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【古橋岳也】“ゾンビ”を倒して、墓場に送り返す 不屈のボクサーが快勝誓う 2022年12月26日

◇日本スーパーバンタム級王座決定戦10回戦
 1位
 田村亮一(JB SPORTS) 22戦15勝(7KO)6敗1分
 ×
 2位
 古橋岳也(川崎新田) 39戦28勝(16KO)9敗2分

井上拓真に完敗も揺らがない上への思い

  両者は3年前、日本タイトル挑戦権を賭けて戦っている。古橋が序盤の劣勢を挽回し、壮絶な打撃戦の末に判定をものにした田村亮一との再戦は、明白な返り討ち、ベルト奪還、再出発、テーマはいくつも思い浮かぶが、不屈の前日本王者はきっぱりと言った。
 
「前回の試合で負けて、古橋はまだ国内レベルだなって、周りにも思われていると思うので、まずはそこから一歩抜けだす存在になりたいですね」
 
 今年6月7日、井上尚弥(大橋)とノニト・ドネア(フィリピン)の注目のリターンマッチの舞台になったさいたまスーパーアリーナで、尚弥の弟・井上拓真(大橋)の持つWBOアジアパシフィック王座に挑んだ。自己最長の12ラウンドを最後まで戦い抜いたが、ほぼフルマークの大差をつけられる判定で完敗。同時に日本タイトルも失った。
 
「自分の中では、ここを勝って、ようやくアジア圏に踏み出せるかな、という試合だったので、めちゃくちゃ悔しかったです」
 
 元WBC世界バンタム級暫定王者の技巧と戦術に脱帽した。パンチを打とうとした瞬間、絶妙にポジションを変えられ、思ったように攻めさせてもらえなかった。古橋の土俵とも言うべき接近戦の場面は再三あったものの、決して“自分の形”ではなかったという。
 
「何回かスパーリングをしたこともあったんですけど、まったく想定していなかったのは、自分が打とうとしたとき、あえて前に出てきて、体を寄せてきたり、距離を潰されたことです。それで距離感を狂わされたというか……。接近戦もこっちが持ち込んだというよりは、逆に向こうが入ってくるから自分が合わせただけで。何もできなかったという悔しさしかありませんでした
 
 井上尚弥に唯一、対抗できるのは井上拓真なんじゃないか――。この10月で35歳になったベテランは肌で感じた世界レベルをこう表現した。
 
 
 現役でいる以上は、最終目標は世界に定めている。高い壁を突きつけられようと揺らぐことはなかった。
 
敗戦は2016年10月、2度目の日本タイトル挑戦で当時の王者、石本康隆(帝拳)に最終10回TKOで屈して以来だった。長いキャリアの中でも「いちばん進退を悩んだ」と振り返る挫折から這い上がろうと決意したとき、心に誓った覚悟があった。
 

2022年6月7日WBO-AP&日本Sバンタム級 王座統一12回戦、さいたまスーパーアリーナにて。


ボクシング人生、2度の転機

 地元川崎にオープンして8ヵ月になる新田ジム(当時)に入門した高校1年の秋から、19年の時が流れた。山あり谷ありのボクシング人生だった。
 
19歳でプロデビューすると無傷の8連勝で全日本新人王に輝いた。が、新人王獲得後の初戦で老かいなサウスポーの前に若さが空回りするような初黒星。それから勝ちと負けを繰り返すようになる。伸び悩み、先の見えないトンネルの中で、意欲をくじかれかけては自分を奮い立たせようともがく、苦難の日々が続いた。
 
 転機は2度あった。1度目は4年ぶりに日本ランカーに返り咲いた翌年。日本タイトル挑戦のオファーが届いた。ジムからの電話で当時、4度防衛中の大竹秀典(金子)からの願ってもないような話を聞いたとき、「考えさせてください」と逡巡する自分がいた
 
 結局、「しばらく悩んだ末」に決断するものの、大竹のケガで白紙になる。挑戦の機会を失った以上に、ボクサーなら考えるより前に飛びつくはずのチャンスを目の前にして、一瞬でも腰が引けた自分に打ちのめされた。
 
「その時点で“ボクサー・古橋大輔”は死んだな、と思いました」
 
 本名の「大輔」から名前を変えた。2人の弟、「岳」と「陸也」から一字ずつもらい、リングネームにした。新たな刺激を求め、5週間に及ぶメキシコ合宿を計3度、敢行した。すべて“ボクサー・古橋岳也”として生まれ変わりたい一心からだった。
 
