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だらく対談記録No.57

この記事は、僕がインターネット上で見知らぬ人と対談した記録になります。

サムネの左が僕です。

ざっくりプロフィール


今回のお相手は、20代後半、国家資格持ち男性。

彼女持ち。

家族構成は、父、父方の祖母、母(故)、姉、弟。

新卒で入社後、転職を二回して今の仕事についた。


エピソード


母の自殺

小さい頃に母が自殺した。

すべては父親が原因で、父方の祖母もブースターとして機能していた。長男であり一家の大黒柱である私の息子はえらい、言うことを聞け、という感じの姑だった。

父も姑も、母に強く当たっていた。

金を稼いでいるのは父だし、姑は基本的にどんなに変なことを言っていっても「働いている人がえらいから」みたいな理由でいつも父の味方をするので、母は逃げ場がなかった。


いつの日からか、母は発作が出るようになった。

父が癇癪を起こした時、それに反応して「あなたはなんで〜さん家のあの子みたいにできないの」などと対談者を含めた子供のことを責めたり「あれをしなきゃこれをしなきゃ」と焦って常に動き続けるという感じになるのだった。


母が自殺したのはヨーロッパへの旅行中だった。

その時も、父が癇癪を起こし、母の発作が起こっていた。

その後、母はホテルの屋上から飛び降りた。


話は少し変わるが、父は日頃から他人には細かいルールを押し付けるくせに自分では守らず、自分がルールを守らなかった時には自己を正当化し怒るタイプの人間だった。

対談者が幼稚園に通っている頃、父が鍵を閉めずに家を出ていったので、対談者が鍵を閉めると、その十数分後に帰ってきて、ドアをガンガン叩いてわめきちらし「俺は郵便局に行っていただけなのに何で閉めるんだよ!」とキレていたらしい。不用心な自分のやったことは正当化し、彼がやった、そして父親が教えたであろう鍵を閉めるというルールを守ったことについては何も言わないのであった。


話を戻す。

母の自殺後、父は「お前のせいだ!」と姉を非難。

そこから姉は変貌し、夏休みにこの人に強制的にドリルを毎朝やらせる時間を作り、間違えるたびにビンタを一発お見舞いされるようになった。あの頃が一番死にたかったと言っていた。


彼が言うには、母が死んでも悲しくなかったのは、彼にはまだその頃には自我がなかったかららしい。実際のところはわからないけど。

身体が防衛本能としてその記憶を無くしているだけなのかもしれない。


彼がその頃に思っていたのは「こんな地獄みたいな環境に残されて辛い」だった。

姉は、母の死後、対談者への教育に力を入れ始めたと言ったが、父から責められたからなのかなんなのか、彼女は彼女で母の自殺に責任を感じていたのだろう。だから、その罪滅ぼしというか「私が母親の代わりをしなくてはならない」みたいな想いがあったのかもしれない。


でも、今の彼から言わせれば「俺が一番つらい」だった。

姉は当時、すでに成人しており、家を出られる状況にあった。実際、そのあとわりとすぐに家を出ていった。

当時の彼は「姉は家を出ていけるのに俺は出ていけない。クソみたいな父とその金魚の糞であるばあちゃんと俺は一緒に暮らさなくてはならない。だから辛い。どうしたらいいんだ」と思っていた。


彼は結局、安定した職業に就き自立し家族から離れるべく、国家資格を取ることにした。大学に通い国家試験を受け、合格した。

そして、家を出た。

実家で暮らしてはいたものの、もうその頃には、家の人とはほとんど話さなくなっていた。


人間関係

そして、関西で暮らしていた彼は、就職を機に、家族から逃げるために東京へ。

だが、人間関係がうまくいかなかった。

彼の人間関係のベースとなる基準は減点方式。どんどん減点されていくと、関わらなくなるか、心を一切開かなくなる。


その頃からようやく女と関わるようになったのだが、結果として「女は理屈が通じない奴が多い」という認知になった。

彼いわく40代を超えて独身の女は最悪で、大体「私は正しい」と思っているとのこと(※これは彼の偏見であり、僕の主観ではありません。女性の皆さん、怒らないで…ぷるぷる)。

