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ハッピーエンドに憧れて

オレンジ色に染まった教室で、私=陽向は外の景色を眺めていた。本当は、陽向が座っている席から正面を見ても客席しかない。
でも陽向の目には、暮れゆく空が見えている。

そして陽向の隣には、女子=愛菜が座っていた。
パッチリとした大きな目がチャーミング。
それでいて目元のホクロ、銀縁のメガネが大人びた雰囲気を醸し出している。
まったく…いい女だぜ。

愛菜は陽向の幼なじみである。
劇を通して、陽向が愛菜に気があることは明確に描写されているものの、愛菜が陽向を好きかどうかは直接描写されていない。

…まあ、好きなんだろうね。
いや、絶対好きだね。分かるよボクには。うん。

さて、シーン6の説明に戻ろう。
このシーンは、舞台のラストを飾るシーン。
かれこれ50分近くのゴタゴタしたシーンを経て描かれる、この劇で最も重要な場面である。
まあ、経緯の説明が面倒なのでザッとした状況の説明を。

愛菜さんが今まで悩んでたことを
何気なくに陽向くんに伝える。

陽向くんが、今までのシーンを踏まえた、気の利いたセリフを言う。

愛菜さんの悩みが少しは解決する。

なんかいい雰囲気←今ここ。

つまり私=陽向は愛菜とのいい雰囲気を楽しんでいるということだ。
彼女いない歴=年齢の私にとっては夢のような時間だ。

思えば長い60分間だった。陽向は主役に近い役だから、劇の始めの緞帳が上がる時から舞台上に立っていた。
セリフだっていちばん多い。
客席に向かって、好きな女子のタイプを熱弁するセリフなんて台本の半ページを占めていた。
なかなかにクレイジーだぜ。
こんなに頑張ったんだから、カワイイ女子と素敵な雰囲気を楽しんでもバチ当たらんでしょ。

そんなことを考えているうちに、
流れていた青春っぽい音楽が間奏に入って、音量が下げられ始めた。
いよいよ緞帳が降りる時だ。
舞台の奥から照らされるオレンジ色の照明。
その光が、2人の影を映している。
なんと美しい終演だろう。
陽向はまた、外の景色を眺める。


………?
何やら様子がおかしい。
やけに時間が長く感じる。

…やっぱり変だ。

この後ってセリフあったかな。
ないと思うけど…。

…………………………………………。


そうか…緞帳が降りねぇ!


今更ながら緞帳について説明すると、劇の初めに上がり、劇の終わりに降りる、大きなカーテンのようなものだ。
舞台袖に緞帳を上げ下げするスイッチがあり、基本的には会場スタッフさんが操作することになっている。
そのタイミングについては、リハーサルの際に確認しているはずだ。

その緞帳が降りないということは、劇が終わらないということ。
今の状況を端的に表すと「マジでヤバい」。

ほら、愛菜ちゃんも戸惑ってるもん!
こっち見ないで愛菜ちゃん!
俺どうにも出来ん。

あまりの違和感に客席がザワザワし始めた。
私=陽向は冷や汗を書きながら、机を見つめることしか出来ない。
間違っても外の景色=客席を眺めることは許されない。気まずいから。

ここで私はあることに気づく。
この状況で俺に出来ることなくね?


………………………………………………。



ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙
誰か助けてぇぇぇぇえええええ
こんなの初めてなんですぅぅぅぅ!
意味わからないって!
気まずいって!胃がストレスでクロックスみたいになるって!!
あっ…ちなみに言い忘れてましたが、ボク3年生です。やっと主役になれたんです。

はぁぁぁぁぁぁぁぁあああ?
何この終わり方…。



あー終わったわ…。


どうか…
わたしにハッピーエンドを。

[完]

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