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そのサービス、お値段異常

「なーんか、いい事ないかな」

そうつぶやきながら雑誌のページを開く午後。必ず目に入ってくるのは占い文だ。信じているかと聞かれたなら、信じていないと答える。なにやら、星の位置とかで運勢が決められるらしい。正直なところ、良いとは思っていない。そのよく分からない根拠で、自分の事を決められるなんて耐えられないのだ。別の言い方をすると、そこまで興味がないと言うのが正しい。なんて思いながらも、読んでしまうのが巻末の星占い。良い結果も悪い結果もおおざっぱに読み流し、表紙を閉じる。その瞬間には忘却の彼方なのだ。

そうは言っても、占いは女性に人気。私の友人にも占い好きが多い。
心が弱っていたり、決断に自信が持てなかったりと大きなストレスがかかった時、占いは乗り越える為の助言を呈してくれる。
信憑性は低いものの、巧みなレトリックでまだ気づいていない自己の可能性を示してくれる。自分の事を探り、深く知りたいと思う気持ちを落ち着かせる手助けになっているのだ。科学や論理で癒せない心に適した言葉を選んでくれる。それが占いなんだろう。当たるか当たらないかではない。そういう使い方をすると、とても役に立つもの。

今のところ、これといった悩みやストレスがない私が言うのは変だが、信じて健やかな気持ちになれるならとても良い事だ。占いが好きな人たちを見ているといつもそう思う。じゃあ、と言っては何だが一度くらい体験してみてはどうか。食わず嫌いして視野が狭くなるのはもったいない。誌面の星占いだけでなく、本格的に占ってもらおう。突然好奇心が沸いた私は、前向きになれると名高い占い師の下へ行ってみた。

時間は30分で料金は3000円。30分とは長いのか短いのか、手頃な料金なのかそうでないのか、まるで分からない。なんだか胸がドキドキする。だけどちょっと恐々ともしている。透けたカーテンを開くと、50歳くらいの女性が私を迎えてくれた。その女性の占いはタロットカードで行う手法だ。
渡された紙に名前と誕生日を書くと、ニヤリとする占い師。どんな風に私が見えているのだろうか。

星のお告げとは


「特に悩みとかないんですけど来ました、へへ」

実は前もって信じるタイプではないと伝えている。興味本位で占いへやって来る客もいるのだろう。私のような面白半分で来てしまう人間に慣れているようだ。占い師は、二律背反で座る私を和かに見つめる

「何を知りたいですか?」
「ええと、将来の運勢についてですかね」

そりゃそうだろう。不慣れな人間の言う事はどこか可笑しい。するとリズムよくカードを混ぜる。その手元から一枚のカードが飛び出してきた。このカードが私の将来を握る。

「運命のカード、星が出ています。これはあなたが強い意志を持ち成功の道へ進んでいる事を示しています」
「ほ、ほおー、星」

占われる客として、適切なリアクションを取れたのかどうか、気になってしょうがない。

「何をやってもうまく。だからやりたい事があるならばやるといい」
「何をやってもですか」

上手くいくそうだ。もの凄い強運だそうだ。占い師は強い口調で何度も言う。初っ端から思わぬ好結果に気分が良い。それはとても嬉しいのだが、やりたい事って何だろう。やりたい事は大体やっている気がする。もっと、欲張ってもいいのだろうか。そもそも、やりたい事が占い師に占ってもらう事だったので、今ここにいる。他にやりたい事?何?頭の中で駆け巡らせるも、特にない。せっかく何もかも上手く行くって言うのに、ない。ただ言えるのは、驚くほど信じている自分がここに居ることだ。

何もかも



「他に聞きたい事はありますか」

時間は10分と経っておらず、残りあと20分もある。初めての本格的な占いに、何を聞いていいのか分からない。つい最近まで興味がなかったものだから、聞きたい事がない。ないのだ。完全に準備不足である。だからと言って、終わりにするなんて勿体ない。ええと、ええととモジモジしている私。そんな姿にじれったく思ったのか、占い師は口を開く。

「私には2億円の借金がある。でも普通に生きてる」

なにナニNani、何の話しだ。唐突すぎやしないか。予想だにしない話しに呆気に取られるも、その金額にたじろいだ。何だか、ただものではないオーラを纏いだし始めるではないか。私は奮い立った。

「だからやりたい事をやりなさい」

それはない。まったく思いつかない。だが、聞いた途端に勇気がみなぎり、何か大きな事をしでかしたい、そんな強気に気分になった。一介の主婦である私にはまるでスケールが違う話し。それも借金。だけどそれって、星がそう言っている訳ではないだろう。カードの結果とは何も関係がないだろう。占い師の個人的なエピソードだろう。でもそれで、後ろ向きでも前向きでもない斜め向きな私をクイッと45度、まっすぐ前を向かせている訳だ。効き目抜群のウラ話ではないか。いやちょと待てよ。自分よりも不幸な人を目の前にして励まされてないか?自分に問う。そんなので前向きになってしまって、何だか悪い。奥の手を使った易者だが、ふにゃふにゃしてハリのない客を、弛みなくポジティブにしているという事だけは確かだ。何というサービス精神。何というおもてなし。朗らかにたたずむ姿を見ては、めいっぱい微笑みかえす。私たちは何度も、微笑んでは微笑み返す。そうやって時は過ぎた。短いひと時だったが気分は高揚し、満足感に浸りながら思う。どんなに当たる占いだって、リアルな話しには勝てないのだ。星のお告げではない生身の人間から放たれる事実は、強烈に私を元気付けてくれた。客人に尽くす占い師のリップサービスは、間違いなくプロフェッショナル。私は足取りご機嫌で店を後にする。

私たち世代は、日々の生活に追われ毎日がつまらないと感じやすい。だからつい「なんかいい事ないかな」をぼやいてしまう。そんな時は、いつもと違う場所へ行ってみるといい。そこを探せば大抵、いい事があるものなのだ。


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