見出し画像

【水谷直人】「2歩進んで1歩下がる」 苦難のキャリアから這い上がり、ビッグチャンスに腕を撫す 2022年6月23日

◇スーパーバンタム級8回戦
日本スーパーバンタム級4位
和氣慎吾(FLARE山上) 36戦27勝(19KO)7敗1分
×
日本スーパーバンタム級9位
水谷直人(KG大和) 18戦9勝(3KO)7敗2分

 水谷直人にとって和氣真吾との一戦はボクシング人生最大のチャンス到来と言えるだろう。和氣は東洋太平洋王座を5度防衛し、世界タイトルマッチの舞台にも立った。これには敗れたものの、その後は日本チャンピオンにもなっている。ランキングは5つしか違わなくとも、水谷から見て同じサウスポーの和氣は明らかに格上の相手である。

 水谷は過去にもビッグネームとの対戦を経験している。2018年11月、元東洋太平洋スーパーフライ級王者で、世界挑戦経験もある赤穂亮(横浜光)との一戦だった。

「赤穂選手の時は、最初は別の選手へのオファーだったんですよ。たまたまそれを横で聞いいて『うらやましいな』と言ったんです。数日してその選手がオファーを断った。そうしたら会長が『確かお前、うらやましいって言ってたよな。やるか?』と。それで決まりました」

 5勝4敗1分の水谷が初の8回戦で国内トップ選手の赤穂と拳を交えるのだから周りから見れば厳しいマッチメークだった。結果は6回TKO負け。それみたことかと言うなかれ。水谷にとってこの敗北はさらなる成長を促す貴重な経験になったのだ。

2018年11月20日Sバンタム級8回戦 VS 赤穂 亮(横浜光)

「赤穂選手には負けましたけど、あの試合で得られたものはすごく大きかった。その後、縁あって赤穂選手と一緒にトレーニングをする機会にも恵まれました。今回、和氣選手も世界挑戦をしているので状況は似てますよね。あれから自分は成長しているという自信があるし、赤穂戦の自分を超えたいという気持ちがあります。だからこの試合を断るという選択肢はまったくなかったです」

 大物食いに腕を撫すサウスポー。そのボクシングキャリアはなかなか興味深い。

 中学生のころから格闘技が大好きだった。現在、総合格闘技団体パンクラスのリングに上がる弟の健人と一緒にK-1の魔裟斗や山本KID徳郁らの活躍に胸を踊らせた。高校に入ったら格闘技をやろうと思っていたが、仲間がいたこともあって高校でも中学に続いてサッカー部に所属。グローブを握ったのは立教大に進学してからだった。

「キックボクシングをやりたかったんですけど、ボクシング部の人から『だったらパンチの練習をしに来ればいいじゃん』と言われて、じゃあと入ってみたら外に出してもらえない(笑)。話は違ったんですけど、ボクシングにはまりました」

 ゼロからのスタートだった水谷の在学中、立教大は関東大学リーグ戦の7部から2部まで上がったというからすごい。この時期、アスリート選抜で有力選手が入学してきたこともあるが、4年生でキャプテンを務めた水谷を筆頭に“雑草軍団”が死に物狂いで練習してチームを底上げした。ちなみに1学年下には2020年全日本新人王に輝いた平野和憲(現KG大和)がいた。

 チームが躍進する一方で、4年間でアマチュアのトップレベルに到達するという目標は叶わなかった。オリンピック銅メダリストとなる清水聡(大橋)と一度だけ対戦したが、「かなりの実力差を感じた」が正直な感想。アマで実績を残せなかった自分がプロに進むことはあり得ない。水谷はボクシングに未練を残しながらも就職する道を選んだ。

 就職活動はメガバンクや総合商社、大手シンクタンクから内定をもらい、最終的には地元の横浜銀行に入行した。銀行の仕事に興味を抱いたのは事実だが、実はボクシングへの未練が地元の会社を選ばせたという。

「ボクシングをするなら地元のほうが転勤もないし、練習場所も確保しやすい。そう考えて、銀行に勤めながらジムに通ってアマの社会人選手権に出場しました。1年目が準優勝、2年目が3位。でも、銀行では法人担当の仕事をさせてもらって忙しく、このまま銀行にいればいずれはアマチュアの大会にも出られなくなる。そこで日本郵便の入社試験を受けて、受かったところで銀行を辞めました」

 郵便局に勤めるプロボクサーがジムにいて、郵便局ならボクシングと両立できそうだという話を聞いていたのだ。もちろんアルバイトという手もある。だが、水谷は正社員にこだわった。それには理由があった。

「ちょうど父がガンになって闘病中でした。銀行を辞めると相談したら、父は『ボクシングをやるのはいい。ただし自立して生活の根幹をしっかりさせろ。アルバイト暮らしで母ちゃんに迷惑かけたり、心配かけたりするな』と。だから正社員にはこだわりました」

 小学校の教員をしていた父は1年の闘病生活の末、54歳でこの世を去った。

 プロ入りしてからの水谷は「2歩進んで1歩下がる」というキャリアを歩んだ。連敗も経験した。相手がそれなりの実力者だったとはいえ負けは負けだ。その道のりは「同じボクシング人生をもう1回やれと言われても無理」というほど苦しかった。「お前の選択は間違っていた」とだけは言われたくない。反骨心が大きな原動力となった。

 苦闘する中で、銀行員時代の同僚や、かつての取引先からの応援が励みになった。2019年12月、ついにランカーを撃破して日本ランキング入り。そして今回、33歳にしてビッグネームと対戦するチャンスをつかみ取ったのである。

「今、日本ランキングに入ってますけど、まだボクサーから認められるボクサーではないと思うんです。和氣選手に勝ったら一目置かれますよね。ボクサーから認められるボクサーになりたいです」

 プロに転じた以上、何か形を残したい。タイトルは絶対に獲得したいと思っている。難敵の和氣に勝利すれば自ずとタイトルマッチの道は開けるだろう。
<渋谷淳>

●ライブ配信情報
 ▷配信プラットフォーム:BOXINGRAISE
 ▷ライブ配信:6月23日(木)18時00分~試合終了時刻まで
 ▷料  金:980円 ※月額会員制
 ▶
詳細はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?