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桃太郎リマスター 供養の第七回    出雲

素戔嗚命が倒した八岐大蛇(やまたのおろち)を切り刻んでいる時に、その尾の部分で硬いものに当たり、十拳の剣(とつかのけん)の刃がこぼれてしまいます。その部分を調べると出て来たのが天叢雲剣という訳です。この剣には雲を呼び雨を降らせるという言い伝えがあります。また、十拳の剣を欠けさせたので、十拳の剣が青銅製で天叢雲剣は鋼鉄製という説もあります。真偽の程は分かりませんが、令和に入っての今上天皇ご即位関連行事で、天叢雲剣が持ち出されるような場合には必ずその後雨になっているんですよね・・・・

もっとも、今の天叢雲剣は、壇ノ浦で紛失した後に作られたレプリカと言う考えもあって、全くのところ真実は分かりません。

さて、「桃太郎伝説」について真面目に調べたことがある人や、岡山まで出かけて史跡を見て回った人の中には、桃太郎の原典といったら「温羅伝説」なのに、いつまで大和の内乱や丹波攻略の物語をやっているのか、とイライラしていた人もいるでしょう。

というわけで、今回はようやくにして温羅が登場します。でも、それも出雲関連の話として登場します。いやいや、温羅といったら吉備でしょう、と思っても慌てないで下さい。もう少しですから。

温羅伝説は江戸時代まではそれなりに知られた物語だったようです。調べてみると、異形の人や異国人などを差別的に「鬼」と呼んだことから「鬼→温羅(おんら)」という説や、異国人の名前に字を当てたという説などがあるようです。

ただ、「おんら」という名前が渡来人としては珍しく、どこの人間かは不明です。

温羅(おんら)には王丹(おうに)という弟がいたことも伝承されています。「おうに」と聞いた時にインスピレーションが湧きました。「トーニオ」が「おうに」と聞こえたのではないか、と。ラテン風の名前?と更に考えを進めると「オーラ」はどうでしょう。

「オーランド」と「アントーニオ」の兄弟だったら?

この時代のヨーロッパは分裂前のローマ帝国。・・・・・という具合に想像が膨らんでいきます。

さて、今日の第7章は昨日よりも短いです。

七、出雲

与謝の森に消えたクガ王の行方は杳として知れぬままであった――当然、誰もクガ王の最期は知らないのだから。
それがイサセリヒコ(五十狭芹彦)には不満であった。画竜点睛を欠くとはまさにこのことだ、と彼は考えていた。丹波の民を大和に心服させるには、クガ王を討ち取ったという事実があった方が良かったはずだ。
由良川において、戦わずして敵軍を霧散霧消させるという壮挙の後に、一同は舞鶴で会した。
イサセリヒコ(五十狭芹彦)にワカタケル(稚武彦)の播磨勢、イマスの王(彦坐王)とタタスヒコの大和勢、そしてヨモロヅミコト(世毛呂須命)とイリネの出雲勢と言う面々であった。
祝勝の宴が開かれ、大和勢は協力してくれた出雲勢をねぎらったのだ。
一通りの交歓の言葉などが交わされた後、宴の場を後にしてイサセリヒコ(五十狭芹彦)とヨモロヅミコト(世毛呂須命)は二人だけで話し合っていた。
「この見事な勝利は軍略の見事さのせいであろうな。イサセリヒコ(五十狭芹彦)殿の働きによるものと言っても良いだろう」とヨモロヅミコト(世毛呂須命)は彼を讃えた。
「滅相もござらん。出雲のご助力があったればこそ。
もちろん、天と人にも恵まれた結果です。
それに何と申しましても、クガ王の所業に対する報いでもありましょう」
「まさにそれ。人にも見放されたなぁ。
政を司る者として、考えさせられることが多い戦でもあった」
イサセリヒコ(五十狭芹彦)はその言葉を受けて答えた。
「ただ、クガ王に弁解の余地があるとするならば、自らの方術に頼りすぎていたということですかな。
この力さえあれば、丹波の住人は悉く従わざるを得ず、もしも外敵が来たとしてもたちどころに退散させられる、と」
「過分な力は誤った方策を正当化させるということじゃな」とはヨモロヅミコト(世毛呂須命)。そういう彼はこの度の戦で天叢雲剣の偉大な力を知った訳である。
「スサノオノミコト(素戔嗚尊)より伝わりし神剣の力をクガ王は知らなかった。それが誤りでしょう」
「いや」とヨモロヅミコト(世毛呂須命)は遮った「丹波の住民がクガ王の統治に心服していれば、たとえ術が敗れても、我らが簡単に勝てたかどうか。
此度の戦でわしも天叢雲剣の力の一端を知ったわけだが、同じ轍を踏まぬようにわし自身も子供にも、強く戒めておかなければならん」
「イリネ様の戦いぶりや、その勇敢さ・聡明さ、国主様と共に出雲を治めていくには相応しきものと感じました。今後も出雲は安泰ですな」
「大和のタタスヒコ様の戦いっぷりも見事でしたな。クガ王の祈祷所だった大江山襲撃など大胆不敵にして、この一連の戦いの中でも特筆すべきものだった。大和におわす王子達も立派な方々が多いそうで、将来は安心じゃな。
出雲の将来と言われたが、こちらは心配の種ばかり。悩みは尽きぬ。祖先を祭る信心も今ではすっかり忘れ去られつつある。天叢雲剣に対する畏敬の念なども持ち合わせる人は少なくなる一方じゃ」
「そうおっしゃられるが、スサノオノミコト(素戔嗚尊)から伝わり、大国主神以来代々が受け継いだ神剣です。今なおその強大なる力をお示ししたばかりではありませんか。
聞くところでは出雲の方々は祖先を大切にして、その霊を敬い奉り申し上げているとか。ヨモロヅミコト(世毛呂須命)様を始めとした為政者によって、国も住民の暮らしも繁栄に導かれていると聞きます。まさしく安寧の地を地上に実現されているのが出雲なのではないですか。
大和も手本としなければなりません」
「さてさて、それは褒めすぎじゃ。
住民達が心を一つとして祖先の神々を敬い、我ら統率者に敬服しているのか、最近では疑問を抱くようになったと言った方が良い。
天叢雲剣の力を目の当たりにした今となれば、これは我らには過分な力であるかも知れないと言う気がしてきた。
そう、わしにも息子にも偉大な祖先からの歴史や宝なんて言うものは、ちと荷が勝ち過ぎる。
思い切ったやり方での対処が必要になっても、結果の辛さを考えると何もしないで手をこまねいてしまう。
特に肉親に対する処断は、情が邪魔をするものじゃて」
そう言ったヨモロヅミコト(世毛呂須命)の顔は悲しみと苦渋に曇りながら、諦めのような心情も読み取ることが出来た。
大きくため息をつくと、出雲の国主は自分の治める国の問題を語り始めた。

