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056 茹でガエル

 生きたカエルを突然熱湯に入れればどうなるか。そんな残酷なことはしたくないが、滑稽な姿は想像できる。全身の力を振り絞って、手足をバタバタさせて空中を舞い上がるように、飛び出して熱湯から逃げる。さて、同じように生きたカエルを水に入れて、その水をゆっくりと温めていく。そんな実験はしたくないが、どうなるかは容易に想像できる。カエルは温泉気分である。全身の筋肉を弛緩させている。その内ウトウトしてくる。お湯の温度はどんどん高くなる。茹でガエルの誕生である。誕生というか、つまりはそのまま死んでしまうという説話である。どちらのカエルがハッピーかについては、微妙なので述べない。
 さて、1985年9月プラザ合意が発表されて、大規模な為替介入が行われた。目的はドル高是正である。この後急速に円高が進み、国内景気が低迷する。内需拡大を図るため、日本は超低金利政策を進めることになる。1987年2月公定歩合は一気に年利2.5%へと引き下げられ、景気は拡大して日本経済はバブルと化した。慌てた政府は金融引き締めへと向かう。つまり、経済・カエルに対して熱湯を用意したということである。カエルは大やけどを負ってしまう。この後、金利政策は対処療法的つまり場当たり的となり、低金利へと誘導される。
 90年代半ば以降、日本は主要先進国との比較においても突出した低金利が維持された。異次元の金融緩和によりマイナス金利という奇策も採用されている。では低金利の弊害について考えてみよう。
 低金利とは何か。難しく考える必要はない。お金を借りる側を優遇するということである。最大の借り手は企業。つまり企業を優遇するということである。したがって低金利によって、日本の企業は国際間競争では資金面で極めて有利な状況にあったことになる。この状況は言い換えると「ぬるま湯」で、日本の企業は苦労することなく、業績を維持できた。
 当初はぬるま湯だったが、マイナス金利ともなると茹ってくる。30年間ですっかり「茹でガエル」が出来上がってしまった。他国が熾烈な企業間競争を繰り広げている中、日本企業は研究開発や新規投資、人材投資を控えた。それでも低金利の恩恵で生き永らえることができた。このことが、日本企業の国際競争力を大きく低下させた。もちろん政府も借りまくって財政を悪化させているが、ぬるま湯に浸かって何の苦労もない。住宅ローンの借り手はどうだろうか。結果的には、不動産価格が上がっただけで、低金利のメリットを享受できていないが、そのことに気付いているかどうか。
 今、日本全体で考えなければならないことは、どうやって金利を上げるか、上げられるのかということである。金利が上がると、日本経済は大きな打撃を受けることになる。「茹でガエル」からは脱却できるが、カエルは生き延びられるかどうか。その選択を、政府・日銀に任せるのではなく、私たち国民がすべき時が来ている。活気ある国力を取り戻す第一歩は、主要国と同一金利水準で企業の経営力を強化すること以外にはあり得ない。問題は、そんな正論を誰も唱えないということだ。

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