 そして2度目の転機が6年前。石本に王座奪取を阻まれたときである。初めての日本タイトル挑戦は、のちにIBF世界スーパーバンタム級王者となる小國以載(角海老宝石)と引き分け。次の最強挑戦者決定戦で対戦し、小差の判定で惜敗した相手が石本だった。
 
完全に勝つつもりでいたのでアルバイトもやめました。(初戦を踏まえて)こうすれば勝てるという自信もあったし、作戦もあったはずが、実力で打ち負かされて。ここが自分の限界なのか、と感じました」
 
 29歳。引退後の将来を考え始めた。周りの同世代たちは結婚、マイカーにマイホームを購入し、会社で役職がつき、部下を持つようになっていく。ひるがえって、いつまでも足場の不安定な自分に劣等感も覚えていた。
 
新田渉世会長の親心もあり、ジムのスポンサーの会社に就職した。仕事をしながら、再起戦に勝利もした。が、強烈に湧き上がってくる思いがあった。
 
死ぬとき、後悔しないか――。
 
「KOで勝てたんですけど、仕事も練習もどっちも中途半端なまま毎日が終わってしまう。すぐに『ごめんなさい。もう続けられないです』と社長に謝りました
 
 このときから「職業=プロボクサー」、自分はボクシングで生き抜いてやる、そう腹をくくり直した。

2021年8月21日ホープフルファイト.35にて、日本Sバンタム級 タイトルマッチ10回戦

自分と本気で向き合えるのはボクシングだけ

  2021年1月22日。強打を誇った王者、久我勇作(ワタナベ)に9回逆転TKO勝ち。プロ14年目、3度目の挑戦にして、ついに日本王座を奪取した。勝利を決め、コーナーに戻った古橋が酸欠になり、その場にへたりこんでしまうほどの死闘だった。
 
 きっかけとなったボクシング漫画『はじめの一歩』を読んだのは中学生の頃。主人公が成長していく過程を夢中になって追いかけ、リングで懸命に戦う姿に心躍らせた。
 
どんなに辛く、打ちひしがれたときでさえ、「ボクシングが好き」という思いだけは、『はじめの一歩』と出合い、グローブを握ったときから変わることはなかったという。
 
「苦しいときでも、そこを自分が乗り切れるかどうかで、試合もそうだし、毎日の練習が充実するかしないかも分かれるんです。そうやって自分と本気で向き合えるものが、自分にはボクシングしかなかったから」
 
再起戦から久我戦までの3年8ヵ月。自分と向き合える日々を全力で楽しもうとした。いや、楽しかった。以前と違ったのは、結果だけに捉われなくなったことだった。
 
 勝つために本気で練習に取り組んできた者同士がぶつかり、勝者と敗者に分けられるのがリングの上。ならば、どんな結果も受け止め、また前を向くだけ、と思い決めた。
 
 ベルトへの執念が感じられた劇的な王座奪取劇も、久我に勝つことだけ、毎日の練習で自分に勝つことだけに集中し、ベルトは「意識の外にあった」と振り返った。
 
 今回も変わらないという。井上拓真戦からの半年も、とことん自分と向き合ってきた。田村に対しては「前にラフに押し込んできて、バランスを崩させるのが巧い」という印象が残る。が、「初めて戦う相手と思って、臨むつもり」と古橋は言う。
 
「再戦は石本さん、久我さんと今回で3回目。あらためて思うのは、前回はこうだったから、は通用しないということ。また同じような感じでくるなら、こっちとしては嬉しい限りですけど」
 
 裏を返せば、今回の古橋は想像の上をいくということ。「(パンチの)回転力と運動量」という強みをより生かすため、アクセントとなる出入りの動き、サイドの動き、左ジャブのバリエーションに磨きをかけ、自身の成長に手応えを感じてきた。
 
 同い年の元日本王者は驚異的な粘りとタフネスが売り。“ゾンビ”の愛称で知られる。久我戦の前、古橋が初めて酸欠状態になったのが田村戦だった。だが、次は根比べにするつもりはない。「倒して勝つって、決めているので」。語気に自信がみなぎった。
 
「まだKO負けがないみたいなので、自分がゾンビを墓場に送り返してやりますよ」
 
<取材/構成 船橋真二郎>

ライブ配信情報
 ▷配信プラットフォーム:
ひかりTVdTVABEMA
 ▷ライブ配信:12月26日(月)18時00分~試合終了時刻まで
 ▷料 金:有料

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