男は話が通じるやつはそれなりにいるが、無能が多いのでストレスが溜まる。


女と話す時は、常にその対応によって自分が評価されているというのを忘れてはならないと言っていた。

明るく接すると女の評価はコロッと変わる。逆に事務的に接すると敵に回しやすいらしい。


個人的に面白いなと思ったのが「自分の意見があっても、味方がいなければ喧嘩はしない。ちゃんと味方を作った上で喧嘩する。味方がいないのに喧嘩をしても先が見えている」と言っていたところだった。


今の職場には年上の無能な上司がおり、その人が実家暮らしなのでそれを非難していた。ただ、そのあとすぐに撤回して「そういう生き方をしてきたから実家暮らしなのだ」と言っていた。

その上司は、適切な指示や判断ができず、またオペレーション的な問題の解決等もやろうとしないので、彼が「これはこうした方が良いですよね」と言うのだが、あれこれ理由をつけて取り合ってくれない。

「それを変えるのがめんどくさいから何もやらないようだ」と彼は言っていた。


彼は「お金をもらっている以上、その分の働きはするべきである」「みんながそれなりに幸せにやれるのが良い」と思っている。

なのでちゃんと業務をこなすべく動く。

だが、上司が協力的でないというところにストレスを感じる。

なので、完全に心をシャットアウトして、業務をこなす日々を送っている。


彼女

いつからかネットで知り合った彼女がいて、今もその子と交際している。

彼の減点方式採点に見事に合格し、ほとんどのマイナスが出なかったらしい。

なので、今はそれがそれなりに心の支えになっている。


僕視点でのまとめ

彼は、幼少期から続く家族環境の問題により、その後の人間関係の形成に問題が出ている。

まず、父親のジャイアニズム的な独裁があった。そして、それをブーストする祖母があった。

そして、母がその犠牲になった。

更に、母の犠牲の責任を、父が「姉のせいだ!」と言うことにより、姉に変な負い目を負わせた。結果として、それが弟である対談者に、ドリルの強要とミスったらビンタという暴力的な形で被害が及んだ。

そして、母の犠牲は、対談者の「女という生き物への理解」をも遠ざけることになる。学生時代の話は聞けなかったのだが、社会に出てから女への対応を学んだということなので、おそらく学生時代にもあまり女性との交流がなかったのだろうと思う。

そんなこんなで、他人への信用がまったくない。常に人を疑いながら、減点しながら生きている。故にストレスを感じやすく、それが生きづらさとなっている。家庭環境、親の呪いが足枷となっている。


だが、対談者は「理解されたい」という思いを抱えているので、「他人には期待していない」とは言いつつ、最終的には色んな人に対して自分の意見を強めに押し付けてしまうことが多い。

職場でそういうことが何度かあり、それにより「喧嘩するなら味方を普段から作っておかなければならない」というのを理解した。

仕事はちゃんとやるべきだと思っているので、仕事はそれなりにちゃんとやっているっぽく、人間関係も周りの評価をある程度は維持しながら立ち回ろうとするタイプなので、本人的にはそれなりにうまく立ち回れているらしい。

だが、やはり他人に対する期待が捨てられていないので、その期待が裏切られたと感じた時に、その反応が出てしまい、それを評価されて嫌われたりすることがある。


結局、こういうことをしているから、他人を値踏みしているというのがどこかで相手に伝わってしまうのだと思う。

そして、同時に、普段はそういう演技をしているというのが伝わってしまうので、それがわかってしまうともっと距離を取られてしまうのではないかと思う。

だから、うまく他人とつながれないのだ。

もっとも、彼は他人を見下しているので、そんなレベルの低いやつとは付き合いたくないと思っているから、そんなレベルの低い他人とつながる必要を感じていないのだが。


彼のいる地獄から脱出するためには、彼は何をしていけば良いのだろう。何ができるのだろう。

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