【堤聖也】待たされ続けてきた挑戦者が「やっと」に込めた思い――。 2022年6月23日
◇日本バンタム級タイトルマッチ10回戦
王者 澤田京介(JB SPORTS) 19戦15勝(6KO)2敗2分
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1位 堤聖也(角海老宝石) 7戦5勝(4KO)2分
待たされて、待たされて……ようやくチャンピオンの座をつかんだのが澤田京介なら、その陰で待たされ続けてきた挑戦者のひとりが堤聖也だった。
「やっと、ですね。やっと来たか、っていう気持ちばっかりで……」
何度も口をついた「やっと」に感慨を込めた。
2019年7月以来、タイトルマッチが行われず、2021年の1年間は王者が不在。異例の状況が続いていた日本バンタム級王座。昨年7月、ようやく2年ぶりに王座決定戦が決まった。
その時点で、2人にタイトル挑戦が約束されていた。次期挑戦者の大嶋剣心(帝拳)、明くる年、つまり今年のチャンピオンカーニバル出場権を“不戦勝”で手にした堤である。ところが……。
負傷引き分け、計量棄権による試合中止と不測の事態が相次ぐ。今年2月、対戦相手が大嶋に変わった王座決定戦で澤田が5回負傷判定勝ち。ついに1年以上に及んだ王者不在期間に終止符が打たれ、やっと堤のターゲットが定まった。
が、堤の「やっと」は、タイトル挑戦だけではない。試合自体、元WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(志成)と引き分けた2020年10月以来、実に1年8ヵ月ぶりになる。この間、相手の体調不良による試合2日前の棄権を皮切りに、コロナ禍もあって、試合が決まっては流れ、決まりかけては流れ……落胆、失望ばかりを味わってきた。
現実的な問題も出てくる。ファイトマネーが入らないため、他で生活費を稼がなければならなくなった。アルバイト3つをかけもちし、その分、練習時間を削らなければならない葛藤にもさいなまれた。
「いや、精神的にきつかったですよ。なんで俺は東京にいるんだろうって」
その一方で、ジムメイトや旧知のボクサーが試合を重ねていく。いつからか、「後楽園ホールは試合を観に行く場所になってたんで」。自嘲気味に笑った。
「試合を観ても、刺激をもらうこともなくなったし、頑張ろうって気持ちにもならなくて。ただ観に行って、むなしくなって。練習しても、パンチを打つたび、悲しくなるし……」
何も手につかなくなるぐらい追い込まれ、1週間、ボクシングからも、アルバイトからも、離れたことがあった。「それだけ休んだら、やりたくなるだろう、と」。すがるような期待も裏切られた。
そんな堤のハートに火をつけたのが、同じ1995年度生まれのアマチュア時代の仲間が成し遂げた快挙だった。昨年11月、セルビア・ベオグラードで開催された世界選手権で、日本ボクシング史上初となる優勝を果たしたバンタム級の坪井智也、ウェルター級の岡澤セオンの2人である。
坪井とは高校時代に対戦経験もあった。岡澤とは関東大学リーグ(2部)で平成国際大(堤)、中央大(岡澤)、それぞれチームの一員として団体戦でしのぎを削り合った。
「ずっとライブ配信で見てましたけど、すげえな、と思ったし、俺もやらなきゃっていう気持ちが出てきました。あの2人が世界を獲ったのはデカかったです」
そして、もうひとつの「やっと」が勝利である。最後に勝ったのは、生まれ故郷の熊本に凱旋した2019年4月。後楽園ホールでの勝利となると、中国・北京での1戦を挟んで、さらに2018年9月までさかのぼることになる。
直近の2戦は、のちに東洋太平洋王者となる中嶋一輝(大橋)、比嘉と引き分け。強豪相手の“善戦”は評価されたが、結果をつかみ取れなかったことも確かだった。
「2人ともパンチがあるじゃないですか。もう半歩、踏み込んでフルに打ててなかったりとか、あともう1個、行けるはずのところでカウンターを警戒して行かなかったりとか。そういう0コンマ何秒の判断で逃したと思うんですよ」
「頭を使って、冷静に」。プロの長いラウンド、8オンスのグローブ、総合的に考えて、あえてリスクを回避していたところもあった。が、もう“善戦”はいらない――。
昨年の大晦日、井岡一翔(志成)に挑んだジムの先輩で、スーパーフライ級の元3冠王者・福永亮次の「“殺意”むき出しのボクシングを見て、自分を見つめ直した」という。
「学生の頃とか、本来は僕も闘争心あふれる戦い方をしてきたから。ケンカ上等じゃないけど、あの福永さんの“殺意”みたいな気持ちをなくしていたなって」
ボクシングを始めた中学2年当時から堤を知る奥村健太・角海老宝石ジムトレーナーが振り返る。熊本市の本田フィットネスジム時代、入門してきた堤とよくスパーリングをした。7歳年長の大人のプロボクサーに対し、「打たれても、打たれても、へこたれずに立ち向かってくる気持ちの強さ」が深く印象に残っているという。
ここからは、培ってきたボクシングのなかで根っこにある本来の自分を解き放ちたい、というのが堤の掲げるテーマのひとつになる。
中学3年のときに出場したU‐15ボクシング全国大会では、現・日本フライ級王者のユーリ阿久井政悟(倉敷守安)の前に開始45秒でストップ負けを喫した。阿久井には、九州学院高2年時のインターハイ3回戦で雪辱したものの、田中恒成(畑中)、井上拓真(大橋)を中心に群雄割拠、同世代のタレントが集中した軽量級にあって、高校、大学と通算101戦(84勝17敗)のアマチュアキャリアで全国3位が6度、準優勝が1度、“日本一”になることはできなかった。
「そこに対する気持ちは誰よりも強いです。アマチュアでは獲ってないけど、キッズでは獲ってる人たちって、あれは別にチャンピオンじゃないよっていう感覚なんでしょうけど、それすら俺にはなくて。ずっと悔しい思いをしてきましたからね」
待ち続ける苦しさが分かるからこそ、澤田には敬意を表する。
「ずっと待って、待って……あの人がいちばん待ってたじゃないですか。傍から見てても、メンタルはヤバかったと思うんですよ。チャンピオンになって、ほんとによかったな、と思ってるんですけど。でも、初防衛戦の相手が僕だったばっかりに。そこはタイミングが悪かったなって感じですね」
待ち続けた裏には、待たせ続けた人たちがいる。
ワタナベジムから石原雄太トレーナーを追って、移籍したのは中嶋戦の前。キャリアを重ね、応援の輪も広がってきたが、ジム関係者やジムメイトを含め、まだ自分が勝つ姿を見せることができていない人が大勢いる。
「やっと、みんなに見せられるなって」
誰より「アマチュアの頃から、自分の試合を観ることを生きがいに頑張ってくれた人」が熊本から東京にやって来る。仕事とパートをかけもちしながら、兄と姉、自分の3人を育ててくれた母親の「自分のことは我慢して、子どもに愛情を注いでくれた大きさ」が身に沁みて分かってきたという。
「早くファイトマネーを稼いで、楽させてあげたいな、という気持ちは強いですね」
やっと、の思いを拳に込めて、ベルトをつかみに行く。
<船橋真二郎>
●ライブ配信情報
▷配信プラットフォーム:BOXINGRAISE
▷ライブ配信:6月23日(木)18時00分~試合終了時刻まで
▷料 金:980円 ※月額会員制
▶詳細はこちら
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