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86. 不協和音(1)


行く先々で美しい景色を観て感動したが、そのたびに飛行機やバスに乗って移動するのは大変だった。サーモンやでっかいステーキのフルコースが毎晩テーブルを賑わせたが、わたしはインスタントの味噌汁と塩ザケの方が美味しく感じた。
そんな食事を、弾まない会話をしながら2時間もすること自体、苦痛だった。旅行4日目、精神的にも疲れていた。

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でも、ホテルから眺めるルイーズ湖は、そんなわたしの疲れた心を癒してくれた。
わたしたちが泊まったホテルは、『カナディアンロッキーの宝石箱』と呼ばれる美しい湖の傍に建っていて、しかもバルコニーつきの部屋だった。2日間の滞在だったけれど、わたしはしょっちゅうそのバルコニーに立って、その美しい景色を眺めていた。

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旅行4日目。朝からコロンビア大氷原を観に出かけて、めずらしくお昼からの予定が何も入っていなかった。

「ゆっくり 湖の周りでも写真撮ってみようか・・・?」

だんだんとしゃべらなくなったわたしを気遣ってか、部長が散歩に誘ってくれた。部長も、この湖は一番来たかった場所だった。

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“楽しみにしていた景色の中を二人で歩いていたら、また会話が弾むかもしれない”。

そう思いながら、部屋を出た。

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ゆっくりと景色を眺めながら湖を半周すると、ボート乗り場があった。同じツアーの人が、「カヌー乗り場があって、それに乗って湖の先の方に行くと、ビーバーを見ることが出来るよ」と言っていたのを思い出した。


「カヌーに乗って、ビーバーを撮りに行くか?」
「え?でも、ボートじゃなくて、カヌーですよ。カヌーに乗ったことある?」
「大丈夫だろ?ボートもカヌーも同じと違うか?みんなあんなにスイスイ漕いでるから、いけるよ」
「でも、なんか、窮屈そうだし怖い」
「大丈夫やから。面白そうやし、行ってみよう」


部長はもうその気になって順番を待っている。わたしは嫌な予感がした。あんな安定の悪そうな舟をちゃんと漕げるのかなぁ~~?もし、横転でもしたら、湖の水深は60メートルだとガイドさんは説明してた。もし、湖に投げ出されることになったとしたら・・・。


「けいちゃんは、怖がりやなぁ~~。ライフジャケットもつけるんやし、絶対大丈夫だって」

気持ちが固まらないままに、もうわたしたちの順番が来てしまった。係の人の英語の説明を何とか理解して、二人の乗りのカヌーに乗り込んだ。予想以上に狭くて、水面はすぐ真横にあった。
カヌーの後ろの部分を係の人が押してくれて、わたしたちは湖の先を目指してこぎ始めた。


「ねえ、やけに揺れない?」
「うん、でも、こっちを二人で漕ぐように言われたやろ?みんなそうやってるし・・・」
「ねえ、なんかヘンだよ。もう、やめようよ。怖いよ・・・!」
「漕いでると、安定してくるから大丈夫だよ」
「ねえ、だんだん揺れが酷くなってくるよ!」


岸から発進してまだ10メートルも進んでなかった。安定するどころか、ますます不安定にカヌーは横揺れしていた。そして・・・・。


一瞬何が起こったかわからなかった。まさか・・・・そんなこと起こらないよね。ということが起こってしまっていた!
でも、信じられなくて認めたくなかった。

しかし、わたしたちは、カヌーが横転して湖に投げ出されていたのだった。

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