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【澤田京介】涙の試合中止から3ヶ月 倍増したベルトへの思いを胸にいざ決戦の舞台へ_2022年2月5日

◇日本バンタム級王座決定戦
 1位 澤田京介(JB SPORTS) 16戦14勝(6KO)2敗2分
  ×
 2位 大嶋剣心(帝拳) 9戦7勝(3KO)1敗1分

 澤田京介は泣いた。計量会場で初めて泣いた。

 ともに歩んで来たトレーナーの山田武士も涙をこらえることはできなかった。

 2021年11月11日。日本バンタム級王座決定戦を翌日に控えた計量会場に、対戦相手の定常育郎(T&T)は現われなかった。前夜、澤田の元に山田から電話が入り、「対戦相手が減量に失敗して、病院に救急搬送された」と聞かされていた。だからある程度の覚悟はできていた。でも、実際に目の前で起きた現実はあまりにも受け入れがたかった。

 山田は試合を何とか成立させようと前日から相手陣営に働きかけていた。最低条件は定常が計量に来て秤に乗ることだ。たとえ計量に失格しても、超過分が契約体重の3%(バンタム級の場合1.60キロ)以内であれば試合が許され、澤田が勝った場合のみタイトル獲得という変則ルールで試合ができる。もし、対戦相手が計量に来なければ、その時点で試合は中止となる。

 定常はとても病院を出られるような状態ではなかった。

 わずかな希望は叶うことなく、試合の中止は静かに決まった。

「相手の会長が『どうしてもダメでした』と、すごく頭を下げていたことは覚えています。その時はもう頭が真っ白で……。試合がなくなって、もちろんまたベルトも遠くにいって、試合をしてないのに負けたくらいの悔しさでした」

 澤田が日本タイトル最強挑戦者決定戦に勝利したのが19年10月のこと。チャンピオン鈴木悠介への挑戦は20年4月にセットされながら、新型コロナウイルスと鈴木のけがにより新たなスケジュールはなかなか決まらなかった。年が明けて21年1月、鈴木は網膜剥離により引退を表明した。

相手が定常に代わって21年5月に予定された王座決定戦はまたしてもコロナ禍で流れ、ようやく7月に試合は実現した。澤田は初回にダウンを奪い、ベルトに手が届きかけた2回開始早々、バッティングで両者が大量出血。まさかの負傷ドローという結果に泣いた。澤田が「次こそは白黒をつける」と燃えていた11月の試合が中止となり、茫然自失になった背景にはこれだけのストーリーがあった。

「11月の試合は、計量後にホテルで隔離だったので、スーツケースにたくさん食べ物を入れて持って行ったんです。試合がなくなって、中身の詰まったスーツケースを家まで持って帰って……。寂しかったですね。その日はもうやけ食いでした」

澤田がほんの少しやけを起こしたのはこの金曜日の夜だけだ。週末はチケットを買ってくれた250人ほどへの連絡に追われた。中には故郷の北海道から来る予定だった人もいた。「試合がなくなって申し訳ありません」。そう頭を下げると多くの人たちが「仕方ないよ。次も行くよ」と言ってくれた。

「温かい言葉をもらって勇気づけられました。自分もここまできて腐ってる場合じゃないですし、とことんやり切るしかない。気持ちを切り替えて、月曜日には普通に練習を始めました」

 幸いなことに新たなスケジュールはスムーズに決まった。気がかりは対戦相手の大嶋がオーソドックスであること。澤田はこの2年間、サウスポー対策を続けていた(鈴木も定常もサウスポーだ)。本人は「ずっとサウスポーを追いかけてきて失恋した気分」と笑いながら、対戦相手の変更による影響を否定した。

「もしチャンピオンになっていれば指名試合で大嶋選手と対戦することになっていましたから、順番的にやる覚悟はできていました。特別にやりづらさを感じるわけじゃないし、かみ合うのかなと思います。いずれにしても自分をいかに出すか。それが大事だと思っているので」

 澤田は気持ちを途切れさせることなく、ベルト獲得に向けてトレーニングを続けた。これまで通り、昼間は廃棄物回収の会社で働き、仕事を終えてからボクシングに打ち込んだ。年が明けて束の間の休日、妻と3人の子どもを連れて西新井大師に初詣に出かけた。

「おみくじを引いたら中吉で、願い事のところに『さまざまな環境の変化があるけど最終的には叶う』とありました。ああ、いいこと書いてあるな、まさに今の自分の状況だなと思いました」

 バンタム級タイトルマッチで試合の中止が相次ぎ、“呪われたバンタム”と呼ばれたのは18年のこと。いったん落ち着いたものの、再びハプニングが続いて現在は2年間も王座空位という異常事態が続く。

「本当にいろいろな人を待たせています。応援してくれる人、ずっと支え続けてくれる家族、それにタイトル挑戦を待っている選手たくさんいます。呪われたバンタムなんて言われますけど、自分がチャンピオンになって早く動かしたいですね」

 札幌工高でボクシングを始め、全国大会で2度準優勝し、特待生で日大に進学した。ボクシング部を終え、2年のブランクをへてプロデビュー。まさかの2連敗スタートから33歳にしてようやく日本タイトルマッチのチャンスをつかんだ。もともとベルトへの思いは強い。その上、2年もお預けを食らったのだ。倍増したタイトルへの熱い思いを胸に、澤田がいよいよファイナルのリングに立つ。

<渋谷淳>

●日テレG+放送予定
 ▷生放送 2月5日(土)17時45分~
 ▷再放送 2月19日(土)0時00分~
 
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