丁度十年前に、異国から出雲に漂着した者達があった。
彼らは見るからに大八洲の住人や大陸の住人とは違う風体をしていたが、出雲では外見や風習で彼らを差別することはなかった。地元の住民がこぞって彼らを助けたのだ。
彼らが落ち着くと、行く当てもないということで、国主の方から新しい耕作地や住居をあてがうことにした。
彼らは出雲の言葉や習慣もよく覚え、数年のうちには地元の住人とも溶け込んだように見えた。それと同時に田畑からの収穫も安定するようになった。
だが次に彼らがしたことは、出雲へ新しい技術や知識を伝搬することではなく、新たな神の布教であった。
「ミトラ?」とイサセリヒコ(五十狭芹彦)は初めて聞く神の名を確認した。
「そうじゃ。大秦国と大陸では呼ばれていたそうだが、ローマという国の神だそうだ。
大陸より遙か西の国だそうだ。
戦いに勝つことで悪を滅ぼし、地上に正義をもたらす神なのだそうじゃ」
「それは結構な神ですな」
「まぁ、そうだな。
生け贄の儀式にしても、人を犠牲にする訳でもないし、奴らの近隣だけで信じる分には構わないと思っておった。
ところが、フリネの奴がいつの間にか信者になってしまってな」
出雲フリネはイリネの兄である。
「フリネだけが信者になったのならまだしも、あやつの取り巻きや兵士までもが入信してしまった。
悪を倒して勝利する神を信じる、と言うことは、言い換えれば勝てば相手を悪と見做すことができると言うことだ。
先祖伝来の神々を信じる必要もない。それはスサノオノミコト(素戔嗚尊)に始まり、大国主神から連なる国治めの事績を否定することにもなりかねない。先祖を祭ることも否定し、これからの国を治める中心となる者のあり方にも異議を宣言しているようなものだ。
しかも、その信仰がフリネを中心に蔓延りだしている。これは憂うべき事じゃ」
厄介なことだ、とイサセリヒコ(五十狭芹彦)も思った。多くの神々が国づくりにおいては生み出された。そうした八百万の神々は同じ世界に共存しているはずだった。どのような信仰を持とうと、それは他の祖先神をないがしろにするものではないはずだった。
しかし、異質な神がいる。いや、異質な神ではなく、その信仰を利用して今の自分に都合の悪い現状を打破しようという者がいるだけか・・・・・
「わしはフリネを取り除きたい。廃嫡したいのだ」
ヨモロヅミコト(世毛呂須命)の言葉にイサセリヒコ(五十狭芹彦)はハッとした。
「出雲に残さなくてはならないものは、スサノオノミコト(素戔嗚尊)を祖とする大国主神への信仰である。出雲の住民はスサノオノミコト(素戔嗚尊)を祖として、大国主神に連なる民なのじゃ。何を信仰で争う必要があろうか。誰も他人の信心に異を唱える者などいなかったのだから。
しかし、ミトラ教の信者は違うのだ。正義という得体の知れないものを楯に他者と争い、勝利を求める。だが、誰に正義が分かるであろうか。
フリネが勢力を増せば、イリネと争うことになり、信仰の争いになってしまうであろう。そういう芽は早いうちに摘んでおかねば」
「それはイリネ殿とフリネ殿の両者で話し合えば、何とかなるのではないですか」
「既にそのような段階は過ぎた。
彼らは武装集団と化し、自分達の耕作地を国主の支配の及ばぬ領土としようとしている。その彼らの言う領内で秘密の儀式を行い、出雲の信仰と統治に対抗しようとしている。
密儀を共有することで、集団の内部での結束を高めているのじゃ。
