おのれの醜さを他者になすりつけないでくれ【ザ ホエール】♯089
【ストーリー】
オンライン授業のエッセイ講師をしながら、
家で毎日を過ごしているチャーリー。
肥満症で鯨みたいな巨漢のオジサンだ。
彼は看護師のリズの助けなしでは生活もままならない。
ある日、異常な血圧に気が付いたリズは、
病院へ行くことを強く勧める。しかしそれを拒否するチャーリー。
死期が迫っていると知ったチャーリーは疎遠となっていた
娘のエリーに連絡をする。
父の元へやってきたがエリーだが、
彼女は激しい怒りに満ちていた。
【解説というか、レビューというか】
ちょいネタバレします
チャーリーと、彼の家に訪れる人々との交流を描いた会話劇。
この映画、結構好きですよー。
ホエールって鯨ですね。内容が文学ちっくだなーと思ってたら、
アメリカ文学の『白鯨』をメタファーにした作品だそう。
主にチャーリーの家の中だけで起こる会話で物語は進みます。
死が迫った彼を助けようとする看護師のリズや
信仰で救おうとするトーマス。
死期が迫っているのに病院へ行こうとしない、
チャーリーを心配しています。
彼らは終始、何とかしてあげたいと言っているが、
実はそうでもない。
リズとトーマスはなんで、
醜いチャーリーの家へ何度もやって来てくるのか。
彼らは何かに傷ついていて、自分がどこへ行ってどう生きたら いいのか分からないでいる。
人を助ける事で自分が救われるとして、
無意識に行動しているんだとわかってくる。
だって何より、チャーリーは助けを求めていない。
リズやトーマスみたいに、人はみんな偽善的な行いを
するもんだと思います。
そして、自分を捨てた父親への恨みをはらす為に、
娘のエリーもやって来ます。
チャーリーは、父親としての愛情を捧げることができなかった償い
として、全力で娘の復讐を受け入れていきます。
海のように広い心を持っているチャーリー。
彼は過去、何かを失ったショックで
大きな身体になってしまった。
ついでに後から、エリーの母も金銭的な救済を
求めてやって来る。何故みんなして助けを求めてここへ来るのか。
みんなチャーリーに、暗くて醜い部分を見せに来ているのです。
というよりぶつけているんですね。
救われたいのに助けたいと言う人、
愛されたいのに恨む人。
人の歪んだ心の部分を、歪んだ食欲の人に吐き出しにきてる。
醜いのは彼らなんです。
それぞれの複雑なこころ模様がはっきり見えます。
読んだ事ないけれど、読み解くのが非常に
難しいと言われる『白鯨』みたいに、
人って難解。
エッセイの講師であるチャーリーは、
エリーが幼い頃に『白鯨』について書いた
感想文を褒め称えます。
上手く書こうとしていない、読み手に媚びてもいない
思いついたままの書き殴ったような文。
チャーリーはそれが最高の自分なんだとエリーに教えます。
父として先生として。
世の中なんて綺麗事ばかりじゃ回らないもの。
綺麗に整えられた、誰かに媚びた物語りはもうたくさんなんです。
おや、これってもしかして作り手の心の声なんだろうか。
つい深読みしちゃう。
人間はある部分では美しいし、ある部分は醜いもん。
綺麗な文章だけじゃ物語れない経験がドラマを作るんだ。
脚本にしても何にしても、
私たちはなんでも綺麗に作ろうとし過ぎているのかもしれない。
なーーんて思う、泥くさい映画なのでした。
【シネマメモ】
ダーレン・アロノフスキーは
『ブラックスワン』や『レスラー』がなど、
濃ゆーーーい演技を役者にさせる映画監督。
この監督の作風を知っていても、
衝撃的な役者の体型にはびっくり。
しかもブレンダン・フレイザーをこんなにさせちゃってまあ、、
お陰でアカデミー賞ものの演技です。
ブレンダンの狂気をはらんだ表情は、もはや顔芸。
顔芸で言ったら、同じくアカデミー賞にノミネートされた
インニシェリン島の精霊のコリン・ファレルが思い出される。
彼の顔芸も秀逸でしたが、賞レースの勝者ブレンダンの
顔芸には及ばなかったのも納得。
正直、それ見たさに劇場へ走ったのだけど
ブレンダンや他の役者陣の演技は強烈で壮絶でした。
いやはや、
最終的に力業で泣かされたって感じ。
✳︎合わせてみたい映画
『白鯨』
1956年の作品
『ギルバートグレイプ』
『たかが世界の終わり』