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なぜ日本海のハタハタは「九月に限る」のか?

ハタハタといえば、日本海の冬の味覚だ。まだ五月だというのに、なぜいまそんな話題を、と思うかもしれないが、忙しいみなさんに今のうちから予定を押さえて食べに行って欲しいものがある、東北の日本海側に。

その味を知ったのは、昨年の夏の終わり。所用で山形県の湊町、酒田を訪れたときのことだった。地元の方々との懇親会を終えて会場を出ると、まだ宵の口。宿に帰るには惜しいので、顔見知りの『貳番丁』(にばんちょう)という小さな居酒屋にタクシーで滑り込んだ。(氏家英男

※この記事は2018年5月23日、ひとりを楽しむメディア「DANRO」で公開されました。

往年の漁獲量がようやく戻った

暖簾をくぐってカウンターに座り、女将さんに、きょうは何がいいですか、と声を掛けたら、あとはおまかせ。まずは地元で「もってのほか」と呼ばれる紫菊の酢の物と、地酒「菊勇」の吟醸酒。菊・菊コンビとは粋なチョイスだ。

次に、黒森の松林で珍しく採れたというハツタケに、地酒「杉勇」を合わせてもらい、さらにイカの刺し身とみょうがで二杯目の酒を平らげると、店主が見計らったように声を掛けてきた。

「きょうはハタハタあるんだ。食べるかい?」

もちろん、大好物だ。子供の頃には大きな身をお腹いっぱい食べたものだが、酒田の大火があった昭和五十一年あたりから急に獲れなくなり、食卓にものぼらなくなった。その後、平成に入って禁漁などの資源管理を行ったおかげで、いまでは往年の漁獲量が戻っているそうだ。

しかしハタハタといえば寒い時期のもの。初秋にもならない九月の終わりに、美味しいものなど獲れるのだろうか。それも、メニューのどこにも載っていないのに。

これはオスなのか、それともメスか

しばらく待っていると、焼き上げられて皿に乗った大ぶりの二匹が、湯気をたてて現れた。なんとも言えない香ばしい匂いがするが、どうもアレが見当たらない。メスがお腹に抱える「ブリコ」だ。

ハタハタといえば、味わいのある白身とともに、独特の粘りと弾力の卵を食べるのが醍醐味のひとつといっていい。それがないということは、これはオスなのだろうか。

いや、これは卵を抱えていないメスなのかもしれない。やっぱり、まだ早いんじゃないですか。そう訝しげに訊くと、店主はニヤリとしてこうつぶやいた。

「ハタハタはな、九月に限るんだよ」

そう言われてまじまじと見ると、鱗のない茶色の薄い皮に包まれた身は、まるで太ったアカガエルのようにパンパンに張っている。箸先をスッと入れてレア気味の新鮮な白身をほぐし、口に運んで噛むと肉汁がジワーッと湧き出てきた。日本海の魚を知り尽くした店主の絶妙な焼き加減だ。

これまで食べたハタハタの中で、一番うまみが乗っているのは間違いない。なんだろう、これは――。目をつぶって堪能していると、店主いわく、「ハタハタは、卵を抱く前が一番美味いんだよ」。

ぬめりのある白身がぬる燗に合う

厳密にいうと、九月の終わりから十月ごろがいいらしい。ブリコは入っていないけれど、これもれっきとしたメスのハタハタなんだとか。あのプチプチもいいけれど、その栄養をすべて身に溜め込んだこれもいい。

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