フリネはその領地の保護者として崇められながら、彼らに利用されているのだ。
しかも領地内の住民は全員が兵として武器を渡され、兵としての訓練を日常的に課されている。そうしたやり方も儀式に含まれているようなのだ。
我らが出雲に凱旋すれば、兵は役目を解かれて、それぞれの耕作地に戻っていく。そうしなければ収穫に影響してしまうからだ。
出雲で政を行う社殿に常に勤めている兵は百名ほど。しかし、フリネの領地の住民は直ぐにも武装すれば全員が兵になる。その数は常時五百以上。
凱旋して帰国した時しか機会はない。
徴発した兵を解散してしまうと、逆にフリネが出雲最大の勢力になってしまう」
「しかし、彼らは武装兵とは違いますな」
「徴発した武装兵を抱えておれば彼らを養う兵糧が必要になるが、あいつらは自給自足の兵なのじゃ」
「潜在的に敵対する武装集団を抱え込んでいるようなものですな」
「彼らはまだ反乱を起こすまでには意思統一されておらぬ。この兵を引き上げて解散する前に事を決する必要がある」
「内乱になりますぞ」
「それは厳に慎みたい。出雲の住民の苦しみとなるような手段は取りたくない」
「そうなると取れる手段は限られますな」
放ってはおけないと思いつつ、イサセリヒコ(五十狭芹彦)にはためらいもあった。
それに、よくよく考えてみれば、彼がどこまで関わって良い事なのか。
あの大王がどう思うかも考慮しておかなくてはならない。
「フリネ様の身柄を拘束し、後継者をイリネ様と正式に宣言する。一気に教団の領地を包囲して教団を解散に追い込む。
こう話してしまうと、必ずしも我らが関わる必要もありません。兵を解散させる前ならば、国主様の御一存でも可能ななさりようですぞ」
「いや、わし自らの手で元嫡男を拉致・拘束など決断できるものではない。そのような計画に親であれば関わりたくないものだ。計画を自ら巡らせれば、親子の情で目が曇り、穴だらけの計画になってしまうだろう。
信頼できる人間に代わりの指揮を執って欲しいのだ。
わしの目に狂いがなければ、イサセリヒコ(五十狭芹彦)殿こそ信頼に足る御方じゃ。あなたにならば全てをお任せできる」
そうまで出雲国主に言われては、引き受けない訳にはいかない。そうでなくても丹波攻めで大和は出雲に大きな借りがあるのだ。
「大王の許可」待ちという条件でイサセリヒコ(五十狭芹彦)は了承した。
「この案件でフリネの身を確保するにしても最大の障害はローマ兵の兄弟となる。二人は温羅(おんら)と王丹(おうに)と名乗っているが、代わる代わるフリネの護衛に当たっており、フリネが一人だけになる時間というのがない。
それだけ奴らにとってフリネが貴重な手駒だと分かっているのじゃな。
警護の時に二人が纏っているローマ式の鎧とか言うものは、分厚い鋼鉄で出来ており、とても出雲の剣では歯が立たぬ。それに奴らの重たい剣の攻撃は出雲や大和の兵の防具ではとても防ぐことが出来ぬであろう」
「そのような鎧や武器では長い時間は過ごせないのでは?」
「いや、奴らの体格は、我々からすると並外れて巨大で、彼らの肉体であるならば、あの武具も身体の一部のごとしじゃ。どちらの男も一日は完全武装で動き続けられる」
・・・・・・これは難題だ、とイサセリヒコ(五十狭芹彦)も思った。
「温羅と王丹ですか・・・・策を講ずる必要がありますな」

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