ナイフメイキング鋼材「D2」

私はとある鉄鋼関係のメーカーの工場の試験部門に勤めておりまして、それで鋼材についてもいくらか聞きかじってはいたのですが、ナイフ作りをはじめてから俄然鋼材やら鉄鋼の組織やらに興味が湧きまして、勉強に身が入っていくらか理解が進んだ、という経験がございました。

そこで、せっかくなのでナイフメイキングで使われる鋼材について、いくか解説めいたものをいたしたいと思います。
最初は私も何度か使ったことがあり、安価でポピュラーな鋼材の一つである
「D2」をとりあげます。

D2という鋼材は、「冷間工具鋼」と呼ばれる鋼材の一種で、プレスの金型の材料として使われる鋼材です。このD2がなぜ、ナイフの材料として使われるのか、考えて見ましょう。

D2の名称がアメリカの規格による名称だというのはどこかで聞いたことがあると思います。

また、日本の規格ではSKD11に相当する、という話も聞いたことがあるのではないでしょうか。

このふたつには何か違いがあるのでしょうか。
それぞれ規格に書かれている数値を見てみましょう。

      D2: C 1.4~1.6  Cr 11~13   Mo 0.7~1.2  V 0.5~1.1
SKD11: C 1.4~1.6     Cr 11~13   Mo 0.8~1.2  V 0.2~0.5
(単位は%)

主要な成分の規定を比較します。D2のほうがVの割合を若干多めに規定しているほかは成分の範囲はほとんど変わりません。このなかで特に性質に大きく関わる成分はCとCrです。この二つは規定する範囲が同じであるので、ほぼ同じものと見て差し支えありません。
また、実際にはこの範囲の中で様々な成分比で製品となりますので、D2なのかSKD11なのか、ということは考えなくてよいでしょう。

この成分からD2がどういう鋼材なのか、という事を考えるには、他の鋼材の成分と比べてみる必要があります。ただ一口に鉄鋼といってもたくさんあります。
そこで、D2の性質を見るうえで比較するのによい鋼材をいくつか見てみます。

まずはSK材です。成分の規定はCの割合を0.6から1.5までの間で細かく区切って規定しています。ほかにSi,Mn,P,Sの割合がいくつ以下、と規定されています。
Si,Mn,P,Sの規定は、悪影響の有る成分を一定の量以下にすることを保証するためのものです。
ですので、SK材というのは実質的には炭素の割合のみを規定した鋼材です。鋼材名は「炭素工具鋼」といいます。
炭素の多い順にSK1からSK7まであります。その名の通り、ヤスリやドリル、刃物やプレス型にも使われる、硬くて粘りのある丈夫な鋼材です。炭素の量を規定しているのは焼入れによって硬さを得られることを保証するためです。焼入れによって狙った硬さを得られるかどうかは第一に炭素の量で決まります。炭素が少なすぎたり、多すぎたりすると上手く焼きいれができません。ただし、SK材は200℃程度で簡単に焼きが戻ってしまうので、あまり温度の上がらない手工具くらいにしか現在は使われません。

次にSKS93です。成分の規定を見ると、Cが1.0~1.1、Mnが0.8~1.1、Crが0.2~0.6と規定されています。
SKS93の、MnやCrの割合の規定はSK材のSi,Mn,P,Sのいくつ以下、という規定とは違いこれだけの量入れなさい、という規定です。目的があって、わざと入れている成分なのです。
SKS93はSK材のひとつ、SK3にクロムとマンガンを加えた鋼材、といえます。
マンガンやクロムを入れているのは「焼入れ性」を良くするためです。
ここでいうマンガンやクロムのような、よい効果を狙って鉄に加える金属成分の事を「合金元素」といいます。
焼入れ性、というのは緩やかな冷却速度で硬くなる、という性質の事です。
ですので、油冷のようなゆっくりした冷やし方でも硬くなりますし、同じ冷却方法ならより内側まで硬くなります。そのような焼入れ性の向上をねらって合金元素を加えた鋼材がSKS93です。

では、そんなSKS93にさらに合金元素を多く加えるとどうなるでしょうか。
それが「SKS3」で、成分はC 0.9~1.0 Mn 0.9~1.2 Cr 0.5~1 W 0.5~1という規定です。
SKS93と比較するとクロムを増やし、さらにタングステンを加えています。
クロムやタングステンといった合金元素は、炭素と結びついて「炭化物」を作ります。この炭化物は焼入れした鋼の硬さとは比べ物にならない硬さを持っています。そのような炭化物が鋼材中にあると、耐摩耗性が良くなります。磨り減りにくくなるわけです。

では、さらにさらに合金元素を加えたらどうなるでしょうか。
そんな鋼材が「SKD11」やD2」です。D2の成分をもういちど見てみましょう。C 1.4~1.6 Cr 11~13 Mo 0.7~1.2, V 0.5~1.1
という規定です。クロムの割合がSKS3と比べて桁違いに大きいのが分かります。さらにほかの合金成分として、タングステンの代わりにモリブデンとバナジウムを加えています。
また、炭素の割合も増やしています。SKS3と合金元素の割合の合計を比べると、SKS3:D2=1.65:13.75で、約8.3倍もの割合です。
この大量に加えられた合金元素、とりわけクロムが劇的な役割を果たします。

SKS3には存在しない、巨大な炭化物を作るのです。この巨大な炭化物はSKS3で作られる炭化物よりもさらに硬い物質です。このとても硬くて大きい炭化物が表面に並ぶわけです。
このため、D2は他の鋼材に比べてきわめて高い耐磨耗性を持つわけです。

D2は冷間工具鋼の名のとおり、変形しにくい常温の鉄鋼を、プレス機などで押し付けて変形させて加工する、冷間鍛造の金型材料として使われ、強い力を繰り返し受けても変形や破断しない強靭さと、耐摩耗性をあわせ持った鋼材なのです。

まとめると、D2というのは十分な炭素量によって焼入れによる硬さと強靭さを、多量のクロムを主とした合金元素の添加によって得られる高い焼入れ性と、巨大で硬い炭化物による耐磨耗性をあわせ持った鋼材という事になります。

これらの性質はナイフを作るのに非常に都合のよい性質です。強い力を受けても曲がったり割れたりせず、何度も切っても歯が磨り減りにくく、高い焼入れ性のおかげで焼き入れ処理も容易、こういった性能もつことから、すぐれたナイフ鋼材として使われるのです。

今回はこのように、成分、とりわけ合金元素の割合から、D2の特徴を説明してみました。参考になれば幸いです。ありがとうございました。

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