は? どうなっとるんマジで」

 文句を言いながら、スマホは諦めてパソコンに手を伸ばす。そうしようとしたとき____


「いい? なんか問題?」


__顔を上げると、そこは見慣れたゼミ室だった。



 藍伝は唖然とした。これはただのタイムスリップではなかった。ある期間を無限に繰り返す系だ、そう確信した。

 こういった話はアニメでも少なくない。ある期間を何度も何度も繰り返し、正解の未来にたどり着くまで抜け出せない。その繰り返しに周りは気付いていない。そんな感じだ。ただ__

「この手の話には必ず原因となる人物がいるはず……」

 何度も同じ期間をループするのは、その未来に満足していない人物がいるからだ。そいつが無意識にこの奇怪な現象を引き起こし、その未来を変えうる人物だけがループに巻き込まれる。そういった仕組みで正しいのであれば、

「誰だよ、このループの犯人は……」

 ゼミの初顔合わせがスタート地点に設定されている以上、ゼミ生の可能性が高い。というか、そうじゃなかったらお手上げだ。探しようがない。それにしても……

「なんで、選ばれちゃったかなぁ……」

 未来を変えうる人物に。2周目で、未来を変えることの難しさを思い知ったばっかりだ。藍伝は思わず頭を抱えた。

 そうこう思考をめぐらせている間に、ゼミ室のドアが開いた。すでに2周目で復習済みだが、このタイミングで、後の『2代目副ゼミ長』が入ってくる。そして彼女に続いて、後の『才能の無駄遣い野郎』が……

「____っ!」

 入ってくる直前、彼が藍伝に向かってウインクをしたことで、このループを引き起こした犯人が確定した。


 こうして、花岡藍伝のゼミ生活、3周目がスタートした。


続く

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