稀代の二刀流・満票ならず(競馬界)クロフネ&アグネスデジタル

近年のスポーツ界は新型コロナウイルスの影響もあり、どこか乗り切れない雰囲気の中行われている印象があるが、そんななかMLBにおいて満票でのMVP受賞、最終的には11冠もの受賞をされた大谷翔平の活躍には目を見張るものがあった。

彼の投手とDHバッターとしての二刀流は、専門化の進む現状においてはベーブルースと比較されるような類のものではなく、容認した日ハムなどの環境や、何よりも彼の意思によるところが大きく、今後同じような存在が現れるかどうかすら疑問があるような特異な存在であることは間違いないだろう。

競馬界においてもこの年末、二刀流に挑む純白の異物がいる。
言わずもがな白毛の牝馬ソダシのチャンピオンズC挑戦であるが、父クロフネは誰もが知るダートの怪物であり、その適正が少しでも引き継がれていれば、新たな異質性として「万能の純白馬」と呼ばれるようになるのかもしれない。

父クロフネもNHKマイルを制した後のダートでの圧勝という経緯があり、ソダシは桜花賞後という違いはあれど同じような道を辿るのだろうか、楽しみなところである。

ここで競馬界における二刀流、ダートと芝の両立という歴史を見ていくと、ここに必ず語らねばならない異物、大いなる敬意をもって別の言い方をするなら稀代の変態・アグネスデジタルという存在がいる。

例えば・もしもという仮定は勝負の世界では禁句であるが、もしもクロフネとアグネスデジタルが違う時代にいたら……
と考えてしまう時がある。

JRAのダートG1はフェブラリーステークスとチャンピオンズカップの2つのみがあり、両レースともに古くは単なる重賞レースであったり距離やレース場が異なっていたりと、現在の形態になったのはここ10年でのことになる。

先日のエリザベス女王杯において「アカはアカでもアカイイト!」と言われた元ネタである「ベガはベガでもホクトベガ!!」のホクトベガは、その後まだG3だった札幌記念も制したうえでその本領たる地方重賞での9戦全勝や、これもまだ当時G2だったフェブラリーSを含むダート7連勝など、二刀流の元祖といってもいい存在だったが、はるかドバイの地で散ることになる。

その後フェブラリーSやジャパンカップダートの創設などでJRAにもダートG1が整備されていくことになるが、その歴史をもってして、JRAでのダート・芝のG1を両立して勝った競走馬は5頭しかいない。

一番近年でいうと安田記念(2018)とフェブラリーS(2020)を制したモズアスコットがいるが、その前にさかのぼると、こうしたダート路線が整備されたばかりの時代のクロフネやアグネスデジタル・イーグルカフェ・アドマイヤドンといった世代と10年ほどの間をあけることになる。

この時はダート開放黎明期ともいえる時代なこともあり、その後ここぞとばかりに砂の専門家が独占することになっていくため、二刀流はG1という冠を得るにあたってはなし難い夢の一つとなっていくわけだ。

アグネスデジタルが変態とまで言われる所以は、その実績の中でも特筆すべき天皇賞・秋での勝利がある。
その2001~2002までの

2001.9.19 船橋 日本テレビ盃 G3     ダ
   10.8 盛岡 マイルCS南部杯 GI  ダ
   10.28 東京 天皇賞(秋) GI       芝
   12.16 香港 香港C GI         芝
2002.2.17 東京 フェブラリーS GI       ダ

この過程すべてで勝利すること自体がすさまじいのだが、そもそもこの馬以外でこんなローテーションで走ろうとする馬が今後出ることはあるのだろうか??

この天皇賞秋では当時古馬中長距離を席巻していたテイエムオペラオーを下しており、香港Cという海外でも結果を出していることから、ダートと芝どちらかが上手い馬が、もう片方もそこそこ行ける、といった類ではなく、両方とも凄い、とまで言える競馬界の大谷翔平レベルとも言えるような実績を残した二刀流は、いまだにアグネスデジタル以外では存在していない。

さらに、この天皇賞秋への出走をめぐっては一つ下の世代のクロフネとの間に騒ぎがあった。
外国産馬の出走枠において、総賞金額での上下によりアグネスデジタルがクロフネのまえに割り込んだような形になり、人気が出てきていたクロフネをG3ダートの武蔵野Sに追いやることになってしまったのだ。

その当時のデジタルに対し「どうせ勝てやしないのに」と心無い中傷もあったようだが、まあ船橋でダート走って盛岡でダート走って東京の芝で天皇賞勝てると思うほうがどうかしてるので、結果を知らなければ俺だってそう言う。

そもそも芝G1はマイルCSを勝ってはいたものの、デジタルは2000mの芝を走ること自体が初めてだったのだから。(ダートでは2000mのジャパンDダービーを走っているが14着惨敗)
天皇賞秋では4番人気であったが、むしろよく買われたもんである。

結果としてアグネスデジタルは直線大外からの鬼足でオペラオーを差し切り「なんじゃこいつ」と変態性が認識され、
武蔵野Sで異次元の強さを見せつけG3でのスタンディングオベーションというツインターボばりの称賛を浴びるクロフネが生まれる。

その時秋の天皇賞にクロフネが出ていたらどうなったのか?クロフネは勝てたのか。もし好結果が出た場合、クロフネはその後ダートを走ったのか?
そうなると伝説の武蔵野SとJCダートでの連続レコードという歴史はなくなり、クロフネがダート最強と言われる歴史もなくなることになる。
何しろ、クロフネが走ったダートはその2戦だけなのだから。

最終的にクロフネは
芝でレコード2回ダートでレコード2回
アグネスデジタルは
芝でレコード2回ダートでレコード1回

稀代の二刀流は1回も直接対決をする機会はなく、クロフネは早々に引退し、デジタルは2003年安田記念で同じ二刀流のイーグルカフェなどに
格の違いを思い知らせた後引退。ちなみにこの時の東京1600m芝のレコード1:32.1は、10年前のオグリキャップの記録を久しぶりに更新するものだった。

その種牡馬としての対決では、先行したクロフネがご存じの通り数々の名馬を輩出し、アグネスデジタルは中堅程度の結果しか出せなかった。
ただ、そのクロフネも後継として期待されるような牡馬には恵まれておらず、2021年の1月に他界。
ダートやマイルを中心に活躍馬を多数輩出したフレンチデピュティからの系統も、牝系に名を残していくだけになっていくのかもしれない。
(※フレンチデピュティは29歳と高齢だが、いまだ社台SSで存命である)

同じ時代に生まれたアグネスデジタルとクロフネは、一瞬、秋の天皇賞という舞台への出演料を巡って目を合わせただけで、その世界は交わることなく
各々の戦場で数々の功績をあげることになる。ただでさえ珍しい二刀流が同時代に生まれ、直接対決をすることもなく、ダートという世界の認知を
変える中心的存在となっていった。この功績はホクトベガに勝るとも劣らないものだろう。

クロフネ産駒のソダシはその毛色からしてまさしく稀な存在ではあるが、クロフネ産駒ならダート走るのでは?という大きな分岐点を作ったのは、

ダート戦線開拓期、ほんの一瞬すれ違った葦毛の天馬と栗毛の変態の出会いだった。

白毛の牝馬の作り出す「稀代の」チャンピオンロードを、アグネスデジタルはどのように見守るのだろうか。
種牡馬引退後、十勝軽種馬農業協同組合にて同馬は存命中である。


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