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伊予柑日記 聖性と聖職者

(※これは2023年10月のログです)


ぷろおごの聖性

大枠でまとめると、今後3年のぷろおごの人生として以下の2ルートがある。
・ソロプでいく
・チームプレイでいく

ソロプでいく場合

善行プレイはかなりリスクがある。人間枠から聖者枠にいってしまう。最近の傾向から聖者傾向が強まっており、このままではいつか聖者になる。ソロで聖者になると人間関係を破棄することになるため、まともな生存が厳しくなる。

チームプレイでいく場合

聖者になったとしても耐えうる強固な聖職者たちを作る必要がある。そのためには、得た収益をちゃんと使い、まともな大人を雇うことになる。集団をやる覚悟がいる。

聖職者たちは聖性に関する特別な訓練をうけています(マジで)。具体的には「野球連盟」とか「将棋連盟」とか「ジャニーズ」とか「動物園の飼育員」とかなんですが、自分たちが扱っている「見世物(棋士とかアイドルとかカピパラ)」とかを正しく理解し、飼育し、金をとる覚悟があります。この訓練を受けていない素人が扱うと大爆発します。「ペットショップとは猫大好きではなく、猫を看取る仕事である」という覚悟があるかどうかです。

だいたいの聖職者は「聖者になれなか/ならなかったもの」なんですよ。野球連盟や将棋連盟がそうなんですが。なのでぷろおごは聖者を選ばなかった場合は、とても優秀な聖職者になる才能があります(おそらく聖者よりもそちらのほうが向いているしサスティナブル)。聖職者(編集者とか動物園のスタッフとか)は、別にすごくないです。カピパラかわいいけど、隣のおっさんは目に入りません。

ということで、「ソロプなら聖者のほうが強い」「チームプレイなら裏方のほうが強い」です。

自分が一人で活動するタイプだと、聖者しかできません。カピパラはカピパラですし、藤井聡太は将棋さす以外なにもできません。しかし、チームになると巨大なものを動かすことができます。

あなたが動かしたい大きなものとは?

「自分にとって一番大きなもの」は二つの制約が含まれます。「そもそもできること」「自分にとって意味のある大きなものであること」。

ぷろおごはソロしかできないのか? チームができるのか? そして自分にとって意味のある大きさはなにか?

ほとんどの人にとって「年収1億円」はいりませんし、「5000人の奢ってくれる人」もいりません。エベレストも登りたくないし、シンガポールとドバイでノマド生活もいらないでしょう。

「年収1000万で9時5時で有休とれて上司や客に怒られない仕事がいいなー」という欲望以上をもつひとはほとんどいません。正直、これ以外の欲望をもつひとは現代日本では「欲望障害」と呼んでも差し支えないかとおもいます。

聖性で大きなものを動かすとは

「このセーターあったけえんだわ」「まじか、同じの買うわ」は魔法がいりません(所属集団)。

「このセーターはどこよりも暖かいんですよ~~」というCMは、本当かどうかわからないので、「なんかすごそう」で判断するしかないです。ユニクロで売ってるんだから、すごそう。すごそう=聖性。

ちなみにメディアを通して作られた最高の聖性のひとつが「ダイヤモンド」で、デビアス社がひたすら煽って価値を作った謎の商品です。メディアが存在しないジャングルだと価値がゴミになります。「2カラットのダイヤなの!」ここに込められているのが聖性です。

ブランドとかイメージとかいう単語を使うよりも「聖性」という宗教用語を使ってるのは、こっちのほうがかえってわかりやすいから。

善行を晒すぷろおごの事例

ジャニーズの善行をぷろおごが晒したときに、傷ついたジャニオタが「すげえ」とぷろおごのことを見てしまうと、そこで中島太一くんではなく、「善行プレイをするぷろおご」という一面だけを強く記憶してしまいます。

聖者になってしまう問題

いまの「ぷろおご」のキャラクターというのは「奢られる浮浪者」という、人を食ったような存在です。お母さんに説明することをイメージしてほしいんですが、「2万円もらってお寿司を奢ってもらっている20代男性」というのは、「なにそれ? 変なひとがいるのねえ。なんでそんなのが人気なの? イケメンでもないんでしょう?」といわれるでしょう。

そのキャラと「善行を集めて広める人」はかなり差がある。キャラというのは広げていくものなので、そのことは問題ないです。オリエンタルラジオのあっちゃんが突然、学問っぽいYouTubeをしたりする。

キャラを広げるときは「そのキャラをメインが取り込める」か「キャラを次に移すか」が必要です。たとえばお料理のリュウジさんは「手軽でB級なグルメ」のポジションにとどまるために、あえて「酔っ払いキャラ」をしたりしている。聖人になることを避けようとしている。メインキャラと、サブキャラの客層があまりに違うと良くないんですね。オリエンタルラジオは「TV」と「YouTube」でキャラを変えてるので客が食い合わない。

ぷろおごは媒体で出し分けしてるので、「ぷろおごの何をすごいとおもっているか(聖性)」「ぷろおごの何を消費(購入)しているのか」はけっこう整理されているとおもう。

だからぷろおごが聖性を帯びるというのは「よく知らないけどすごい人なんでしょう」と思われてしまうということです。いままでは逆に「すごくないひと」というポジをとってきたので、真逆。

「聖性が高いと信者が生まれて刺されるリスクが爆増する」と「同じメディアで別のキャラの客がつくと、めんどくさい」の二つですね。あくまで「企画として今うけている」ぶんには大丈夫ですけど、これをあまりに長期に続けてしまった場合の話をしています。

聖性の課題

聖者の何がめんどくさいって「権力をもってしまう」からです。聖者とはカリスマ型リーダーです。権力とは「他人に強いる力」です。

弱っているひとたちは権力者を求め、権力者の言うとおりにすることで責任逃れをして「私わるくないもん」といいます。都合が悪くなると権力者に石をなげて「あいつがいったから」だといいます。

権力をもつと「めんどくせえ奴ら」ばかりがすり寄ってくるんですね。これは前澤さんみたいに現金を見せびらかした場合でも同じです。力を誇示すると「明るくないやつら」が集まってくる。これはいまのぷろおごの方向と真逆です。

聖性=「よくわからんけどすげえ」=すげえということは従う、ということです。聖性は意思決定をショートカットします。だからこそ聖性を帯びたユニクロのシャツのほうが、ふつうのシャツよりも買われる。

聖性=広さ×深さ×持続時間

  • 持続時間がなげえコンテンツとして「ウゴウゴルーガ」があります。

  • 狭くても深く刺さったのが「水曜どうでしょう」

  • 広くて短い「五郎丸」(ラグビー)

「すげえ」を持続し続けるには本当に大変です。だから「ジャニーズ事務所」という名前を変えてしまうことは、将棋を囲碁に変えるくらいのことです。聖性が全部消える。

ジャニーズ事務所に蓄積された物語が、イコール500人の性加害だったのでどうしようもないんですが。

このジュリー氏の文章を読んで、本当にジュリー氏は「ジャニーズ」というものを理解して封印する気なんだとおもって身震いしました。

ジャニーズという聖性を残したいのは利害関係者であって、ジュリー氏は聖性がどこからきていてどう封印するのかまで全て理解した上で、本当に閉じるのだなあと。

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