LiD/APDの自覚

聞き取り困難(Listening difficulties, LiD)あるいは聴覚情報処理障害(APD)だろうという話をする。

以前調べた頃にはAPDが主要な表現であり、自分もAPDの方で認識していた。ただ、最近ではLiDが用いられ、ただし邦訳は定着していないとのことである。
小渕千絵(2023). Listening difficulties(LiD)の評価とその課題
は後で中身を読むとして、先に個人的エピソードを整理していく。

幼少期、中耳炎を多発していた。そのためかどうかは検証しようがないが、聞き返しが多く嫌われた記憶がある。
APDは聴力に問題がないという条件が付くわけだが、今後発達過程について研究が進めば幼少期の要因が上がるかもしれないので記しておく。
反対に、発達障害の特性の1つとして(恐らくは情報処理の問題として)捉えられていくのなら、幼少期の聴力は関係がないだろう。

成長と共に耳に問題を抱えることはなくなり、聞こえに問題も感じていなかったが、空耳は多かったように思う。

成人期、業務の指示が聞き取れず、聞き返してもなお日本語としては認識ができない状況に陥る。恐らく相手の滑舌も悪い方だったのだろうが、他の人は聞き取れるらしいのに、自分は全く聞き取れないし理解できず、酷く苦しい業務となった。
別の経験でもインカムを使う場合などは聞き取りにくかった。

カクテルパーティー効果が働かないらしく、賑やかな店では聞き取れない、ヘアサロンのドライヤー中も聞き取れない。しかしながら、相手は平然と話しかけてくるのである。
周囲に騒音がある場所での業務を避けるようにした。

APDとは別の特性の問題かもしれないが、文字を黙諾したり考え事をする際に、それらが脳内で音声として聞こえるのである。この文章も脳内で聞こえた音声を打ち込んでいる、セルフ口述筆記とでも呼ぶべき状態で生成されている。

比較的静かなオフィスであっても、隣席の電話の声などは耳に入る。そして、こちらの思考を妨害してくる。自分の思考を聞き取りたいのに、全く違う話題が割り込んでくるのである。
時に耳栓を使用するが、痒みが出て続かない。イヤーマフは目立つのが気になるが、検討中である。

聞き取りの難しさに悩み始めたのは5年以上前のことだ。感音性難聴という単語も見つけたが、しっくり来るのは聴覚情報処理障害の方だった。
今のところ治療してどうなるものでもなく、検査などは諦めた。

聞き取りの困難に気づいたのが成人期なのは何故か。APDで検索すると、授業の聞き取りで気付く例もありそうだ。
自分の場合、教科書や板書と照らし合わせることで自然と補完していたのではないかと思う。

英語のリスニングは苦手ではなかった。基本的に静かな環境で試験が行われること、明瞭な音声が流れることに加えて、集中して聞こうという意思がある状態だからだ。
聞き取れないものを常に補って生きているので、寧ろ有利でさえあるかもしれない。ランダムな単語レベルのディクテーションを要求されると困難だろうが、ある程度の長さの聞き取り問題であれば、前後からの推測はしやすい。

対して、いきなり話しかけられると日本語であっても全くわからないことがある。「◯◯やった?」などと短いセンテンスで終わられると推測の余地がないのである。
話しかけられた直後は、こちらが聞き取りへの集中体制を構築できていないため、特に弱いのである。

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