見出し画像

92. 解散

「来年3月をメドに、この営業所を解体する」_所長の口から発せられたのは、思いもよらないことだった。

半年後、この営業所はなくなってしまう。今いる社員のほとんどが、別の営業所に転勤になり、取引先も取り扱う商品も、営業面積も、全て縮小されて営業を行なうことになるということだった。

「基本的に、現在担当している得意先は変わらず、担当者は移転先に異動して、引き続きその仕事を担当してもらう。従って、商品の移転状況を見ながら随時異動という形をとっていく」


一緒に働いている同僚は、みんなこの近辺にあるほかの倉庫に離散してしまう。女性社員に転勤などない時代だったので、このことを聞かされたときはショックだった。叱られたり、愚痴をこぼしたりしながらも、やっと協力し合いながら仕事ができるようになったと思っていたのに…。

入社以来ずっといざこざが絶えなかった女子社員の仲も、先輩がみんな辞めて、素直で一生懸命な後輩たちが入ってきてくれて、彼女たちを引っ張っていかなきゃ!と思い始めていたときだったのに…。

そして、さらにショックは続く。
「ムネちゃんは、経理の山下さんとこの営業所に残って、新しい仕事を、異動してくる上司をフォローしながら、しっかり担当して欲しい」


「え・・・・・・!?」

一瞬、何を言われているのかわからなかった。いや、すぐにわかったのかもしれないけど、意外な指示を受け入れられなかったのかもしれない。


「わたしは、ここに残るんですか?」
「結婚したばかりで、家庭と仕事の両立は大変だろうけど、君にはココで頑張ってほしい。」
会社や所長としては、解体の時期も人事異動の内容も、検討に検討を重ねた上での決定だったのだと思う。その結果、わたしにはわたしにふさわしい異動命令が与えられたのだ。

でも、わたしにはそれが
“わたし一人、取り残されてしまった”
としか受け止められなかった。

“結婚して、将来的に、長く勤められないわたしには受け入れ先がなかったんだろうか…”
そうじゃない!と言われても、そうとしか受け止められなかった。

異動先がどんなところなのか、不安に感じながらも上司の指示を受けて着々と異動の準備をしている後輩たちを見ながら、その思いは、日ごとに大きく膨らんでいった。


それからの半年というのは、ほんとうにあっという間に過ぎていった。
みんなと別れるときになって、ほんとうに素晴らしい仲間たちと仕事をしていたんだなと感じた。2月には、慰労とお別れ会をかねて、みんなで旅行をして、夜遅くまで泣きながらお酒を飲んだ。そして、営業所を旅立っていく後輩や先輩たちを涙で送り出す日々。


「また、ひとりぼっちになるんだな。いつも、いつもこの繰り返し・・・・。また、振り出しに戻ってしまった・・・。どうしてわたしにはこういうことばかり巡ってくるんだろう?」

一人になることはもう慣れているはずなのに、このときほど、ひとり残されることが寂しく心細いと思ったことはなかった。
でも、わたしを取り巻く状況は否が応でも変わっていき、とうとうみんないなくなってしまった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?