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だらく対談記録No.60〜前提〜

話し始めた時は、変わったノリの人だなと思った。

彼の声は明るくて、中性的な声だった。

イメージ的には、ライトなりゅうちぇるさんという感じ。


まず、歳を疑われた。

僕は「まぁどっちみち僕がホントのことを言ってるかどうかってのはわからないし、なんでもいいんじゃない?」

それでも彼は疑っていた。

なんでそんなに疑うのだろう。ネット上において何が本当かなんて情報にはあまり意味がないと思うのだけど、彼にとっては何やら重要らしい。


彼は「悩みはある?自分の話をするのと、話を聞くの、どっちがいい?」と言った。

僕は「悩みはないし、話を聞く方が好きかな」と返した。

「ボクも悩みないんだよね〜。ん〜…えー!なんだよー!こんな深夜2時に自分の話をしなきゃならないのかよー!」

僕は笑いながら「自分から言ったんだから早く話せやコラ」と言って、彼も笑った。


そして、彼はじぶんのことを話し始めた。


彼は18歳。

高校を卒業して、近くにある会社に就職をした。

そして、それと同時に一人暮らしをし始めた。


職場は、すごく運が良くて、お客さんが来た時いがいは、いつもみんなでおしゃべりをしているようなアットホームな職場。まいにち仕事をして疲れるけど人が良いから楽しい。

でも、一人暮らしは大変だ。ゴミを出したり、何かと自分で色々なことをやらなくてはいけない。


こないだ彼女と別れた。

理由は、彼女の邪魔をしたくなかったから。

その時、彼女に冷たい対応をされたこともあって、感情的になって色んな連絡先をぜんぶブロックした。

だけど、ひとつだけブロックし忘れてしまっていて、数日後にチャットで怒涛の質問攻めにあった。

結局、それに応答してしまって、ケンカのような感じになってしまった。

そんなこんなでケンカ別れをした。


大学の医学部に受かったけど学費が払えない状況になってしまって、そのまま高卒で働き始めた。



彼女の話の下りを聞いて、雲行きが怪しくなってきた。

こいつはいったい何を言っているのだろう。


気になったのでどんどん質問していった。

でも、話はずっと平行線で、確信的なところがわからないままフワフワとしていた。

こんなやりとりがあった。

彼「相手に迷惑をかけるのが嫌だから別れた」

僕「人間生きてたらみんな迷惑をかけて生きるんだし、みんな自己決定でやってるんだからいいんじゃねえの」

彼「あなたが言っていることはわかるけど、それは前提として当たり前の話で、ボクが言いたいのはちゃんと相手に思いやりを持たないとダメだってことなんですよ。長期的に考えないとダメ」

僕「へえ〜、僕なんかは目先のことしか考えてないけどな〜」

彼「それはザコですよ」

僕「じゃあ、君はザコじゃなくて強いってこと?」「長期的に考えると、自分を変えるという選択をせずに、感情的になって色んなSNSサイトでブロックするという選択を取るの?」

彼「感情的になってブロックしたけど、それは計画的に考えていたことだった。感情がキッカケなだけで結論はどちらにせよ同じだった」「彼女のためになると思ってやったことだからこれは良いことだ」


ちょっとムカついた。

言い訳したがりのクズ臭を感じたからだ。

だから僕はこう聞いた。

「感情的になってやったのならそれは場当たり的なものだから、先のことを考えたとは言えないのでは」

「本当に彼女のことを考えたのなら、自分が変わるという選択を取るべきだったんじゃないか」

「彼女の邪魔をしたくなかったってことは、何かしらあなたに悪いところがあったということだ。では、そのあなたの悪いところってのはなんなんだ」


彼はまた確信的なところを隠してこう言った。

「もし、余命があと数ヶ月しかなかったら、そうやって別れた方がいいと思いませんか」

ちょっと彼は怒っていた。声に力が入っていた。


僕はこう答えた。

「いや、そうだとしても、それが確実に彼女にとっていい選択かどうかはわからない。それがどういうシチュエーションかにもよる」

「そして、あなたの悪いところってのがそもそもなんなのかがわからないから、何とも言いようがない。結局、あなたが直せなかったことってのはなんなの」


彼はひと呼吸入れてから、しずかにこう答えた。

「あなたなら言っても大丈夫だと思うから言うけど、僕は余命があと数ヶ月なんです」



…なるほど、そういうことか。

医学部に受かって進学しなかったのは。

彼女と別れたのは。

就職をしたのは。

一人暮らしを始めたのは。

すべての理由は「数ヶ月後に死ぬから」だった。

そりゃあ、そんな「自分の悪いところ」なんて変えようがないよな。


彼の余命を知っているのは、彼と、彼の家族と、お医者さんだけだった。

彼女はもちろんのこと、友達も何も知らない。

彼が医学部に受かっていたことも、誰も知らない。余命宣告をされたから医学部の入学を辞退したことも知らない。



「誰かの重荷にはなりたくないんですよ」

彼はそう言った。

彼は、家族以外の誰にも伝えず、ひっそりと死ぬと決めたのだった。


だけど、まだやり残したことはある。

就職して働くこと。

一人暮らしをすること。


「死ぬ時に向けて準備を進めている最中なんです」

これから、やりのこしを減らしていくんだね。


彼は、こないだもその通話アプリで話していたのだが、あるJKが「もし余命が後一年だったらどうするー?」と言ってキャッキャっと笑っていた。

「どうしようもない怒りがこみ上げてきて本気でぶんなぐってやりたいと思った」

彼はそう言った。

そりゃそうだよな、自分はあと数ヶ月で死ぬって言われて悩んでるんだもんな。


世界には色んな前提を持った人がいる。

この先もしばらく生きていくという前提を持っている人は、あと少しで死んでしまう人に対して、何気ない一言を発して深く傷つけてしまうのだ。


彼は、みんなの迷惑にならないように、自分のやり残しがないように、死ぬ準備を整えていた。

クズ臭がしたなんて言ったけど、そんなのはとんでもなくて、彼はとても思いやりのある人だったのだ。



※ ここから先は僕の話が多くて恥ずかしいので有料です。有料部分を読まなくても十分に死について考えられるような構成にしたつもりなので、買わなくていいです。ただ、僕はこれを書きたいけど、無料で全体に公開するのが普通に恥ずかしいとだけです。



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