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【千本瑞規】人として、ボクサーとして、強くなりたい 2022年5月15日

◇東洋太平洋女子ミニマム級タイトルマッチ8回戦
 チャンピオン:千本瑞規(ワタナベ) 3戦3勝(1KO)
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 挑戦者:長井香織(真正) 12戦6勝(2KO)3敗3分

「ボクシングは私自身を教えてくれるもの、ですね。ボクシングを通じて、自分の人間力も高められるし、人間力を高めていかないとボクシングは強くなれないので。私の人生でボクシングはかけがえのないものやなって思うし、すごく感謝しています」

 千本瑞規はまっすぐな目でこう言った。

 昨年6月、プロ3戦目にして、東洋太平洋女子ミニマム級王者になった。2戦目で奪取した日本ミニマム級王座に続き、すでに2つ目のタイトルになる。

王座を争った相手は、日本ボクシングコミッションが女子を公認した2008年から活躍する黒木優子(YuKOフィットネス)。26戦(18勝8KO6敗2分)のキャリアを誇り、5度の防衛を果たしたサウスポーの元WBC女子世界ミニマム級王者と8ラウンドをフルに戦い抜き、勝利をつかんだ。

 自信になる試合だったのではないか。そう話を向けるときっぱりと返した。

「勝ったから自信になったというよりは、私自身、まだまだだな、というのが見えた試合でした。課題もたくさん見えましたし。だから、やってよかったなって。やっぱり、最初は経験が必要なので、たくさん試合をして、たくさん経験したいな、と私は思っているんですけどね」

 デビューは2018年11月。3年半でプロのリングに立てたのは、わずかに3度ということになる。

 57戦(45勝12敗)のアマチュア戦歴、全日本選手権準優勝の実績が対戦候補に敬遠されたこともある。自身のケガもあった。他の多くのボクサーたちと同じく、コロナ禍が試合の機会を阻んだことも大きかった。

 思い描いた未来とは異なる現実を前にして、千本は「自分を見つめ直せた」という。

「こんなに試合が空くとは思ってなくて、弱い自分がたくさん出てきて。でも人生って、理想とは違うことが起きるのが当たり前じゃないですか。思いもよらないことが起こったときの柔軟な対応力というか、メンタルの持っていき方というか、そこは得意ではないのかな、というのを感じたので。自分をコントロールするように心がけましたし、そういう自分と向き合えたのは、逆にコロナのおかげかな、というのもあります」

 思いがけないことが起きるのは、リングの上も同じだ。実に2年ぶりの試合になった黒木戦では、相手の低い頭に悩まされた。最終8ラウンドには、バッティングで左の頬を大きく腫らした。

「一瞬、カッとなったんですけど、あそこで止められず、また試合が再開されたじゃないですか。最後は切り替えて、ここ(左の頬)にもらっちゃいけないって、集中したんですけど。カッとなるところだったりとか、自分の弱い部分が結構、出ちゃった試合だったな、と思うので、もっとコントロールしていかないと」

 人として、ボクサーとして、強くなるために――。結局、人生とボクシングは「リンクするんですよ」と千本は笑った。

「お兄ちゃんに負けたくない!」

それが千本の原点だ。大阪府堺市に生まれ育った3つ違いの仲の良い兄妹で、幼い頃はよくケンカもした。兄が空手を始めれば、負けじと小学校低学年の妹もあとを追いかけ、「お兄ちゃんの影響は大きかった」という。

 ボクシングも地元のアマチュアジムで兄が先に始めた。が、小学校高学年になっていた妹は親の反対にあう。それでも諦めなかった。

「ずっと、やりたい、やりたいって、お母さんに言ってて、やらせてもらえなくて。でも、めっちゃ、しつこかったみたいです(笑)。中学生になって、ようやくたどり着いた感じでした」

 対人練習が多かったというジムで、すぐにボクシングの面白さにのめり込んだ。「強くなりたい」とスパーリング大会や西日本のジュニアの大会で実戦も重ねた。やっとの思いではめたグローブは兄がやめてからも手放すことはなかった。

 千本が中学3年の夏、大きなニュースが飛び込んできた。女子ボクシングが3年後のロンドン五輪から正式種目に採用されることが決まったのだ。

「強いやつ、決めるんや! と思って、オリンピックを目指そうって、決めました」

 高校時代は2年のときにトルコで開催された第1回世界女子ジュニア&ユース選手権のユース・日本代表に選ばれた。だが、大学生以上のシニアが出場する全日本選手権では結果を出すことができなかった。

 芦屋大学に進んでからも2年のときに3位、3年で準優勝、4年は3位と日本一の座はつかめなかった。

アマチュア時代は純粋に負けた悔しさだけではない、複雑な思いもしたという。

「プロの世界がキラキラして見えましたね。8オンスで、女子でもヘッドギアがなくて、ラウンドも長くて。強くなれるな、と思ったし、強いやつと戦えるし、そこが魅力でした」

強くなりたい。強さを証明したい。千本を突き動かすものはずっと変わらない。

 前日本女子アトム級王者の長井香織との初防衛戦は、千本の健康上の理由により当初の3月から延期せざるを得なくなってしまったもの。

「迷惑をかけて、申し訳ないな、と思いましたし、まさか私もここで試合ができなくなるとは思ってもなかったんですけど、これも受け入れて、向き合っていくしかないと思って」

 また1年近い試合間隔が空くことになったが、もちろんプロボクサー・千本瑞規とも向き合ってきた。

 昨年7月、日本が誇る2人の複数階級世界王者、藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)と天海ツナミ(山木)がアメリカ・ロサンゼルスで戦う姿に刺激を受けた。いつか海外で強いやつと戦いたい。もともと抱いていた思いがさらに強くなった。同時に目を疑ったのが日本人選手に厳しすぎる採点だった。

 しっかり重心を落として力強く打ち込み、ダメージを与えるパンチに磨きをかけ、また倒すタイミング、技術を追求してきた。

「倒すって、めっちゃ難しいんですけどね。それもまた面白いですね。またボクシングにハマる要素みたいな(笑)。でも、やってきたことには自信がありますし、進化しているな、と感じているので、楽しみにしてもらいたいです」

 ボクシングが自分自身を教えてくれる、1戦1戦の経験を大事にしたい、という思いは変わらない。

「次、まだ4戦目やし、いろんなことを勉強できると思うので。どう自分に成長できるものを見つけられるか、何を感じるかは試合をしてみないと分からないことなので。それが楽しみですね」

<船橋真二郎>


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