坂田三吉贈王将は晩年えげつない

今日は第72期王将戦第7局が終局する日でした。
創設当初の王将戦は勝敗が決まっても必ず最終局まで対局をしてもらう決まりでしたが、今は違います。

タイトルの「王将」という名前ですが、その由来の1つに、坂田三吉を題材とした戯曲「王将」があります。
これがヒットし、この「王将」は映画化されました。

映画化された「王将」は今も割と有名で、おかげで坂田三吉の人柄は勘違いされて記憶している人も多いと言います。
私もきっと、この映画の影響で勘違いしている部分もあるでしょう。

しかし、どんなに人柄が勘違いされようと、棋譜は嘘を付きません。
…いや、昔の棋譜なんて写し間違いがあったりするので一概にすべての棋譜が真実と言えないのもこれまた真実なのですが。

坂田三吉は贈名人・王将の称号をもらっています。
贈名人は、坂田三吉のほかに江戸時代の伊藤看寿がいますが、贈王将の称号をもらっているのは坂田三吉ただ1人です。
なぜ彼にこの2つの称号が与えられたのか、私にはいまいち理解できません。
当時名人に就任した関根十三世名人を、人気でも実力でも上回ったとか、そのあたりに理由があるのでしょうか。

いずれにせよ、「王将」を語る上で、坂田贈王将の話は欠かせないような気がしました。


とは言え坂田贈王将の、王将のタイトルにまつわる話を私は知りません。

坂田贈王将にはいろんなエピソードがありますが、晩年の将棋の強さは異常です。
69歳A級棋士の大山十五世名人に負けず劣らずの凄さだと思います。


今は名人戦に挑戦するための順位戦がありますが、名人戦設立当初には順位戦がありませんでした。
代わりに挑戦者決定リーグがありました。
まぁ実質、A級順位戦とほぼ同じようなものだと思います。

1935年、名人を決めるための最初のリーグ戦が始まりました。

第2期は1938年に開始しました。
坂田贈王将は、この第2期に参加します。
坂田贈王将は1870年生まれなので、68歳で参加したことになります(開始時期が細かい月日まで分からないので正確な年齢は確証がありません)。
当時はこの挑戦者決定リーグ戦を2年かけて行っていました。
なのでおそらく、坂田贈王将は69歳まで戦っていました。
しかも最終成績が7勝8敗という、今で言うほぼA級残留と言える成績を残しています。

さらにすごいのは、長いブランクがあってのこの成績であることです。
このリーグ戦に参戦するまで、坂田贈王将は長らく将棋界から追放されていました。
1925年に名人を自称して以来ですから、約13年ですね。
それだけのブランクがあり、この年齢で、この成績。

「普通」という言葉は嫌いですがあえて使います。
普通に考えて、あり得ないです。

羽生九段が今突如として引退して13年後に、やっぱ復帰しますねーと言っていきなりA級順位戦で4勝5敗の成績を残すようなものです。
今はまだAIを使えば1人でも将棋の勉強ができますが、坂田贈王将の時代はそんなものありませんから、自分の頭しか使えないわけです。
練習になるような相手もそれ相応の実力のある人でないと相手になりませんから、そんな人が近くにいたとは思えません。
考えられない成績です。

13年ぶりに棋戦に参加した68歳が、トップ棋士を相手に7勝8敗。
しかも、1年目は持ち時間など不慣れな部分が多く、大きく負け越しています。
そして2年目に勘を取り戻したのか大きく勝ち越し、ほぼイーブンまで星を戻しています。

68歳で癌と戦いながら名人戦挑戦プレーオフまで進んだ大山十五世名人に匹敵する凄さではないでしょうか。


あのブランクがなければどうなっていたことか。
と、思わずにはいられません。
もしかしたら、坂田贈名人ではなく、本当に坂田名人になっていたのかもしれません。

ちなみにこの第2期名人戦の挑戦者決定リーグは、現役バリバリだったころに何度も火花をちらした土居市太郎名誉名人が13勝の全勝で名人に挑戦しています。
1887年生まれの土居名誉名人は、52歳でA級順位戦全勝みたいなことをやってのけてるわけですね。
大正時代はこの人が日本一将棋が強かったと言われています。
そして、将棋連盟の初代会長です。
生まれた時期が悪くなければ名人になった男、そう評価される人です。
数年前から流行している土居矢倉は、この土居名誉名人がよく指していたとされる戦法ですね。


話を戻して、坂田贈王将は初めて関根十三世名人に負けてから本格的に将棋に取り組んだと言います。
それが20代前半だったので、今の藤井王将よりも上の年齢です。
そして69歳でA級順位戦のようなものにほぼ残留の成績を残しています。

藤井王将は69歳のときにどうなっているのでしょうか。
もしかしたら、新たな記録を打ち立て続けているのかもしれませんね。

野球のイチローは安打製造機と言われていました。
藤井王将は、すでに最年少記録製造機となっています。
最年長記録も製造機と化するのでしょうか。

羽生九段もあと15年は第一線で活躍してほしいですね。
70歳A級の記録を期待したいです。
それでこそレジェンド中のレジェンドです。


羽生ー藤井聡のタイトル戦は、始まったばかり。
72期王将戦は序章にすぎません。
きっとこれからも、2人のタイトル争奪戦は続くことでしょう。

これからも将棋界は楽しみが溢れていますね。

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